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フレイの奮戦

「あれか」


 翌日、ゴブリンの巣穴らしき洞穴を見つけ、フレイは目を細めて様子を観察した。草原が盛り上がった土手に、ぽっかりと穴が作られている。成人男子が身を屈めずに入れる高さがあり、人より小柄なゴブリンには充分過ぎるサイズだ。


 その周辺に何匹かゴブリンがいた。ややいびつに節くれだった手足、爪は長く伸び鋭い。猿のような顔をしており、かなり人間のフォームに近い二足歩行で歩く。特徴的な尖った耳と二本の小さい角は、小鬼という名称に相応しい。



 その洞穴からやや離れた位置の木立に、フレイは身を隠していた。既に一時間以上が経過している。洞穴周辺をうろうろしたり、あるいは中に出入りするゴブリンの数を数える為だが、確かに数えられただけでも10匹以上はいた。穴の外に食物を漁りに出ていたり、逆に穴にこもりっぱなしの連中もいるであろうことを考えれば、総数は20匹は超えるかもと予想する。


 (さてさて、どうしたもんか?)


 相手に見つからないように慎重に身を潜めながら、フレイは考えた。真っ向勝負を挑むのは自殺行為だ。数に勝る敵に対して、少しでも優位に立てる方法はあるか。


 通常ならば、遠距離から弓矢なり攻撃呪文を撃ち込む。だがフレイにはそのどちらもない。別の手を考えるしかなかった。


「仕方ない、これでいくか」


 作戦を考えついたフレイ。ふーと一つ大きく息を吐き、心を落ち着ける。(自分はやれる、大丈夫だ)と心の中で言い聞かせながら、バスタードソードを抜いた。そして木陰から飛び出して大声で叫ぶ。


「うおおおい、そこのゴブリンども! 退治しにきてやったぞ、かかってきやがれ!」


 フレイの目一杯の大声が響く。見張りに立っていたゴブリンはもとより、洞穴近くで何やら作業していた奴も、フレイの声に反応した。そして洞穴からもバラバラとゴブリンが出てくる。


「ギ、ギギッ!? ギィイイ!」


「ギーアー! ギィイギィ!」


 何事か叫びながらフレイの比較的近くにいたゴブリンが、視線を向けた。ギャイギャイと騒ぎながら、数匹が連れ立って走ってくる。自分達の領域を荒らそうとする人間は、目障り以外の何者でもない。


 (来やがったな!)


 先陣をきる数匹の後ろにさらに何匹か後続がいる。それを認め、きびすを返した。挑発しておいて逃げるという行動をとったフレイをどうやら弱敵と判断したらしく、ゴブリン達がかさにかかって追撃してきた。


 ガサガサと草をかきわけ、大地を蹴って逃げるフレイ。それを追いかけるゴブリン。その追いかけっこは5分も続かなかった。フレイが後ろを省みると、まだゴブリン達は追ってくる。だが障害物に邪魔され、めいめいがバラバラに追ってきている。そのせいで隊列は崩れ、縦に長い。


「よっし、そろそろやるか!」


 これ以上逃げればこちらの息も切れる。そう判断したフレイはその場で反転した。いきなり向かってきた相手に、ゴブリン達がこれ幸いと言わんばかりに殺到しようとする。だがバラバラに駆けてきたことが仇となった。一匹ずつ順番に剣の間合いに入っていくに過ぎない。


「狙い通りだな! いくぞおお!」


 ザン! と軽快な音を立ててフレイのバスタードソードが舞う。その剣閃に合わせたように、一匹のゴブリンが血煙に倒れる。その後ろにいた二匹目のゴブリンが自分の右に展開し、その手に持った錆びた小剣で突いてくる。遅い。剣で弾き、フレイは返す刀で反撃を繰り出した。


「ギャアアッ!」


 手傷を負ったゴブリンが吠える。もたもたしていれば三匹目がすぐにかかってくると分かっているため、フレイも時間はかけられない。素早く踏み込み次の一撃で止めをさす。


 一回逃げるふりをしてゴブリンの集団をばらばらに散らし、とって返しての個別撃破。これがフレイの作戦だった。圧倒的多数のゴブリンに囲まれれば敗北は必至、それなら一対一の状況を作ろうというわけである。


