第14話
「早く、組手、する!」
「……本当にするんですか?」
道場の中心で俺とフェイちゃんは対峙している。フェイちゃんに至っては、組手をしたくてうずうずしているのが丸分かりで、さっきから50cmくらいの黒い棒をブンブンと上下に振り下ろしている。
こえぇ…マジで恐いんですけど。恋がさっき自分と同じくらい強いって言ってたけど、恋の場合は言葉が通じる分多少手加減してくれるけど、フェイちゃんって手加減してくれないっぽいんだよねぇ…。
「凜君。国際交流は大事な事よ?それにフェイちゃんはもう組手する気満々だから♪」
「そうだぞ凜!国際交流は大事だ!」
恋。お前は国際交流という物を本当に分かって言ってるのか?分かって言ってるとしたら、お前もお前の両親も間違っていると俺は世界に向けて叫んでやる。
そんな俺の心の叫びも虚しく、俺とフェイちゃんの間に立っている宗次郎さんが「始めッ」と開始の合図を出してしまった。
「やぁああああッ!」
いやいやいやッ、そんな本気で来るんじゃねぇよッ!という心の声は口には出さず、俺は手に持っている竹刀でフェイちゃんの攻撃を受け流していく。
散々宗次郎さんやお弟子さん達の竹刀を受けてきたんだ。俺だって攻撃を受け流すことくらいは出来るようになっている。
ただ、フェイちゃんの持っている黒い棒が50cmくらいという竹刀より短いという事もあって、いつもと違う手応えに焦っているのも事実だ。
横薙ぎ。縦と袈裟の振り下ろし。一回転からの横薙ぎなどという攻撃もあった。防具という物が存在しないので、当たったら超痛いんだよ。
次々繰り出される打撃をどうにか受け流していると、フェイちゃんが中国語で何か言っているのに気づいた。
……何言ってんのか全く分かんねぇ。でも、不満そうにしてんのはなんとなく分かる。さっきから面白くなさそう顔してるし。
すると突然フェイちゃんは俺に振るっていた黒い棒を下げると、宗次郎さんの方に向き直ってこれまた中国語で話し出した。何言ってんのかめっちゃ気になる…。
「凜。フェイがどうして君は攻撃してこないんだって言っているよ。まぁ君の気持ちも分からなくもない。いきなり知らない女の子と組手をしなさいと言われて戸惑うのも分かる。だが、彼女は女の子である前に武道家だ。恋との組手の時に君は今みたいに攻撃をしないのかい?」
いやいや宗次郎さん。そうは言っても、正直無理な話だと思いますよ?なんたって、今日初めて知り合った言葉も通じない異国の女の子相手に、竹刀とはいえ打ち込むなんて俺には出来ませんって。だがそうは言っても、それをそのまま話せないのは分かりきっていること。宗次郎さんにどう答えたものかと思案していると、宗次郎さんの方が俺より先に口を開いた。
「…ふぅ。まぁ、今日のところはこれで終わりにしようか。凜は罰として素振り500回だ」
「…はい、わかりました」
なぜこうなったし。本当なら今日は太郎君達と遊び終わって、さぁ道場に行くかって準備しだして、いつものように鍛錬した後家に帰ってダラ~ってなってたのに…。それもこれもあの子に会ったからだ。
「恋!次、恋、組み手、する!」
俺は宗次郎さんに言われて直ぐに道場の隅の方で素振りを始めたが、どうやらフェイちゃんはずいぶんと消化不良だったみたいで、今度は恋と組手をやるみたいだ。その恋はと言うと、フェイちゃんとの組手の時の俺の態度が気に入らなかったようで、俺の事を琢磨を睨む時のようにギロッと睨んできている。
それを見なかったことにして、俺はノルマの500回を終わらせるべく無心で竹刀を振るうのだった。
「私が鍛えなおしてやる…」
いやーな内容が組み手組み手うるさい女の子の近くからしたような気がしないでもないが、それは空耳空耳。…空耳だよね?
