第7話
昼食の時間をどうにか乗り越えて俺はリュックに忍ばせて持ってきた釣り竿を片手に、一人アクアアリーナの釣りスポットの一つに来ていた。
休みの日や放課後ならば釣った魚をそのまま家に持って帰って、母さんに唐揚げや焼き魚、魚汁にして貰うんだけど、今日は学校の行事の遠足で来ているからキャッチ&リリースをする事になる。
3年生の子どもが持っても不格好にならない短めの竿を振りかぶって、海に向かって餌を付けた釣り針を放り投げる。さてさて、何が釣れるかなぁ。アイナメだったらいいなぁ。餌に魚が食いつくその瞬間を見逃さないように、竿の先に視線を集中する。
「りーん!こっち来て一緒に遊ぼうぜー」
「カニ捕まえるからお前も手伝えよー」
しゅ、集中…。
「ってお前持ってるの釣り竿じゃん!俺にもやらせろよー」
「おーい、凜が釣り竿持ってきてるぞ!」
「まじで!」
「俺も釣りしてぇ!」
……こいつらがいて、集中出来るわけねぇよ。てか、こいつらに見つからないように静かにクラスの奴らから離れて来たってのに、何で見つかんだよ。サイアクだ…。
「凜、凛ってば!なぁ、俺にもやらせろって!俺の父ちゃん漁師だから、俺も釣り得意なんだ!」
キーキー高い声で俺の周りをウロチョロしているこいつは鷹見智樹。こいつとは同級生だけど、正直1、2年生を相手にしているような感じが否めない。そんでもって、こいつの場合この高い声が特徴的だとも言える。
姉の星香と全く同じ顔。声が星香の方が若干低いので、俺達はそれで区別を付けてるってわけ。ま、性格は冷静な星香にやんちゃな智樹って感じで真逆なわけだから、一緒に生活してれば直ぐに見分けがつくようになるけどな。ま、今はそれを置いておくとして…。
「智樹うるさいっての。一回釣ったら変わってやるからちょっと待ってろって」
「本当か!?絶対だぞ?やっりぃ!おい藤真。凜が釣り竿貸してくれるっていうから、どっちがおっきいの釣るか勝負しようぜ!」
「と、智樹君。ぼ、僕は見てるから良いよ。凜君もごめんね」
「いいっていいって。3年も付き合ってたら智樹のコレにも慣れるしな。そんな事よりさ、俺に敬語使わなくて良いんだよ藤真君。同じクラスなんだしさ」
俺と智樹の後ろで、ビクビクしているのは石川藤真。琢磨によくイジられる気の弱い男子だ。琢磨だけじゃなくて、雅司や大、悠の3人にもイジられているのを見かけるから根っからのイジられキャラだな。
智樹が藤真君と幼馴染ということで、智樹が藤真君を守るような形なわけだけど……。智樹の背が小さいからかはたまた声が高いからか、琢磨達にはなめられている。
「そ、そんな事できないよ。凜君はクラスの人気者だし…」
………と、こんな感じでウジウジしているからイジられるって気付かないのかねぇ。俺が一肌脱いでもいいけど、俺がいないところで藤真君が本格的に苛められだしたら目も当てられないしなぁ。
「分かったよ。智樹、釣り竿はお前に貸すから藤真君と釣りしてろよ。俺は、後ろの奴らとカニ捕まえに行くからさ」
「そうか?サンキュー凜!藤真ッお前も凜におれいしろよ!」
「う、うん。ありがとね凜君」
まだ一度も海から上げていない釣り竿を智樹に渡して、俺は後ろの方で騒いでいた男子達を促して、カニを捕まえに岩場の方に向かう。全く……前世じゃあんまり深く考えなかったけど、俺のクラスの奴らって個性強すぎない?
▼ ▼ ▼ ▼
遠足の主目的だった釣りが出来なくなった俺は、カニを捕まえに行くというクラスの男子達と一緒に岩場に向かったんだけど………。
「なぁ……凜」
「…何?」
「「何でお前ってそんなにモテんの?」」
………いや、何でって言われてもさ…。俺は今、力他女子に気のある男子数名に取り囲まれて、相談というか尋問というかそういうのを受けているって状況だ。
そもそもどうしてこんな事になったのか。それは、茉衣ちゃんに気のある力がカニを捕まえに行く途中で俺の手を引っ張り、岩場の影に連れ込んだ事から始まった。
茉衣ちゃんにどうすれば好かれるようになるのか、そしてどうやれば恥ずかしく感じなくなるか、それを教えて欲しいという事だった。
それにどう答えたものかと悩んでいる所に、俺と力がいない事に気付いた男子数名が俺達を見つけて、俺が講師の恋愛講義へと相成ったと、そういうわけだ。
「何でモテんのって言われてもなぁ……俺から質問して良い?どうしてそんなに女子と話す時に喧嘩越しになんの?普通に話せば良いじゃん」
「どうしてって……なぁ?」
「うん……」
「「何か恥ずかしいじゃん」」
「…………」
いや、分かってた。こいつらの感じてる事って前世の俺が感じてたモンだって事はさ。けど、前世じゃこんな風に男子で固まって恋愛相談みたいな事したことねぇから、ちょっと照れ臭いっていうか、恥ずかしいっていうか、そんな感じだ。
「う~ん…恥ずかしい……ねぇ。別に何も恥ずかしい事なんかないと思うよ。1年時も2年時も一緒に勉強してきた仲間なんだしさ」
「って言われてもなぁ……」
「力だって女子に人気あるんだし、茉衣ちゃんと接する時も同じようにすれば良いんじゃない?」