 (これまでのところはうまくいってる。だが一対一でも連戦になるっちゃあしんどいよなあ)


 ここまで駆けてきた疲労もある。包囲されないだけましだが、いかに低レベルの魔物とはいえ一匹切り倒して終わりではない。次のゴブリン相手に、休む間もなく剣を振るわねばならないのだ。


 フレイのここまでの戦いの中でも、断トツにしんどい戦いになるのは間違いなかった。


 だが、それも覚悟の上でフレイはゴブリン相手に血風を撒き散らす。


「せいやああ!」


 バスタードソード+5が唸りを上げ、剣閃が舞った。



******



 15分後、ぜぇぜぇとフレイは息を切らしながら、再びゴブリンのいる洞穴へと歩いていた。先ほど追ってきた十匹のゴブリンを、何とか全滅させてとって返しているのだ。


 正直連戦がこんなにきついとは思わなかった。今までは一戦一戦の間隔が結構空いていたので息を整えたり、精神的に切り替えできた。だが連戦になるとそんな暇はない。さっきも五匹を超えたあたりから急に体が重くなり、倒すペースが落ちた。


 (ちっと俺には荷が重かったか?)


 装備を過信し過ぎたかと後悔するフレイ。革鎧+4のおかげで敵の小剣の刃は通していないが、二発もらったせいで打撲傷はある。仕方ないので回復薬(ポーション)を一本飲み干し傷を癒したが、微妙にまだ違和感はあった。


「けどもう後にひけねえし......」


 やりかけた依頼を途中で捨てるなんて出来ない。フレイは別に村人達に義理を感じているわけではない。ただ、ここで中途半端に止めれば、王都に戻ってまた勉強をやりだしても、それも中途半端になるような気がするだけだ。


 それは嫌であった。それだけは勘弁だ。


 残った回復薬(ポーション)四本をフルに使いきれば、例え残ったゴブリン十匹を相手にしてもぎりぎり耐えられるだろうという計算もある。フレイは覚悟を決めていた。ここまで来れば--やるかやられるかだ。



「ん?」


 来た道を戻り洞穴近くに着いてから、フレイは顔をしかめた。恐らく残りのゴブリンが勢揃いして待ち受けているのだろうと覚悟していたのだが、どうにも様子が変だ。


 一匹だけが洞穴前の広場に出てきて、残りのゴブリンはその周りに広がっている。その前に出てきた一匹がフレイを見つけると、手をクイクイとこっちに来いとでも言うように動かした。


「ギィイイ、ギヒッ」


「ギャアーギャアア」


 まるで囃し立てるように周りのゴブリンが声をあげる。それを見てフレイは理解した。


 (あいつと一対一でケリつけようってわけか)


 ゴブリンの言葉は当然分からないが、状況から考えると多分そうなのだろう。

 代表選手のようにノシノシと進み出てきたゴブリンと、自然と向かい合う形になった。


 明らかに他のゴブリンと体格が違う。二回りは大きい上に装備も右手に剣、左手に盾を持ち、さらに簡易な胸当てまで着けている。ドン、と大きく構えた姿からは歴戦の戦士を思わせる迫力があった。


「おい、でかいの。お前がこいつらの親玉か?」


「ギシギシ」


 フレイの問いを理解したわけでもなかろうが、そのゴブリンは頷いた。ゴブリンリーダーと勝手に名付けてから、フレイは慎重に剣を構える。


 (周囲のゴブリン共は動いてない。ほんとにコイツに任せる気なんだ)


 ゴブリンリーダーも剣と盾を構える。勿論魔法がかけられた上等な物ではないが、他のゴブリンの装備とは違いきちんと手入れされた武具だ。軍の正規兵が持つ物と遜色ないだろう。


 (こいつを倒して終わらせる)


 すり足で間合いを測りながら、フレイはバスタードソード+5を正眼に構えた。そしてこちらから仕掛ける。


 キィン! と甲高く響く金属音、フレイの一撃を盾で払ったゴブリンリーダーがお返しとばかりに突きを繰り出す。


「おっと!」


 これを身を捻りかわすフレイ。どっと冷や汗が流れた。


 (あ、危ねえ! こいつ、出来る!)


