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消えた金物店

 ソフィーと私塾を回った翌朝のことである。いつもと同じように目覚めたフレイが朝食を終え、どこの私塾にするか決めようかと考えていた時だった。


「あら、フレイ。ちょうどよかったわ」


「あ、リーズ姉」


 とことこと寄ってきたリーズガルデに声をかけられた。ちなみにフレイとリーズガルデは従姉弟同士だが、何となくフレイはリーズ姉と呼んでいる。


「貴方今日暇? 暇よね、だから手伝ってよ」


「暇、暇って、人を暇人みたいに言わないでくれる?」


 地味に傷つくフレイだが、居候の悲しさからか反論出来ない。確かに忙しくはない。 それにリーズガルデの様子が慌ただしかったので無駄口は控えた。


「ただならぬご様子だけど、どうかしたの?」


「ちょっとね。厄介なことにね」


 綺麗に整えた眉をひそめながら、リーズガルデが口を開いた。


「うちがゆとりのある資金を貸し出しているのは知ってるわよね」


「ああ。資金操りに困った商店や個人に貸してあげてるよね。それが何かあった?」


「大ありよ。さっき朝一で報告があって、貸出先の一つが夜逃げしたの。そこまで大金貸し付けてないけど、このまま逃がすわけにもいかないのよ」


 なんと、とフレイは呟き固まった。彼がリーズガルデに言ったように、稼ぎにゆとりのある貴族の中には貸金業の免許を持ち、余剰資金を貸し付けて利息を稼ぐ貴族もいる。フレイが身を寄せるハイベルク家もその一つだ。


 どんな利息で貸し出そうとそれは貸し手と借り手の自由だが、ハイベルク家の場合は困窮した個人や商店の助けになれば、と比較的低利で貸し出していた。半ば慈善事業的な意味合いもあるのだ。


 だが、だからといって貸し付け先から回収も出来ないまま夜逃げされては大損である。面子も立たない。それくらいはフレイも何も言われなくても分かっていた。


「で、夜逃げしたのはどこで、俺は何をすればいいわけ?」


 フレイの言葉にリーズガルデはポケットから取り出した一枚の証書を見せる。

 借り主=バーニーズ金物店、貸し主=ハイベルク家、そして貸し出した金額がそこに記されていた。


「このバーニーズ金物店の一家を探し出して、取り押さえて欲しいのよ。担保にしていた店の道具は持ち出されているし、めぼしい金目の物もなくなってたの。要は」


「もぬけの殻ってわけか。分かった、とりあえず出来る限りのことはするよ。けど俺もプロじゃない、過度に期待はしないでくれ」


 立ち上がりながら答えるフレイに頷くリーズガルデ。そもそもこういう事件は発生後、即座に官憲に届けられるものだ。捜査のプロである官憲が動けば、それ以上に有効な手段はない。リーズガルデがフレイにいわば私兵として動くのを頼んだのは、小回りの効く保険的な意味合いが強い。


「駄目もとよ。探せるだけ探して。もしバーニーズを見つけだしたら、少々手荒な真似してでもひっ捕まえてきてね」


 貴族の女性らしからぬ物騒なことを言う従姉に「了解」とだけ答え、フレイはその場を後にした。



******



 件のバーニーズ金物店はハイベルク伯爵家がある街区からは結構遠い。てくてくと歩きながら、フレイはかの貸し出し先について抑えた最低限の情報を頭の中で繰り返した。


 (妻あり、子供二人あり、10年前から金物店を営むようになった。ここ数年は支店を出そうと意欲を上げて働き、ハイベルク伯爵家に借金を申し込んだのは二年前)


 あいにく当主のブライアンは今日も出勤でいなかったので、これらの情報は伯爵家の執事から聞いたものだ。リーズガルデは直接的には貸金事業にタッチしていない。


 (聞いている限りでは、悪評もなく、商売の方もそこそこらしいが。けど、いきなりいなくなるってことは何かしら後ろ暗いところがあったんだろうな)


 バーニーズには面識もない。だからフレイは先入観を持ちようもない。いかなる事情があったのかも分からない現在、とにかくやるべきことは現場に急行し自分なりに調査をすることである。


 ハイベルク家の貸金の残金は10,000グラン。伯爵家全体の資産からすれば微々たるものだが、金額の大小ではないのは既にリーズガルデが話した通りであり、フレイも無い袖が無いなりに回収したいと考えていた。


 (無理な利息で貸してたわけじゃないしな。まあ、返してもらうにしても見つけられたらの話だけどさ)


 そうこうするうちにフレイは目的地にたどり着いた。商売をする店が集まった一角に「バーニーズ金物店」と書かれた看板がぶら下がり、その下には大勢の男女達が群がり、店の前を占拠している。


「おいおい、冗談じゃないぞ! うちはまだ今月の仕入れの代金支払ってもらってないんだ!」


「うちだって困るよ! 修理に出していた鍋が戻ってこないと、商売あがったりだ。どうしてくれるのさ!?」


「ああ、ああ、困りましたねえ。うちが卸していた塗料の代金早く回収しないと......」


 怒鳴る者、途方にくれる者、おろおろする者。顔に浮かべる表情はそれぞれ違うが、とにかくバーニーズの夜逃げにより被害を被ったという点では皆同じだ。中には荒っぽい者もおり、腹立ち紛れに堅く閉ざされた店のドアを力一杯蹴り上げている。


