第13話
夏休みは俺が思っていたよりも遥かに早く過ぎていった。
愛美ちゃんの家族とキャンプに行くのは勿論の事、海水浴に夏祭り、神城道場地獄の合宿三日間などなど目まぐるしく、とても忙しい二十日間だった。
……最後のイベントが他のと毛色が違う事に気付いた人もいると思う。神城道場の合宿…出来ればもう二度と経験したくないと思える程辛かった。
夏休み中だからと言って、神城道場の鍛錬が休みになるわけもなく俺は毎日通っていたんだ。でもある日の早朝…目を覚ませばそこは自分の部屋ではなく、神城道場の中心だったのだからあら不思議。
いつの間に俺をここに運んだのか。眠っていたとはいえ、抱きかかえられたのならばいくら何でも気付ける筈。そんな事を考える暇もこの時の俺にはなかった。
押忍ッ!!という寝起き一番に聞いてはいけない音量の掛け声を至近距離で浴びると、あれよあれよという間に道着に着替えさせられ、早朝ランニングへと出かけることになったんだ。
それから始まった地獄の時間。道場に戻ってきて直ぐに恋の母ちゃんの蘭さんに「一体これはどういう…」と声を掛け様としたのだが、それは宗次郎さんの「型稽古始めッ」という声によって遮られてしまい、流されるまま俺は延々2時間ほど神城剣術の型を繰り返し行うことになった。
この時点で「…またなのか」と妙な諦めの境地にいたった俺は、無心で型を繰り返し行うだけだった。
早朝ランニングから始まった地獄は、三日後の宗次郎さんとの『俺が気絶するまで』行った組み手でようやく終わりを迎えることが出来たというわけだ。
もうゴ○ルしても…いいよね??と考えてしまった俺を責める事は誰も出来はしない。いや、絶対に何人たりとも言わせない。俺は絶対にゴ○ルして、この地獄から開放されるんだ!
些か、いつもの俺のテンションから逸脱してしまったかもしれないが、あの時の俺は……色々と限界だったんだ。
で、そんな地獄の三日間を過ごし終えた俺は、妙な開放感からか残り少ない夏休みをハシャギにハシャイだ。それはもう、童心に戻ったかのように。体は子どもそのものだけど…。
と、俺がそんな感じでハシャイでいた時だった。大変な事が起こったのは…。
▼ ▼ ▼ ▼
「なぁ~凜」
「ん~太郎君、それ一口頂戴!俺のこれも一口あげるから」
「うんいいよ。はい、佐々木肉屋さんのほろほろコロッケ」
福本太郎君。双葉町の美味しい物を食べ尽くしたと言っても過言ではない大食漢。俺は自分が買ったメンチカツを太郎君に手渡し、太郎君から手渡されたコロッケを頬張る。
ん~~~~ッ!!やっぱりこれも美味いな!メンチカツが一番好きだけど、コロッケも負けてないなぁ~。
「はぁ……浩も何か言って…」
「あと少し…あと少しで見えるのに…」
太郎君の買ったコロッケを味わいつつ、歩道橋の階段を昇る女のスカートの中を頑張って覗こうとしているエロし…浩を見やる。
浩のその行為に呆れた溜め息を吐きつつ、太郎君と俺…というよりも俺に恨めしい視線を送るのは斎藤茂樹だ。
今日は茂樹の呼びかけでこの四人が集まって遊んでいる。遊んでいるというよりは、食べ歩きをしていると言った方が正しいかもしれない。
「全く…今日は凜と遊ぶから、女子とも遊べると思ったのに……太郎と浩が一緒だとそれも無理な話だったか…」
茂樹が隠しもせずにそんな事を呟いた。いつもの俺ならアホだなの一言くらい言ったかもしれないけど、今はメンチカツを食べるのに忙しいので何も言わずにおいてやる。