「グアアァ!」


 高らかに気合いの雄叫びをあげ、ゴブリンリーダーが切りかかってきた。それをフレイは何とか刃で受け止める。戦いはまだ始まったばかりだった。



******



「がっ!」


 ゴブリンリーダーの攻撃がフレイにヒットした。革鎧(レザーアーマー)+4の防御を突き破れるほどではないが、鎧の上からでも衝撃は届く。脇腹に手痛い一撃をくらい、フレイはたまらず後退した。


「ギィイイー!」


「うあっ!」


 かさにかかって殴りかかってきたゴブリンリーダー。フレイの頭への一撃は、しかし、獲物が間一髪頭を沈めてかわした為虚しく空を切る。


 蹴りをゴブリンリーダーの腹にぶち込み、引きはがすようにしてフレイは距離を取る。その息が荒い。


 (ち、畜生っ! 体が重い)


 最初に逃げるふりをして釣り出したゴブリン十匹との連戦のせいだ。思ったより体にきている。しかもこのゴブリンリーダーが強い。装備のおかげで何とか持ちこたえているが、明らかに筋力も剣技も向こうの方が上だ。


 攻めるゴブリンリーダー、凌ぐフレイという構図の膠着状態で切り結ぶこと二十合。フレイは追い込まれている自分を自覚していた。何発か惜しい攻撃はあったものの、巧みに剣と盾で防ぐゴブリンリーダーの方が技術的に上回っていた。寸前で止められ刃が届くまで至らない。逆に向こうの攻撃はじりじりとフレイにダメージを与えている。このあたりは単純に近接戦の経験値の違いが出ていた。


 ウォアア! と叫びゴブリンリーダーが飛び掛かってくる。横殴りの強い一撃はフレイの防御をすり抜け、そのまま腹を痛打した。


「うっげ......!」


 たまらず膝をつきそうになる。鎧が衝撃を吸収しきれない。周りのゴブリンのテンションはどんどん盛り上がっていき、それに応えるようにゴブリンリーダーは剣を高く掲げる。


 (何か、何か手はないのか?)


 はあはあ、と息を切らしながらフレイは頭を巡らせた。明らかに技量ではこちらを上回るゴブリンリーダー。その攻撃をここまで凌いでいるのは、一重にハイレベル装備のおかげである。これを何とか生かさなければ勝機はない。


 (......そうか。武器だけなら俺の方が上)


 確実に止めを刺そうというのか、慎重ににじり寄るゴブリンリーダーの姿を視界に捉える。ギャアギャアとはやすゴブリン共の耳障りな声をシャットダウンすべく、自分の手足と剣に集中する。


 戦士としては初心者なのは認めるさ。


 だが、素振りなら。素振りだけなら毎朝毎朝ひたすらに振り込んできたんだ。


 思い出せ。会心の打ち込みが出来た時ってのはどうやって振っていた。




「ギシィ!」


 奇声をあげてゴブリンリーダーが切りかかってくる。やや斜め上からの横薙ぎだと見極めた瞬間、フレイも動いていた。敵の胴体を狙うのではなく、狙いはその剣。その軌跡を予測して――そこへ俺の全力の一撃を叩きこむ!


 体の力を抜く。自然と捻った腰を鋭く回し、剣がそれについてくる。いつもの素振りがうまくいく時と同じように、無理に力を入れずに剣の刃を走らせる形で軌跡を描け。



 フレイの会心の斬撃はゴブリンリーダーの剣を捉えた。バスタードソード+5の切れ味と斬撃の鋭さが噛み合い、相手の鉄の刃を押す、割る、遂には分断してのける。


 信じられないというように固まるゴブリンリーダーの表情。驚きからその動きが止まるのを、フレイは見逃さなかった。


「りゃあああっ!」


 返す刀で敵の左肩、続いて右足へと連続攻撃。悲鳴をあげてのたうつゴブリンリーダー、その背中に叩きこんだ強烈な一撃が止めとなった。


 バスタードソード+5ともなれば、まともに当たれば鉄さえも切り裂くのだ。フレイの技量が大したことないとはいえ、ここが勝負どころと踏んで撃ち込んだ一撃には魂がこもっている。


