消えた金物店 4
「とは言ったけど、ほんとに見つけられるのかよ?」
安請け合いしたわけではない。本気でヒューイと約束はしたのだが、フレイには今のところ手がかりが無いのは変わり無い。 目下地道に取引先や親戚、さらにバーニーズが利用していた飲食店にまで捜索範囲を広げているが、めぼしい成果は上がっていなかった。
とりあえずヒューイから聞いたことをマレットに伝えようと、フレイは会計府に戻ることにする。足取りは軽くない。初夏の熱を軒先の日陰を歩くことで避けながら、フレイはさっき聞いたカラスのことを考える。
カラス。黒い鳥。だが......ボイスが怯えていたのはほんとにそんな鳥なのだろうか?
(もし他の何かをカラスに例えていた、としたら。あるいはカラスの模様のついた服を着ていた人間のことを言っていたとしたら)
これは可能性がありそうな気がした。単にカラスに襲われて恐がるようになるよりは余程有り得そうである。しかし、じゃあそんな人物がいたとしても、それに繋がる糸はあるのかというと無い。少なくともフレイには見えていない。
「やっぱ単に借金が嫌で逃げたんじゃねーのかよ」
そう独りごちるフレイだが、その脳裏にさっきのヒューイの顔がフラッシュバックする。少なくともボイスはあのヒューイという子供と仲が良かったのだ。夜逃げするということはそうした子供同士の仲を引き裂きつらい思いをさせることでもある。
フレイは親になったことはない。しかし、親なら子供の笑顔を見たいものであるというのは分かる。少々借金の返済が厳しかろうとも、簡単に逃げ出し子供を泣かせるような真似はするまい。
(......バーニーズ金物店、そんなに商売あがったりってわけでもないみたいだしな)
マレットが今日までかいつまんで聞かせてくれた聞き込み調査の内容を、フレイは思い出した。とかく悪い噂というものは人の耳に入りやすいものだが、バーニーズの場合はあまりそういったことが無いようだ。概ね勤勉な金物商というのが平均的な評価だ。
少し酒にだらし無いところがあるという話も浮かび上がってきてはいるが、全くの聖人君子の方が胡散臭いので許容範囲であろう。
(とにかくマレットさんに報告しなきゃだな)
気温が上がりつつある王都を急ぎながら、フレイは訳もなく胸騒ぎを覚えたのだった。
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「そう」
フレイの報告を聞いたマレットはその一言だけ呟き、机に視線を落とした。素っ気ないわけではない、その証拠に机に肘を着いて組み合わせた両手は額に当てられ、何か考えこむような感じだ。
二人の憲兵は外出中だ。会計府の建物の一室を使ってマレットらは今回の件の調査に当たっている。この部屋は調査専用の部屋だとフレイは聞かされていたのでそこまで驚きはしないが、全く何も知らずに入ればところせましと並ぶ「犯罪累計学」「逃亡犯の末路」「踏み倒し防止の初歩」といった物々しいタイトルのついた書籍に圧迫感を覚えるだろう。
定期的に掃除されているので埃っぽくはない。長年使い込んだ机は重々しい雰囲気を醸しだし、現在の主であるマレットが座ると違和感があった。
「う~~~」
「ど、どうかしたんすか、マレットさん?」
机を睨みつけるような姿勢のまま唸り声を上げるマレットに、フレイは少々びびりながら声をかけた。机に突っ伏せる細い肩がぴりぴりとした雰囲気に震えている。
(女性特有の日なのか)とフレイは思ったが、それを口に出せば間違いなく自分の評価は地に落ちる。迷っているうちにガバッとマレットが顔を上げた。
「嫌な相手に引っ掛かったかもしれないわね」
「え?」
イライラした様子でマレットは髪をかきあげた。今日は髪型をアップにしているので大人っぽい。
「昨日遅くに、こちらの調査に引っ掛かる物があったのよ。バーニーズが最近入れ込んでいた事があるらしいことが分かったの」
「それがカラスと何か関係があるとか」
口にしながらフレイはまさかね、と思っていた。世の中そうそう甘くはない。だがマレットは真顔で頷いている。
「あるのよ、意外にも」
もって回った言い方は止めたらしい。マレットはフレイに説明を始めた。
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シュレイオーネ王国は多神教だ。主神として崇められる三大神を筆頭に、メジャーな神様からマイナーな神様までそれこそ真面目に数えればきりが無いほどいる。
その神様の数だけ宗教があるかといえばそうでもなく、中には複数の神をまとめて崇める宗教もいればその宗教の教祖自身が信仰対象になっている宗教もある。