八方美人の茂樹が一緒に遊ぼうと誘って来た時から、何か考えてんだろうなとは思ってたけど、まさかそんなアホな事を考えていたとは…。
浩がいるからあんまり分からないけど、クラスの中じゃ茂樹が一番女好きだと思う。浩は女が好きというか、えっちぃ事が好きなんだ。女子にはそれが原因で嫌われてるけど。
「…女子と遊びたいなら、素直に誘えばいいじゃん。一緒に遊ぼうって」
「凜とか力が言えば来るかもしれねぇけど、俺が言って来るかっての」
「茂樹君の言う通りだよ。凜君は人気者だから」
コロッケを食べるのを中断して、太郎君も茂樹に便乗してくる。いや、漫画とかアニメの鈍感主人公じゃないんだし、俺にだってそんな事分かってる。
でも、試しもしないで分かってる感じで言うのがムカつくんだよなぁ。浩の方を見てみればさっきの女の下着が見えたらしく、「む、紫かぁ」と一人興奮していた。あいつもあいつで馬鹿だよなぁ。
「はぁ…愛美ちゃんに聡美ちゃん。恋は恐ぇけど顔は良いし、沖田もなぁ~。凜、お前って本当に狡いと思う」
こいつ…俺がどういう思いで、四人と接してるか分かりもせずに……。
「まぁまぁ、二人共これを食べて」
太郎君にコロッケを半分ずつ貰って、俺と茂樹はお互い矛先を収めて貰ったコロッケを食べる。
補足しておくと、茂樹と浩は一個ずつコロッケとメンチカツを買い、俺はメンチカツを二個、太郎君は…コロッケを六個買っていた。太郎君は大食漢なのだ。
と、四人で駄弁りながら食べ歩きをしていると、茂樹の会いたがっていた四人の内二人が前方から歩いてくるのに気付いた。
「こんにちは聡美ちゃん。梓もこんちは」
「こ、こんにちは凜君。茂樹君達と遊んでたの?」
聡美ちゃんは俺の挨拶にちゃんと答えてくれたが、梓は片手を挙げただけで挨拶を返してきた。隣を見れば茂樹がさっきまでとは打って変わった愛想の良い笑顔を浮かべて二人を見ていた。
太郎君はコロッケを食べながら様子見という感じだし、浩は浩で聡美ちゃんと梓の服装を見てハァハァしていた。……浩はこの時から属性持ちだったんだな。
「うん。道場には夕方からだからそれまで、ね。聡美ちゃんは梓と?」
「そ。誰かさんが鍛錬鍛錬で遊ぶ時間もないみたいだから、ウチが付き合ってあげてるの」
「あ、梓何言って…!」
と、二人のいつものコントを見つつ、このまま二人も誘って遊ぼうか考えていた時だった。
「我很抱歉。你是一个好一点的吗?」
日本語じゃない声が後ろの方から聞こえてきた。振り返って見ると、男なのか女なのかぱっと見ただけでは分からない、中性的な顔立ちの外国人がそこにいた。
中国とかモンゴルとかタイとか…そこら辺の民族衣装なんだとは思う。でも、そんな格好の外国人がいきなり現れたらびっくりするのも仕方ない。しかも、俺達と同い年くらいというのもそれに拍車を掛けていた。
「えっと…ごめんね。何を言ってるか分からないや」
「哦、对不起。这里是我的村庄没有。…ここ、私、行きたい」
「あ、日本語喋れるんだ」
聡美ちゃんの口からそんな言葉がこぼれた。それは、梓や茂樹、太郎君と浩も同じだったらしく、ほけーとその子に顔を向けていた。
その子は俺達のそんな反応に苦笑を浮かべながら、自分の手に持っていた地図を俺達に見せてきた。
というか、『ここ』と指を差された場所が、俺のよく知る場所なのは何の冗談だ?