「ガッハ......!?」


 背中から大量に出血したゴブリンリーダーが、そのまま前のめりに倒れていく。地面に作った血だまりが広がっていく。赤い血だまりの凄惨さに、他のゴブリン共は信じられないというようにその醜い顔を歪め、ばたばたと後退した。


「どうしたよ、来るのか!? 来ないのかよ!?」


 あらん限りの声を振り絞ったフレイの鬼の形相に、まるで蜘蛛の子を散らすようにゴブリン共が逃げていく。情けない悲鳴が遠ざかっていくが、それを追う体力も気力もフレイにはない。


「は、はは......何とか勝ったか」


 ドスン、と木の根本に座りこみ、フレイは自分が倒したゴブリンリーダーの死体を見た。ぴくりとも動かず、真っ赤な血に染まるそれを見ているうちに、今更ながら怖くなってくる。


 (勇者ってこんな戦いばっかりしていたのか。俺には荷が重すぎるよな)


 ぶるり、と体を震わせてから、フレイは剣の血糊を拭った。



******



「ただいまー」


「あら、フレイ。おかえりなさい、って雰囲気変わったわね?」


 屋敷を出てからちょうど一週間後の夕方。日が沈もうかという頃、フレイはハイベルク伯爵家に戻ってきた。


 出迎えたリーズガルデが目を丸くしたのも無理はない。行く前と比べると少し痩せた外見もそうだが、全身から発する気配がぴりぴりしたものになっている。


 ちょっとした手慣らし程度に剣を振ってくるのだろうとしか思っていなかった。だが、リーズガルデのその予想は的外れだったらしい。


「ねえ、フレイ。あんた、ほんとに街道沿いでだけしか戦わなかったの? だいぶ経験積んだんじゃないの?」


「ん? ああ、一回だけゴブリン討伐の依頼受けて派手にやったけど、それ以外は普通だったよ」


「一人で?」


 はあ~とため息をついて、リーズガルデは額に手を当てた。小言の一つも言おうかと思ったが、フレイの眼の光が疲れながらも充実したものだったので、それは止める。


「まったく、仕方ないわね。剣と鎧は向こうに置いて今日は休みなさい。初陣お疲れ様」


「ありがとう。心配かけてごめん」


 従姉妹の言葉に甘えさせてもらうことにする。フレイは武装を解くと、とにかく早々に自分の部屋に入った。部屋に運んでもらった夕食をとりながら、湯で汚れた手足を拭う。


 (あ~疲れた。なんか、講座であんなんだったから舐めてたけど、勇者って凄いことしてたんだなあ)


 ゴブリンリーダーとの戦いを思い出し、フレイは身震いする。あんなにやばい戦いを、いや、もっと激しい戦いを、勇者ウォルファートは多分何度も何度もくぐり抜けてきたのだ。到底自分には無理に思える。


 (今が平和な世の中で良かったな。俺は学問で身を立てるよ)


 そう思いながら、フレイは机に向かった。今回の一週間の旅の間に起きた仕訳を全部確認する。一番最後に記入してある仕訳を見て、フレイの表情が綻ぶ。


「頑張ったじゃん、俺」


 現金 3,000 / 利益 3,000


 ゴブリンを討伐し村を救った礼金を記した仕訳を指でなぞる。もうこんな無茶はしないぞ、と思いながらも、自分で初めてまともに稼いで人の役に立ったという誇らしげな思いが湧く。それが胸の内に満ちるのを抑えられなかった。


 恐い思いもした。

 

 充実する思いもした。


 確かに実感として体に刻んだ体験がある。


「マレット先生。勇者様を真似て覚えるってこういうことなのかな?」


 フレイは呟いた。

 




* 今回のフレイの一週間の総括 *


 現金 3,650 / 利益 3,650


 利益と費用は合算して相殺

次回からまた普通に学問編です。

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