どの宗教を信仰しようとそれは個人の自由であり、余程悪質な犯罪でも犯さない限り取り潰しの憂き目にはあわない。まあ、だからといって永年存続出来るほど信者を集められる宗教はそれほど多くないのだが。
王族や高位貴族の中にも怪しげな宗教にどっぷり浸かるような者もおり忌ま忌ましいことではあるのだが、その一方で信仰の自由が個人の活力を産み現世の活動にエネルギーをもたらすこと、また宗教を運営する宗教法人からの税金が馬鹿にならないという事実もある。
そのため、今日の繁栄を謳歌するシュレイオーネ王国の王都でも多くの宗教が存在していた。
「......バーニーズが何らかの宗教に入り浸ってたんですか?」
「憲兵の報告では、ここ一ヶ月ほどの間に馴染みの酒場でバーニーズがあまり見ない顔の男と会ってたらしいの。一度なら偶然で片付けられる、でも二度三度ということになれば偶然とはいえないわよね」
それがカラスとどう関係するのか。だが、段々きな臭い話になってきたとフレイは思う。
「そのバーニーズと会ってた男が宗教関係だって、どうやって分かったんです?」
「次の礼拝は~とか祈りの道具は何がいいとか、そういう会話をしていたの。酒場の給仕から聞いた話だから、周囲の喧騒に紛れて詳しくは分からないのがもどかしいけど」
仕方ないわね、とマレットはため息をついた。そしてフレイの顔を見ながら立ち上がり、部屋の中を歩き始める。
「見ず知らずのそんな宗教にはまるほどバーニーズは単細胞な男じゃないというのが現時点の私の意見。ただし、今回は条件が揃い過ぎていたわ」
「条件?」
「ええ。ある日、酒場でバーニーズはちょっとした賭け事をしてたの。サイコロ転がして出る目を当てる簡単な賭け事。勿論最初は遊びよ。賭け金も子供のお小遣程度」
マレットがどう言うのか、フレイは予想がついていた。彼女が言葉を切ったのを継いで、確信に近い推測を口にする。
「けど次第に負けが混んできた。負けた分を取り返そうとむきになって賭け金を吊り上げ、更にドツボにはまるってわけだ」
フレイも若気の至りで覚えがあるのである。マレットも口には出さなかったが、それは察したようだ。
「フレイさんの言う通りね。そして窮地に陥ったバーニーズを救ったのがたまたまそこにいたその男だった。傍で見ていた人の証言によると、困ったバーニーズに声をかけて自分が代わりに賭けをしよう、もし負けたら自分が負担すると申し出た」
何とも胡散臭い話である。
「当然バーニーズも怪しんだけど、頭が熱くなっていた彼はその男を信じた。そしてその男は見事にバーニーズの負けた金額を半分くらいにまで減らすところまで勝ち、賭けの相手が怯んだところでその賭けを終結させたのね」
「......一言言っていいすか。なんか、とんとん拍子過ぎるような」
フレイの頭に一つの疑惑が浮かぶ。相変わらず察しがいいと思いつつ、マレットはそれを肯定した。
「多分フレイさんの考えは正しいと思います。賭けの相手とその男はグルね。追い込まれたバーニーズを助けることで恩を売り、その男を信用させるように仕組んだ」
「そこまで来れば俺にも分かりますよ。お礼に酒でも奢るとバーニーズは申し出て、男は遠慮しつつもそれを受ける。会話が弾んだところで自分はある宗教に傾倒しているがよかったら貴方もどうかとバーニーズに勧める」
完全に仕組まれていたらしい。狙われたのはたまたまかもしれないが、要は信者を増やす為のテクニックの一つにバーニーズは引っ掛かったのだ。人は無理強いしても動かないが、恩義や義理を感じれば自分から動く。それも嬉々として。
一瞬会話が止まる。目だけで続きを促したフレイにマレットが答えた。
「そしてようやく、さっきのフレイさんが聞いてきた話とつながるのよ。そのバーニーズを宗教に勧誘していた男の右腕には、大きなカラスの入れ墨があったらしいわ」
決定的とは言えないが、ヒューイから聞いた話と関連付けられなくはない。フレイが口を開く。
「その男がバーニーズに進めていた宗教の名前まで分かったりしますか?」
「それは分かってません。ただしヒントはあります。その宗教のミサか何かにバーニーズを誘った時に、男が王都北門という言葉を口にしています」
この王都には東西南北にそれぞれ一つずつ門がある。北門近くにその宗教の教会か、あるいはそれに近い建物があるのだろうか。
「じゃあ、しらみつぶしに北門近くの宗教関係の建物を調べれば?」
「どういう名目で?」
フレイの意見はマレットに否定された。少しきつかったかと反省し、言葉を添えた。
