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第9話

 恋と愛美ちゃんの二人と話をしながら教室の中へと入り、ランドセルから教科書やらノートやらを取り出して机の中に入れていく。今日は体育があるから、それまでは適当に過ごすかな。


 机の脇に水着等が入った袋を掛けて、ランドセルを後ろにある丁度ランドセルが入るくらいの小さなスペースに入れてから席に着く。


 この前の遠足から体育の時間に水泳が入ってきたから、体育の時間はゆっくりできる時間なんだよな。今年の夏半端ねぇ暑さだし。


 教室の中に入ると何人かクラスの奴がいたので、おはようと挨拶したのは当然として、恋は直ぐにミドリガメに餌をやっているし、愛美ちゃんは女子同士で話をしている。


 耳に入ってくる内容は、この前の遠足で拾ってきた貝殻をアクセサリーに出来たみたいで、それを見せ合いっこしているようだ。


 愛美ちゃんのアクセサリーは右の手首に付けていた物だったみたいだ。ビーズと貝殻であしらった可愛いモノだったので、俺はどこかで買ったのかと思っていた。口に出さないで正解だったな。


 他には、理沙の足首に巻いたアンクレットタイプの物や結海ちゃんのランドセルに付けたキーホルダータイプ、乃亜ちゃんの髪を抑えるクリップタイプと様々だった。


 俺はそれを横目に見つつ、教室のドアを開けて入ってきた男子に挨拶を返しながら、いい加減左からの視線に気付かない訳にはいかないのかな、と思いそちらに顔を向けた。


「……さっきからどうしたの?」


「ん~聡美と一緒に凜の顔を見てただけよ?」


「梓!何言ってんの!ご、ごめんね凜君。梓が変な事言って…」


 左側に顔を向ければ、梓と聡美ちゃんが二人でこっちを見ていた。二人でというか梓がわざと俺を見ていたようで、聡美ちゃんはとばっちりを受けたみたいになっている。


 二人の浮かべている顔も方やイタズラがバレた表情を浮かべ、方や物凄く恥ずかしい事があった時の表情を浮かべている。


「ごめんごめん。そんな事よりほら」


 梓が聡美ちゃんの手を引っ張って、自分の手首と合わせるようにして俺の前にズイっと出してきた。そこには、愛美ちゃんとはまた違った感じのアクセサリーがあった。


 二人で一緒に作ったのかな?そんな事を思いながら、手首から二人の顔に目を移す。


「良く出来てるね。二人で作ったの?」


「勿論!でも、聡美ってば不器用だから殆んどウチが作ったようなモンだけどね」


「あ、梓ってば!凜君!あたしも頑張ったんだよ!?本当だよ!?」


 聡美ちゃんが顔を真っ赤にして俺と梓の顔を交互に見る。その様子をニヤニヤとした笑みで見るのは梓だ。これで親友っていうんだから、本当に不思議だ。梓の事はほうって置いて、必至な聡美ちゃんを宥めようかな。


「大丈夫だよ聡美ちゃん。聡美ちゃんが頑張った事は、そのアクセサリーを見ればわかるから」


 柔らかな笑みを出来るだけ意識して、聡美ちゃんに笑いかける。顔が良ければ様になるんだろうけど、俺の顔ってそこそこだから正直やりたくない。


 …やりたくないけど、これが思いの外好評なので俺としては使わざるを得ない場合は使うようにしているってわけだ。利用できる物は何でも利用する。前世で誰かがそんな事を言っていたっけなぁ。


「チャイム鳴ったぞ~席着けよー」


「「はぁーい!」」


 黒板側のドアを開けてまさのり先生が入って来るのを合図に、立っていた奴らは席に戻っていく。


 聡美ちゃんもその例に洩れず梓に「じゃあまたね」と言って戻っていく。俺にも「凜君もまたね」と小さく言って…。


「…凜」


「…何?」


「聡美は本気だからね」


「………」


 隣の梓が俺にだけ聞こえるような声で言った内容に俺は何も返す事は出来なかった。そんな俺に構わず梓はまさのり先生の話を聞いている。子どもって言うか…女の子って、成長早過ぎだろ……。


