フレイ、依頼を受ける
初陣を無傷で飾ったフレイ。
ハイレベル装備に身を包みながらも回復呪文も使えず、仲間もいないという不安だらけの状況だ。とにかく、無傷で圧勝していくしかない。手傷を負った時の回復手段は、屋敷に眠っていた回復薬五本のみ。とっておきなので、まさに奥の手だ。
だが、野犬との初戦の勝利がフレイに自信をつけた。このあと四時間程、脇道とその周囲の草むらをうろうろした。結果的にフレイは計十五匹以上の魔物を撃破、しかも無傷という圧勝ぶりである。
「もう十分だろ、はっきりいって疲れた」
汗を拭いながら、フレイは空を仰ぎみた。日は午後に差し掛かったところだが、初めての実戦を重ねたことで疲労感があった。無理することはない。さっさと街道に戻り今晩の宿泊先となりそうな小さな集落を発見したので、彼は早々に休息を決め込んだ。
「すいません、一泊したいんですが、いくらですか?」
「一人かい、若い方? 二食付きで40グランだよ」
宿泊所らしき看板は、期待を裏切らなかった。その小さな家に入ると、店主が応対してくれた。さっさと金を払い部屋を確保する。
(疲れた......けど、初めて俺、自分で剣を振るったんだな)
白いシーツがかかったベッドに横になり、フレイは天井を見上げた。木目の浮いた天井を見る。ぼんやりとしながらも、今日倒した魔物の数をカウントする。
野犬が六匹、大きな芋虫のグリーンキャタピラが三匹、角が生えた大型のカラスの魔物、ホーンクロウが四羽、あとは巨大蟻が三匹。計十六匹を倒した。
多分レベルアップもしているだろうけど、それは今は鑑定してもらえない。代わりに倒した魔物が落としていったお金を確認する。最初に倒した野犬の分も含めて、200グランが今日の収穫だ。
早速仕訳を手持ちのメモに記入する。一回一回の戦闘の内容が手に染み付いているようで、妙に手が重く感じるのは気のせいだろうか。
現金 200 / 利益 200
そのあとフレイは気がついた。この宿の宿泊費を払った分だ。
宿泊費 40 / 現金 40
ここまで書いてから、二つの仕訳を足してみる。現金は200が左側で40が右側だから合計160を左側でいいだろう。さらに宿泊費40が左側、右側に利益200となる。
現金 160、宿泊費 40 / 利益 200
が今日一日のトータルだ。
(うーん、つまり魔物を倒した利益200で宿泊費40を賄って、更に160現金が余ったてことになるんだよな。あ、確か前に講座で売上、売上原価、利益、費用は合計出来たから、こうかな)
利益と費用はプラスマイナスがあるだけで性質は同じなのではないかと、フレイは考えてみた。右側の利益200から左側の費用40を引く、そうすると右側に160利益が残る。
(これでいいんだろ? 利益はプラスだから今日の収支はプラス160で、その結果が現金160の増加なんだ)
最終的には
現金 160 / 利益 160
となる。つまり、資産である現金160の増加を利益160で表しているわけだ。資産の増加=利益の増加である。
まじまじとこの結果を見ながら、フレイは密かに(俺、すごくね?)と自画自賛した。まともな戦闘経験が無いにも関わらず、完全に黒字なのである。
だが、彼は気がついていなかった。この複数の仕訳を合計することが、マレットの言うところの締めの基礎にあたるということに。
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そしてそのあと三日間、順調にフレイは魔物を倒し続けた。戦闘経験を重ねるにつれ自分の動きはスムーズになり、敵に攻撃を当てるのは楽になっていく。毎朝の木刀の素振りという下地に加え、ハイレベル装備の恩恵が彼の成長を後押ししていた。
連戦連勝がフレイに自信を与えていく。だがそれも度が過ぎれば過信となる。その自覚がないまま、フレイの短い旅は五日目を迎えた。