「仮にバーニーズがその宗教に勧誘され自らの意志で家族ごと夜逃げし、入信したとしましょう。でもこれは推測に過ぎない。そして自らの意志で入信したならばそれは犯罪でも何でもない。強制的に中に踏み込んでバーニーズを探すには、現時点ではこちらに正当な理由がないのよ」
「え、だってバーニーズはうちや会計府からの借金返してないんですよ。それを返してもらう為に探しているというのは駄目なんですか?」
「あくまで自主的に向こうが協力してくれるのが限界ね。そもそも宗教名が分からないのだから、仮に私達が訪ねてもバーニーズなんて男は知らないとシラを切られたら終わってしまうの」
マレットの態度はフレイには弱腰に見えたが、これには事情がある。多くの宗教法人は布教の為に、その地域の弱者に炊き出しや汚染地区の清掃といった善行をなしている。そのため、明確な犯罪行為が確認出来ているならともかく、~かもしれない程度の推測を基に強気に踏み込んで調査するというのは難しいのだ。
最悪の場合、調査対象にした北門近辺全ての宗教法人が会計府に対し反感を抱くということになりかねず、マレットも下手に手を出せない。
「とはいうものの、バーニーズの行方に他に手がかりがない現状では、北門近くの宗教法人を調べるというのが一番正解に近い。これは確かね。何とかして穏便に調べたいのだけど」
む、とフレイは唸った。そのまま頭を文字通り捻る。何か良い手はないか。何か、相手に不審に思われず効率的に調べられる良い手がないかを考える。
(あれ? その宗教関係の男って、バーニーズを連れ出す時に借金の主が追ってくる可能性は思いつかなかったのか?)
ふと疑念が浮かんだ。いや、もし考えなかったら杜撰過ぎるだろう。では、考えていたならどうするか。
マレットやフレイの顔や名前までは知られていないはずだ。だがもし北門近くで聞き回りでもしたら、その噂は彼らの耳に入る。そうなれば、こちらの身元がばれるのは時間の問題だろう。
いきなり口封じの為に闇討ち――は極端にしても、警戒してバーニーズを表に出さない程度のことはしてくるか。調査の難航が予想された。
「絶対に相手に警戒させずに探す手が必要ね」
このフレイの懸念を聞き、マレットも難しい顔をした。だが二人で頭を捻った結果、その日の夕方には一つの妙案を思いついたのである。
******
作戦は明日から開始と決めて、フレイはマレットと別れた。事件調査に協力と言っても別に泊まり込みではないので、普通にフレイは家に帰って寝る。
「あー、今日も疲れたぞ......何もする気が起きん」
「フーレーイ!」
頭を使ったせいでぼーっとしていたフレイ。あと数分で下宿先のハイベルク家というところで、いきなり後ろから肩を叩かれた。
「ウヒャッ!?」
「そんな驚かなくてもいいじゃない。わざわざ会いに来てあげたのよ、感謝しなさいよ」
奇妙な声をあげて振り向いたフレイが見つけたのは、柔らかな金髪を揺らすソフィーの姿。油断していたとはいえまるで気配を感じ取れなかったのでは、迂闊といわれても仕方ないだろう。
「お、おう。久しぶりだね。なんか用か?」
「簿記の講座も中断されちゃったし、フレイに会う機会がないからさ、顔を見に来たの」
ソフィーの言葉に俺の顔はそんなに面白いのだろうか、とフレイは地味にへこむ。この男、鈍感にも程がある。
「そうか、それだけなら用は済んだよな。じゃ、俺帰るから」
「えー、ひどーい! 女の子がわざわざ会いに来たのに袖にするなんて、紳士じゃないわ!」
「いや、別に俺自分が紳士だなんてちっとも思ってな......いえ、なんでもありません」
ずい、と詰め寄るソフィーの妙に迫力ある顔にフレイは黙り込む。三つも年下の女子にいいようにあしらわれているのかと思うと、情けない気分になる。
(いや、しかしまじな話、今回の事件に巻き込むわけにはいかないしな)
はいはい、と適当に話を合わせながら、フレイはどうやってソフィーを帰らせようかと悩んだ。だが良い考えが浮かぶ前にソフィーに先手をうたれた。
「ねえ、そんなに靴が汚れるほど歩き回ってるの?」
ソフィーの言う通りである。毎日毎日聞き込み調査を主に行っているフレイの靴は汚れて擦り減っていた。私の目はごまかせないんだから、と無言で訴えるソフィーの視線に、フレイはあっさりと白旗をあげた。正直疲れていて考えるのを放棄したという面もある。
「分かった、正直に話すよ。でも絶対お前、余所の人に言うなよ? 絶対だぞ」
「ふふん、私がそんな口の軽い女に見える? 信用してよ」
見えるから言ってんじゃねーかとため息をつきながら、妙に今日は上から目線のソフィーにフレイは事の次第を話し始めたのであった。
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