「え?ここって確か……」
「…恋の家」
聡美ちゃんと梓の言う通り。その子が指を差した場所、それは神城剣術道場だった。
▼ ▼ ▼ ▼
茂樹達三人、聡美ちゃん達二人と別れ、俺『達』は俺の家に寄った後、神城剣術道場の門の前に来ていた。
「这是一个伟大的......灿烂的门」
何を言っているか分からないけど、多分この門を見てびっくりしているんだと思う。俺も初めてこの門の前に立った時は、この迫力に圧倒されたもんなぁ。
俺は民族衣装を着た外国の子と一緒に、恋の家に来ていた。
外国の子を一人で向かわせるのもアレだし、どうせ鍛錬の時間になれば俺も行くことになるので、この子を連れて俺も道場に行くことにしたのだ。
宗次郎さんには鍛錬の終わる時間をちょっと早めにして貰おう。今日はいつもの鍛錬の開始時間より二時間くらい早いからな。
「ここでこうしてても仕方ないし、中に入ろう」
「对不起。お願い、します」
日本語って確か世界の言葉の中じゃ難しい方に分類されたんじゃなかったっけ?偉いなぁ俺とそう変わらない年で外国語話せるんだもんな。
そんな事を考えながら、門を通って中に入る。いつもならそのまま道場に入って道着に着替えるんだけど、今日はこの子の事もあるし、蘭さんを呼んだ方がいいよな。
「こんにちはー!蘭さーん、お客さん連れて来ましたよー!」
恋の家の玄関と道場の門の入口は近い。なので、そこから家の中に大声を上げれば蘭さんに聞こえるってわけ。
「はーい、ちょっと待ってて!」
中の方から蘭さんの声が聞こえたので、その場で待つことにする。隣の外国の子を改めて見てみると、子どもが持つには大きいリュックを背負い、見える肌の色は褐色に近い肌色。髪と目は、俺達と同じ黒。
男…だと思うんだけどなぁ。確かに梓みたいにペタンな子もいるけど、聡美ちゃんとか愛美ちゃんはもう胸が出てきてるもんなぁ。
と、そんな事を考えていたら、蘭さんが来たみたいだ。
「こんにちは凜君。今日は早いのね。あらあら、隣の子ってもしかして…」
「你好。蘭、久しぶり」
「やっぱりぃ!あなたフェイちゃんね!」
外国の子の名前はフェイと言うらしい。けど、知り合いだったんだな。もしかしてとは思ってたけど、外国の子と蘭さんが知り合いってなんか不思議な感じだ。
「恋!恋!フェイちゃんが来たわよ!」
蘭さんが外国の子を抱きしめた状態で、道場の方に向かって声を上げる。恋の奴、こんな時間から鍛錬してんのかよ。
「フェイ!」
道場の入口を開け放ち、道着に竹刀を片手に持った状態の恋が入口から飛び出すなり、外国の子に向かって竹刀を振り下ろして……って、何やってんの!!
「恋!」
外国の子は蘭さんの腕の中から脱出すると、恋が振り降ろした竹刀をリュックの口から飛び出ていた棒を取り出して防いで見せた。
「フェイ!あれから強くなったか!」
「当然!你有没有找到你强恋?」
……こっちも知り合いなのね。
「凜君、この子は中国にいる宗次郎さんの弟さんの娘で、名前は蓮菲ちゃん」
「蓮菲、よろしくね!」
「よ、よろしく…」
鍔迫り合い?をした状態で、俺の方に顔を向けて自己紹介をしてくるフェイ…ちゃん。女の子だったのね。
「凜!こいつは私と同じくらい強いんだぞ!」
「そ、そうみたいだな」
恋もフェイちゃんと同じように鍔迫り合い?をした状態で、俺の方に顔を向けてきた。……二人ともそれ止めればいいのに。
「凜。今日はフェイと組手をしなさい」
って、宗次郎さんいたの!?いやいやいや、そんな事より組手って…。
「大歓喜!私、組手、とっても好きよ!」
……どうしてこうなった…。
皆様、お久しぶりです。3月11日に更新する私をどうか許してください。
うたわれな燕、失踪していませんよ?
こっちよりも、ナルトやいちごを書くのに集中していただけで、失踪はしていませんのでご安心を。
と、言いますか、新キャラです。クラス名簿にもないキャラです。でも、出したのは後悔していませんww
あ、それから、中国語はパソコンならちゃんと見れるので、携帯で文字化けするようなら、パソコンで見てみてください。よろしくお願いします!!