▼ ▼ ▼ ▼


 朝に愛美ちゃんやら恋やら聡美ちゃんやら梓やら……何か色々あった今日もあと少しで終わりだ。帰りの会も終盤に差し掛かり、まさのり先生の話が終われば挨拶をして後は帰るだけだ。


「宿題は漢字ドリルの25、26ページ、計算ドリルの30ページをやってくるように!」


「えぇー!?先生どっちかにしてよー」


「はいはい、文句付けたらもっと増やすぞ~?それじゃあまた明日学校でな。日直、挨拶挨拶」


 まさのり先生と中田幸太のいつものやり取りもそこそこに帰りの会が終わる。さて、帰りますかね。


 帰り支度の整ったランドセルを背負って、後ろの方のドアに向かう。すると、「あーちょっと待て、凜」という声が俺の足を止める事になる。


 その声の主とは愛美ちゃん……ではなく、朝は後ろで一本に括っていた髪を今は流すままにした恋が竹刀袋を片手にランドセルを背負った状態で、俺の方に歩み寄って来ていた。


「何か用か恋?」


「今日はこの後何か用事はあるか?」


「いや、特にないけど…」


 恋に呼び止められるなんて、滅多にない事だ。今朝の事もある。嫌な予感を覚えつつ正直に用事がないことを告げる。


 恋には嘘を見抜く力があるようで、男女関係なく嘘を吐いた奴は恋に「嘘は吐いたら駄目だ!」と説教をされてしまう。


 時間も無駄にするのもなんだし、嘘を吐く理由もないしな。


「そうか!父様が凜に会いたいと言っていてな。何でも、素質があったら道場に通わせたいとの事だ」


「……へ、へぇーお父さんがね」


 やっぱり、嫌な予感が当たった。恋の父ちゃんってマジでおっかないんだよ。授業参観の時に見た恋の父ちゃんと母ちゃんは野獣と美女の典型だ。


 母ちゃんはこれぞ大和撫子というような、お淑やかで優しいオーラを体から出している人で、父ちゃんは言わずもがな、厳しそうなオーラ満タンの強面の人だ。


「うむ。母様も楽しみにしているみたいだった。凜に用事がなくて本当に良かった。さぁ、私の家に行こう!」


 恋はそう言うと、俺の腕を引いて歩いていく。教室の方から、「恋が男子と遊ぶんだって!」「凜の奴恋までかよ!」等など聞き捨てならない事をクラスの奴らが話しているのが聞こえる。


 後ろを振り向いて見れば、愛美ちゃんと聡美ちゃん、それから梓までがこっちを見ていた。……明日の学校行きたくねぇな。


▼ ▼ ▼ ▼


 目の前に、日本家屋としても立派な建物がそこにはあった。門の横には「神城」と達筆で書かれた表札がデデーンと存在感を放っている。


 顔を右の方に向けて見れば道場の方の入口もあるらしく、そこから門下生と思われる中高生~老人まで様々な年齢の方たちが俺達の方を見ていた。


「おお、門下生の人達も今日は帰るみたいだ。凜、父様は本当に楽しみにしているみたいだぞ」


「そ、そうなんだ…それは良かったかな?」


 疑問形になるのは許して欲しい。恋の傍にいる俺に、その門下生達から刺すような殺気が飛んできて痛いも痛い。なぜだ。俺は恋に呼ばれて来ただけなのに、なんで睨まれなきゃいけないんだ。