「っら、ふざけんじゃねえよ! 出てきやがれ、バーニーズ! 首ねっこひっつかまえて、てめえの金目のもん根こそぎ回収してやらあ!」


「そんなこと言っても逃げた人に聞こえるわけないじゃないですか。落ち着いたら?」


 思い切りドアを蹴りあげていたのは、いかにも力がありそうな大柄な男であった。しかし、そのドラ声に被さったのは静かな女性の声だ。ふっとその場の空気が変わる。

 周囲の喧騒のただ中から聞こえてきたにも関わらず、その声だけが妙にひんやりと響いたようにフレイには聞こえた。


 (なんか聞き覚えがあるな)とフレイは人混みを覗こうと背伸びした。けれども声の主の姿は埋もれて見えない。その間にも、怒りに水をさされた形の男は、声の主にくってかかっている。


「ああ!? 何上品ぶってんだ、姉ちゃん! こちとらあのくそったれが逃げたせいで腹の虫がおさまらねえんだよ。うだうだ言ってるとてめえから畳むぞ!」


「これを見ても、まだそんなことが言えますか?」


 女の声が響く。何かガサガサと音がしたかと思うと、途端に男がギョッとしたような顔になり後ろに二、三歩退いた。それに合わせて、フレイを邪魔していた人混みが崩れる。サッと視界が開ける。


「あ」


 思わぬ人物を見つけ、フレイは目を丸くする。その視線の先には鳶色の長い髪を春風にそよがせながら、凜とした表情で何やら記された紙を男につきつける女性の姿。


「このバーニーズ金物店の失踪は王都直下機関、会計府の正式な捜査対象になりました。下手に騒ぎ立てずに言うことを聞いてください。バーニーズの行方は責任を持ってこちらが探し出します」


 従うのが一番賢明だぞ、手出しするなと言外に相手を牽制しながらその女性は周囲を見回した。髪と同じ色の瞳がフレイの姿を捉えた瞬間、何となくフレイは片手を上げて挨拶してしまった。


「はーい、マレット先生」


「......なんでフレイさんがここにいるの?」


 思わぬ遭遇に力なく笑うフレイ、会計府の責任者のサインが入った書類を突き付ける女、マレット。その二人の周りをさっきまで口々に叫んでいた人々がどうするべきか戸惑ったような中途半端な顔つきで「誰?」と呟いていた。



******



「びっくりしたわよ、まさかあんな場面を見られるなんて」


「そりゃこっちも一緒ですよ。そもそもなんで会計府が捜査権限あるんですか? 官憲じゃないのに」


 周囲にたかる人々をマレットと共について来た二人の男達が向こうに行くようになだめ、時にはどやしつけている間に、フレイはマレットに話しかけた。


 簿記講座の時は大人しいスカート姿が多いのに、今日のマレットは珍しくパンツルックだ。ほぼ脚にぴったりあった革のパンツに同系色の上着という行動的な姿である。


 そのすらりとした身体をバーニーズ金物店の軒先へと滑りこませつつ、マレットはフレイの疑問に答えた。


「この金物店には国から幾らか貸し付けていたの。そういう場合は官憲と共同で会計府からも人が派遣されるのよ」


「借金の取り立てにあたるからですか?」


「大雑把にいえばそういうこと。回収責任は会計府にあるし、夜逃げの場合どういう点に注意して探せばいいのか昔から蓄積してきた経験則もあるので、官憲と共同捜査にあたるのね」


 普段よりややくだけた言い方をするマレットは服装の違いも加わり印象が異なる。講座の際は賢明で温和という印象だが、今は温和さよりシャープさが強調されていた。


 そのような気配を漂わせたマレットに探るような目を向けられ、フレイは思わず背筋を伸ばした。


「で、フレイさんは何故こんなところにいらっしゃるのかしら? 一般人は立入禁止ですよ」


「関係者です。ここに」


 軽く店の扉にあごをしゃくりながら、フレイは答える。


「ハイベルク伯爵家が貸し付けしている。夜逃げの一報を聞いて俺が派遣されてきたってわけ」


 なるほど、とマレットは頷いた。


「伯爵家も被害者というわけね。それなら邪険には出来ないわ。後で書類だけ書いてもらうけど、一緒に店の中を見ても構わないわよ」


「いいんですか?」


「ハイベルク家の顔に泥を塗るわけにはいかないから。それに官憲以外に話せる人がいた方が、私も都合がいいですしね」


 ぱちりといたずらっぽくウインクしたマレットにフレイは軽く頭を下げた。思わぬ展開ではあるが、帰れと言われなかったのは幸いだ。


 (こうなれば捜査に協力して、さっさと夜逃げ人を捕まえてやる)


「よろしくお願いします、先生」


「一つ頼みがあるのですが」


「はい?」


 フレイが顔を上げるとマレットの顔がやや赤い。どうかしたのか、と内心フレイは首を傾げた。


「ここは講座じゃないので、先生はつけないでください。恥ずかしいので普通にマレットさんでお願いします」


「分かりました、マレットさん」


 こうしてフレイはマレットと共にバーニーズ金物店の行方を追うことになった。

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