「あらあら、凜君も大変ねぇ」
蘭さん、あんたがそれを言っちゃ駄目です。
▼ ▼ ▼ ▼
フェイちゃんと組手をしたあの日から数日経った。俺はというとあれから妙に厳しくなった恋の相手に忙しい日々を送っている。
恋曰く、『凜。お前には失望した』だそうだ。失望も何も武道家として気持ちが定まっている恋やフェイちゃんと同じに扱ってほしくないんだけどね。
強くはなりたいけど、男女関係なく攻撃出来るようになりたいとは思ってない。やっぱり男は男、女は女なんだし。俺のこの考えを間違っているって恋なら言うんだろうけど、それでもやっぱり女相手に躊躇いなく攻撃出来るような男にはなりたくないなぁ。
「なぁ凜。お前と恋って何かあったのかよ」
机に頬杖をつきながら考え事をしていたら、後ろの席の力が俺の肩をツンツンすると同時に話かけてきた。夏休みは昨日で終了して、今日は始業式のためだけに登校している。
「うーん別に何もねぇけど?」
「いや、絶対に何かあったな。それもここ最近の出来事と俺は読むね」
と、斜め後ろの席からも声をかけられた。…翔。お前は全く関係ねぇだろうが。首突っ込んでくんじゃねぇよ。
佐藤翔。こいつは関谷大の子分で、俺に度々ちょっかいをかけて来る。これが雅司とかよりマジでめんどい。前世と今世合わせてもこいつが一番嫌な奴かも。
「ウニお前はちょっと静かにしてろって。でも、ウニの言うことも間違いじゃねぇだろ?明らかに、夏休み前に比べてお前にツンケンしてるじゃんか」
茉衣ちゃんが絡まなければこんなにある意味良い奴なのに…。ま、今の初心な力じゃ無理な話しかね。
「ま、道場の方で色々な。時間が経てば前みたいに戻るから心配すんなって」
力にそうは言ったものの、実際どうするか…。あれから恋の奴、俺に対して妙にあたりが厳しくなったからなぁ。ま、あいつの気持ちも分からんでもないから、これは本当に時間が経つのを待つしかないな。
右に向いていた顔を左に向け、斜め後ろの方にいる恋を見てみれば、同じ班の知枝美ちゃんと好未ちゃん二人と喋っている。その班に芳賀誠二と石川藤真の男子二人がいるんだけど、この二人は今後ろの方で男子数名と話しているからあの場にはいない。
俺と力以外の班員。つまりは梓達三人もそれぞれ仲の良い女友達のところへ行っているから、今の話は力と翔の二人にしか聞かれていない。それが救いっていや救いか。
梓は勿論、聡美ちゃんのところへ。南美ちゃんは潮見朝美ちゃんという女の子のところへ。花江ちゃんは華織ちゃんのところへ。仲の良い友達がこれでもかって違うのに、よく花江ちゃんはこのメンバーを班員として選んだよな。
「凜…大丈夫?」
と、忘れてた。隣にもう一人この子がいたんだった。
「大丈夫大丈夫。俺がこんなんでへこたれないって愛美ちゃんは知ってるでしょ?」
「…うん、そうだね。凜は強いもんね」
周りをよくみて話すべきだったな。さっきまでは確かに隣にいなかったのに、愛美ちゃんってばいつ戻って来たんだ?
それからは、力を交えて愛美ちゃんと三人で話しながらまさのり先生を待つことになった。いつもは俺達と一緒に教室に戻ってくるまさのり先生が、今日に限って別行動だったんだよなぁ。しかも遅いし。
そんな事を考えていたら、ガラッと黒板側のドアを開けてまさのり先生が入ってきた。「ごめんな遅くなって」とか言いながら。
「なんで先生遅かったんですか?」
「豪。それは今から話すからちゃんと席に座ろうな。豪だけじゃなく、席に座ってない奴全員だぞー」
「「はーい!」」
豪の奴は自分だけ名前を言われたのが恥ずかしかったみたいで、顔を真っ赤にしながら自分の席に戻っていく。それを見た女子達が「カワイイ~」と言うのはいつもの事。更に真っ赤になる豪は女子達のおもちゃ兼ペットのようなものだ。どんまい、豪。中学に上がれば一気に背が伸びるからそれまで我慢だ。
「それじゃあ日直…って今日は委員長でいいか。知枝美、帰りの会を始めてくれ。連絡事項だけだからお前達も静かにしろよ」
まさのり先生に言われて知枝美ちゃんが席を立って黒板の前に来る。そして始まる帰りの会。それまでうるさくしていたクラスの奴らも静かに知枝美ちゃんの進行を聞いている。
「先生のお話。まさのり先生、お願いします」
係りの話やら委員会の話やら今日は始業式だけだったので、どんどんはぶいていき、最後の先生の話となった時に知枝美ちゃんも自分の席に戻る。これで今日は学校は終わりだな。
「夏休みは昨日で終わったけど、宿題はちゃんと終わったか?もし、まだ終わっていない奴がいたら今日が最後のチャンスだ。家に帰ったら頑張って終わらせてこい。もし明日宿題を提出出来なかったら…居残りだ」
「「えぇーッ!!」」
「うるさい!だから、今日が最後のチャンスだって言ってるんだ。頑張って終わらせてこいよー。三年の違うクラスだと今日提出させるところもあるみたいだし、お前達はラッキーって思わないと駄目なんだからな」
前世の時にも思ってたけど、まさのり先生って良い先生だよなぁ。普通そんなこと先生が話すことじゃねぇし。
まさのり先生は最後に、「それじゃ明日待ってるぞ」と言うと知枝美ちゃんに帰りのあいさつをさせて教室を出て行った。
「じゃ帰ろっか凜」
「そうだね。帰ろうか」
愛美ちゃんからの誘いに乗って、俺はランドセルを背負って帰る準備を完了する。クラスの奴らも各々ランドセルを背負って教室を飛び出していく。我先にと飛び出して行った奴らは宿題を終わらせていない奴らだな。
後ろを振り向いてみれば、力の姿もない。お前もか…。ま、頑張れよ。
今日は昼前に終わりだから、道場の方に行くまでちょっと時間あるな。恋の鍛えなおす云々もあることだし、走り込みくらいしてようかな。