いつもより少し戦闘回数を多くこなした後、フレイが街道沿いの村に着いたのは夕方前であった。さすがに疲れたとこぼしつつ、とぼとぼと歩く。その日の宿を見つけて入ると、中から人の声がする。
「このまま放置しとくとまずいぞ。いつ家畜に被害が出るか分からん!」
「分かっている、だから早く冒険者を雇って退治してもらうよう依頼するって話にまとまったじゃないか」
「こんな小さな村に都合よく通りかかる冒険者なんていつ来るか分からんだろ。王都まで早馬出して頼んだ方がいい」
他の宿と同様、この村の宿も一階は食堂兼酒場になっている。大体の宿泊客は外に食べに行くのが面倒なので、同じ場所で食事もするからだ。そんな食堂の円卓の一つに座った数人の男達が意見を戦わせていた。その最中にフレイが入ってきたというわけだ。
宿の扉をギィと開けて入ってきたフレイに、自然と男達の視線が集まる。背中に背負った剣、羽織ったマントの隙間からのぞく黒い革鎧を認め、男の一人が声をかけてきた。
「おーい、そこのあんた。あんた、冒険者か?」
「ん、俺のこと?」
フレイは自分の顔を指差した。冒険者かと言われると違うが、剣と鎧をつけた旅人姿ならそう思われても仕方ないだろう。
「冒険者じゃあないけど。まあ、あれだ、修行中みたいなもん」
「見たところ大層な剣を持ってらっしゃるようだが、相当使えるのかね? だったら頼みたいことがあるんだが」
フレイは迷った。彼が修行中と答えたのは簿記の修行中という意味だったのだが、どうも相手は剣の道に生きる者と勘違いしているようだ。だが訂正するのも気がひける。フレイは相手に奨められるまま円卓の一つに腰を下ろした。
「いや、実は腕に覚えのある人間を探していてな。わしら今困っておるんじゃよ」
「村の近くにゴブリン共が住み着いておるのが分かってな。早くやっつけんと、あいつら家畜に悪さしおるんじゃよ。それだけじゃなく女子供にも被害が出るかもしれん」
「王都まで頼みにいっても、こんな小さな村の依頼なんぞ相手にしてくれるか分からんし、かといって冒険者が都合よく通りかかってくれるかどうかも分からんしな」
異口同音に言いながら、フレイを見つめる村人達。その視線の真剣さに気圧されつつも、彼らが何を言いたいのかフレイは悟った。
「つまり、俺にそのゴブリンの群れを倒してほしいわけ?」
フレイの言葉に全員で頷かれ、軽く引く。ここで断るのは簡単だが、そうするのも何だか気まずい。無謀じゃなければ受けてもいいかという気になっていた。
「全部で何匹くらいいるか分かる?」
「この村から三時間ほどの場所に洞窟があってな、その近くを通りかかったこの村の村人が言うには、そこに住み着いてるらしいんじゃ。多分二十匹くらいはおる」
「二十......」
フレイは少し考えた。ゴブリンは小鬼とも呼ばれる通り、人間の成人より小さな体格をした人型の魔物である。大抵、小剣などの粗末な武器で武装しており、一匹一匹の戦闘力は大したことないのだがまず単独行動はとらない。人間と同じように家族を作り、その家族同士が団体行動をとって集団勢力となるのである。
一対一ならそれこそ村人でも倒せる相手だが、厄介なのがこの群れで行動する点だ。二十匹という数を聞いてフレイが慎重になったのも無理はなかった。
「引き受けてもらえんですか? お礼は出来る限りはいたします」
「そっか。いくらくらい?」
聞き返すフレイ。
「3,000グランなら何とか――駄目じゃろうか」
多額ではない。だが、この小さな村が出せる礼金としてはこんなものじゃないかとも思う。
フレイは自分の装備を考えた。ゴブリンくらいなら一撃で倒せるし、この革鎧は低レベルの魔物の攻撃などものともしない。各個撃破すれば何とかなるだろうと考えた。それに今回の遠出も終盤だ。締めくくりに人助けをしても面白いだろう。
「分かった。引き受けるよ」
おおっと喜びに輝く村人達の顔。おまけで今日の宿代はただにしておくと聞き、フレイは密かに得した、とせせこましい計算をしていた。
テンプレ通りの展開上等!