第2話
○○県立双葉小学校。東北地方にある男女共学の県立の小学校だ。
校風は、清い心を持つ子ども、あいさつをする子ども、勉強をする子ども……といった、どこにでもあるような普通の校風だ。
勇往邁進とか信賞必罰とかって感じの奇抜な校風があるのって、ラノベとか漫画の世界にある学校だけなんだよなぁ。
何か残念。もうちょっとこう…他の学校とは違う感じを出して欲しい。と、そんな事を考える小学3年生は今の世界じゃ俺だけか。
「なぁ凜。ズバリ、お前って誰が好きなんだ?」
「……それって俺が言ったら、お前も教えてくれんの?」
「それは……お、お前がちゃんと教えたらな」
はぁ…お前は気付いてねぇと思ってるみたいだけどよ、お前の態度見てたら丸分かりだぞ?それに……俺だけじゃなくて女子全員が分かってるしな。
今の時間は昼休み。給食を食べ終わった奴から、校庭なり体育館なりに遊びに行くことができる、子どもにとっては学校にいる時間の中では一番長い休み時間だ。
急いで給食を食べ終わり、サッカーボールを確保しに向かう男子数名。それを追い掛けようと、食べるのが遅い連中は四苦八苦しながら口に給食を掻き込んでいく。
それを尻目に落ち着いて食べるのは俺と女子達だ。まぁ、女子の中にもお転婆な子達は男子に負けない速さで食べ終わって教室を出ていってるけど…。
給食を食べる際、どの学校でも必ずと言っていいほど、クラスで前もって決められている『班毎』に机をくっつけて食べると思う。
このクラスもその例に洩れずに、5人のグループで固まっていた。俺達の学年は40人。よってそのグループの塊は8つ。
班のメンバーは班長と言われるグループのリーダー8人が、班員となる残り32人の中から選んでいくというやり方で決まる。
他にも、先生が成績やら仲の良さやらで勝手に決めたり、班長を含めた40人全員で1~8の数字が書かれたクジを引いて決めたりと、本当にやり方はクラスや先生、学校によって様々だ。
俺のクラスは前述したように、班長と呼ばれるリーダーを最初に立候補によって選出し、その8人が各々選んでいくというやり方で決めている。
メリットデメリットそれぞれあるが、まぁこのやり方は俺達クラスの奴ら全員で決めたモノだから文句を後々言う奴がいたら、そいつはなぜこのやり方に賛成したのかという問題も発生するから、文句はあっても表立っては言う奴はいない。
長々と説明したけど、俺のいる班には男子が俺を含めて2人、女子が3人の計5人だ。俺と同じ班の男子の名前が上村力。
こいつが俺に好きな奴を教えろと言ってきている張本人。脚がクラスで一番早く、少年野球団に所属しているスポーツ少年だ。ちなみに、俺の次に女子に人気のある男子だったりする。
俺の場合は、前世の記憶があるからこその落ち着きと知識、それから前にも言ったが鍛えまくった運動能力の御陰で人気者でいられるわけだ。
年相応の態度を取らないせいで、変に思われないか一時期ビビっていたけど、それは杞憂に終わった。時折、歳相応の笑顔を浮かべてやれば大人なんてイチコロだったからねぇ。
腹黒い子どもになったなぁ我ながら…。
「なになに?凜の好きな子教えてくれるの?」
「えぇ!誰々!?」
「好未ちゃんじゃないことは確かだよねぇ」
俺と同じ班の女子達が、俺と力の方に体を向けて来る。あ~あぁ…服にご飯付いてるし……この位の年の女の子って、耳年増なのかもしれないけど汚れるとか気にしないんだよなぁ。
まぁ田舎の学校だからなのかもしれないけどさ。
女子達の話に出てきた好未ちゃんってのは、女子の中でハブられている子の事だ。無口で無表情。だけど、ひと度怒るとヒステリーを起こしたようになる。
まぁ、ある言葉を当て嵌めるなら……情緒不安定という言葉がピッタリかな。要は、扱いが難しいって事で敬遠されているってわけだ。
「女子には関係ないだろ!?いいからあっち行けよ!」
「力君の好きな子って茉衣ちゃんでしょ?女子達み~んな知ってるよ」
「そうそう。茉衣ちゃんは好きでも嫌いでもないって言ってるから、頑張れば付き合えるんじゃない?」
「そうなったら、クラスの皆でお祝いしてあげるから!」
「う…うう…うるさいんだよ!凜ッ!早く食べて校庭行こうぜ!」
「…分かったからそう急かすなよ」
女子達に口で勝てる程、このくらいの男子は強くない。暴力的な男子なら直ぐに腕力にモノを言わすけど、3年生っていう時期で言えば女子の方が体も心も成長してるから、腕力でも男子は勝てない事が多々ある。よって、力は逃げる事を選ばざるを得ない。
俺は4人の会話を聴きながらも箸を止める事はしなかったので、力がそう言う時には既に粗方食べ終わっていた。最後に牛乳を飲んでご馳走様だ。
「ふぅ…ごちそうさまでした」
「「「ごちそうさまでした!」」」
手を合わせてそう挨拶すると班員の子達だけじゃなく、教室に残っていた他の子達も元気よくそう挨拶する。本当にいつも思うけど、みんな俺の事待ってたりすんのかな?