「う……」
言葉に詰まってちゃ駄目だろ。ま、小学3年だからなぁ。付き合う付き合わないもねぇと思うけど。
「好きって伝えるわけじゃねぇんだし、頑張ってみろよ。お前達もちょっとだけ頑張ってみたら?女子達の反応変わるかもよ」
適当な事言ってるって分かってるけど、俺にはこんくらいしか言えないからなぁ。恋愛相談なんて受ける程、前世で女と付き合ってないからさ。あ、前世では4人の女の子と付き合ったけど、全員が友達から彼氏彼女の関係に発展したって感じだから、本当の恋愛って俺した事ないんだよね。
「俺から言えるのはこんくらいかな。そろそろカニ捕まえに行かない?雅司君達待ってると思うし」
「そう…だな。俺頑張ってみるわ。サンキュ凜」
「「サンキュー」」
お礼を言われるなんて慣れてないから、妙に照れ臭い。でも俺のアドバイスがこいつらに少しでも力になれたなら嬉しいな。
▼ ▼ ▼ ▼
カニを三匹程捕まえた所で男子達が飽きてきたのを感じた俺は、女子の誰かがビーチボールを持ってきた事を伝えて、遊びに飢えていた男子達を女子の方へと向かわせた。
ちょっと前に俺から受けたアドバイスを元にしてどう頑張るのか見たい気もするけど、俺は散歩でもしようかな。泳いで貝殻探してカニ取って……子どもの体とはいえ精神が24の青年なわけで…非常に疲れたわけですよ。
男子達が自分達が取ったカニを手に持って、女子達の方に走って行くのを横目に岩場を伝って東屋の方に向かう。遠回りになるけど、ちょっとした散歩にはちょうどいいだろ。
岩場の所々にある窪の中にイソギンチャクやつぶ貝、波によって打ち上げられた小魚がいる。それを何となく見ながら東屋の方に歩を進めていく。岩場から砂浜に変わる所まで行けば、東屋は目と鼻の先だ。それまでは左の海を眺めて足下の窪を跨いで歩いていく。
子どもって本当に凄いと思う。遊んでる時は全然疲れないんだもんなぁ。それに関しちゃ男子女子関係ないし。女子は女子で砂遊びしてんのかなぁ~それともビーチバレーでもしてんのかな?ま、貝殻拾いはもう十分にしたと思うから、何かやってるでしょ。男子と喧嘩してなきゃいいけど……。
「ま、気にしてても仕方ないし俺は散歩を満喫しよっと」
「みゃぐ……」
「ん?」
直ぐ後ろの方でネコの潰れたような声がしたような………。振り返って見たら、聡美ちゃんが俺を見て尻餅を付いているのに気付いた。
「えっと……どうしたの聡美ちゃん?お尻濡れちゃってるよ?」
「え、えと、凜君を探してたら力君が岩場の方にいるって教えてくれて、それで……」
聡美ちゃんが尻餅を付いたまましどろもどろになりながら説明してくれる。よく見れば、聡美ちゃんの小さな足の指先から血が出ているのに気付く。あぁ、岩か貝で切っちゃったんだな。
俺は尻餅を付いたままの聡美ちゃんに近寄って屈み、血の出ている足の指の状態を診る。深くは……ないな。真水で洗いたいけど、水筒はリュックの中だしなぁ。
「聡美ちゃんハンカチかティッシュ持ってる?」
「う、うん持ってるよ」
聡美ちゃんはそう言って手に持っていたハンカチを手渡してくれる。尻餅を付いた時に岩場に落としたみたいで水色のキャラ物のハンカチには汚れが付いていた。ハンカチを広げてパッと振り、汚れを落として血の出ている聡美ちゃんの足の指に巻きつける。
その時になって、聡美ちゃんはやっと自分の足の指先から血が出ている事に気付いたらしく、「いたッ」と小さな声をあげた。それに「深い傷じゃないから大丈夫だよ」と言って膝をポンポンと優しく叩く。
「ハンカチで止血したけど、水で洗った方が良いから東屋に行こ?」
「う、うん……」
首から顔を真っ赤にした聡美ちゃんに手を貸して体を起こす。聡美ちゃんの足から脱げたビーチサンダルを右手に持って、聡美ちゃんの前で屈む。あの足で東屋まで歩くのは女の子じゃ大変だし、これは仕方ないんだ。
「り、凜君?」
「おんぶしてくから背中に乗ってよ。その足じゃ聡美ちゃん歩けないでしょ?」
「い、いいよ!?わ、私歩けるから気にしないで?それに、私重いから……」
後ろで、指同士をくっつけて恥ずかしがっている聡美ちゃんに一つ苦笑を零してから、「重くないよ。ほらッ」と言って催促すれば「……お願いします」と俺の背中に聡美ちゃんは乗ってくる。
よっと掛け声をあげて立ち上がり、岩場を慎重に歩いていく。足を滑らせでもしたら、俺は兎も角聡美ちゃんにいらない怪我をさせちゃうからな。
「凜君……」
「ん~何?」
「ありがとね」
「どういたしまして」
それから東屋に着くまで俺は聡美ちゃんと話しをしながら歩いた。いつもは、しどろもどろになってしまう聡美ちゃんはこの時は普通に話していたし、俺も楽しく話していたと思う。
そして、東屋に着いた時にはそんな俺達を見かけた奴らがいたらしく、何人かの女子と男子が東屋で待ち構えていて冷やかされる事になったわけだけど、背中越しに感じた聡美ちゃんは平気な様子だった。
「ねぇ凜君」
「何、聡美ちゃん」
「エヘヘ……また、こうやってお話したいね」
……聡美ちゃんって、こんな笑顔出来るんだな。