「ねぇねぇ体育館行こ!」
「いや、今日は校庭に行ってサッカーするから…梓達も一緒にやる?」
「う~ん…凜がやるならウチもやる!」
「花江もやる!」
「南美も!」
同じ班の三人の女子がそう言えば、他の女子達も口々に自分もやる!と言ってくる。それに嫌な顔をするのは教室に残っていた男子達。
でも、こうなった女子達に文句を言っても仕方ないというのも分かっているからか、嫌な顔を浮かべるだけで何も言わない。
「女子もやんの~?なら、男子対女子だな。数も同じくらいだし、それでいいなら入れてやるよ」
「凜が女子に入っていいならそれでいいよ」
「はぁ~??ばっかじゃねぇの?凜は男子だから男子に入るに決まってんじゃん!」
「力君も雅司もいるのに凜までそっち入ったら絶対勝てないじゃん!」
と、思っていたけど雅司の奴が早速女子に文句を言い始めたようだ。その文句に立ち向かうのは、菊谷花江。
俺の班の班長でもある女子だ。更に言うならば、この子が女子のリーダー的存在でもある。
男子のリーダーと女子のリーダー。その二人がこうして口論を繰り広げるのもこのクラスではいつも見られる光景だ。理沙と雅司が口論するのは花江がいない時で、女子の副リーダー的な立場だからだな。
ま、二人の口論をこのまま見てても時間の無駄だし、俺はさっさと校庭に行こっかな。
食器を乗せたトレイを持って食器を片付けると、机に戻って箸とかおしぼりとかの給食セットの片付けをしてから、玄関に近い方のドアに向かう。
この時になれば、大半の子ども達が俺の意図を悟って俺の後を付いてくる。さて、食後の運動でもしてきますかね。
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昼休みのサッカーは、男子と女子を混ぜてグッパで決めた。適当に二人組に別れたので、戦力的には五分だった。で、結果的に言えば俺のいるチームが負けた。
というのも、向こうのチームに雅司と大、それから悠の三人が揃っていたからだ。雅史との1対1なら俺は負ける気がしないけど、流石に3対1じゃ話にならない。
同じチームだった愛美ちゃんと「残念だったねぇ」と話しながら教室に戻り、それぞれ掃除する場所が違うので愛美ちゃんと別れて力のいる方に向かう。
力とは同じチームだったので、愛美ちゃんとしたのと同じように「次は勝とうぜ」といった話を交わす。
そして、掃除する為に教室にある40もある机を後ろに下げていき、掃除用具を片手に二つの班が黒板の前に並ぶ。
今週は3班と4班が教室の掃除。愛美ちゃんの班は2班なので、1班と一緒に理科室を掃除しに行っている。
班の並びを説明しておくと、右の黒板側から1班その後ろが2班、3班が1班の左隣で、俺のいる4班が2班の左隣。
以下5、6、7、8と並び方は1~4とそれぞれ一緒。俺と愛美ちゃんの班は違うけど、この並びの御陰で隣同士となっている。
まぁ机をくっつけている隣という事ならば、梓が隣という事になるけど。
誰彼が嫌いというのは子どもでなくても、大人の世界にも普通に存在する。俺は前世の記憶があるからこのクラス40人の人柄を覚えているけど、それは俺が前世の頃に感じていた人柄だ。
まぁ、この世界の奴らも態度が違うだけで殆んど変わってないけどな。
そんなわけで、俺は好き嫌いを前世の時よりはなくしている。当然、俺も普通の人な訳だし、文句を言われたり喧嘩を吹っ掛けられたらそれ相応の対応はする。
前世の記憶があろうが体は小学3年生だ。外聞的には何も問題はない。
と、なぜ掃除をするだけなのにこんな事を説明しているのか、疑問に思ったかもしれない。それと言うのも、こういう事が必ず起こるからなんだよね。
「なぁ、同じ女子なんだから知枝美の机、誰か運べよ。ついでに好未のも運んでくれたら助かるぞ~」
「はぁ?その列はあんたが運ぶ事になってんだから、あんたが運びなさいよ!」
知枝美ちゃんというのは、このクラスの委員長でもある女の子だ。眼鏡を掛けて、ふくよかな体型をしている真面目な女の子。だけどその真面目さは、他の子ども達には鬱陶しく感じられていた。
皆も覚えがあると思う。嫌いな子の机を運ぶのを極力避ける奴らがいた事を。そして、その奴らの中には『自分達』もいた事を。
俺も前世では同じように、他の奴に擦り付けていたっけ…。でも、考えてみればたかが机。
それに……嫌い嫌い言うけど、ちゃんとその子の事を『見て』いるのかねぇ?はぁ……子どもって残酷過ぎるくらいに純粋だからなぁ…。
「……運ばないなら俺が運ぶぞ?浩と華織ちゃんは違う机運んでよ」
二人の間を通り過ぎて、知枝美ちゃんの机を運んでいく。口論をしていた二人と、それを遠巻きに見ていた他の男子と女子が俺を見てくる。
それらに反応せずに、机拭きを担当してた南美ちゃんに「机拭いてくれる?」と頼めば「う、うん!」と返事を返してくれる。
それからは皆、黙々と掃除をしていく。俺と掃除をすると皆こんな感じで静かに掃除をしてくれるようになる。
変な奴だと思われても今更だ。俺は二度目の世界となるここで、前世とは違う人生を歩もうと決めたんだから。