 理不尽だと思いながら、凜の後に続いて門を潜る。門も凄かったけど、その先も凄かった。門と玄関まで続く道には、石が敷かれていて玄関までそれが続いている。


 玄関に着くまで20個の石の上を渡るなんて、前世も含めて始めての事だ。それに……。この玄関もなんだよ。玄関開けたら虎の剥製があるなんて…。


「さぁ凜。遠慮せずに入ってくれ。直ぐに母様と父様を呼んでくるからな」


 玄関を開けて、ほけぇとしていたら恋は既に靴を脱いでスリッパを履いていた。それを見て俺も靴を脱いで揃えて恋が用意してくれたスリッパに足を通した。


「お邪魔します」


「うむうむ」


 恋の顔は学校で見る時よりも笑顔だった。家という事で、緊張が緩んでいるんだろうな。気分はルンルンな恋の足取りは、それでも静かで武道をしている女の子って感じだ。


 そんな恋の後ろを歩きながら板張りの廊下を歩き、障子の閉まった部屋をどんどん通り過ぎて行く。何部屋あるんだろうな。ちょっと数えただけで6つは通り過ぎたぞ?


「ここで待っていてくれ」


 恋がそう言って障子の一つを開ける。座布団が敷いてあるので、それに座ってればいいのかな?恋に分かったと言ってから、座布団に座る。


 ランドセルは横に置いて、正座を着いて恋達親子を待つ。これで胡座で待っていた日にゃ恋の父ちゃんに何をされるか分からないからな。


 脚が痺れるのを我慢していると、「失礼します」と言って女の人が障子を開けて入ってきた。和服を着たお手伝いさんみたいだ。


 お茶と和菓子をお盆に載せて、俺の座卓にそれらを置いて、またドアを開けて出ていった。その際に、俺の事を値踏みするように見ていた事が気になるっちゃ気になる。


 恋お嬢様にお前みたいな奴が…とか思われてるんだろうか?そうだったら嫌だなぁ。さっきの門下生達もそうだけど、恋は友達ってだけなんだからさ。


 そんな事を思っている時だった。障子が静かに開き、さっきのお茶と和菓子を持ってきた人じゃない、大和撫子を大人にしたような人。その人が膝を着いて障子を開けた後ろで、ババンと紺色の袴を履いた強面の男性。


「は、はじめまして。美浦凜と言います。今日はお呼び頂き、ありがとうございます」


 恋の父ちゃんを見た瞬間、何を言えばいいのか分からなくなって、気付いたらそんな言葉が口をついて出ていた。


 俺は障子の方に土下座をするように頭を下げて、恋の父ちゃんと母ちゃんが部屋に入るのを待った。すると、座卓の向こう側に人が座る音が聞こえて、やっとそこで頭を上げて座卓の方に体を直した。


 座卓の向こうには、恋の父ちゃんと母ちゃんが座っている。俺をここまで連れてきた張本人の恋の姿が見えないけど、どうしたんだ?


「よく来てくれたわね、凜君。私は恋の母親で神城蘭。こっちは夫の神城宗次郎です。今日は本当に来てくれてありがとう」


「い、いえ。恋さんにはいつもお世話になっていて、お、私の方こそ今日はありがとうございます」


「うふふ。そんなに緊張しなくていいのよ?今日は、凜君に会えるって楽しみにしていたの。ねぇあなた」


「……」


 え、えっと……恋の父ちゃん何も言ってくれないんだけど……本当にこの人俺を呼んでたのか?恋の母ちゃんは嬉しいって思ってくれてるみたいだけど…。


「ごめんなさいね凜君。この人無口なんだけど、本当に凜君が来てくれて嬉しいのよ。今日なんて、恋が凜君を連れてくるって言った時からそわそわしてだんだから」


「……」


「は、はぁ…あ、ありがとうございます」


 恋の母ちゃんはニコニコして話してくれるけど、恋の父ちゃんは未だにダンマリだ。腕を組んで目を閉じ、口を一文字に閉じている。マジでもう帰りたいんだけど…。恋の奴何やってんだよ。早く来いよ!


「恋がね、凜君の事をよく話してくれるのよ。凜君が自分が出来ない問題を解いたとか、凜君がクラスの中で一番運動が出来るとか、本当に楽しそうに話してくれるから、どんな子なのかなぁって夫と話してたの」


「そ、そうなんですか。でも、私なんてまだまだです。恋さんには自分のお父さんが一番だといつも話を聞くので私も頑張らなければと思っています」


「まぁまぁ。そうなんですってよあなた」


「……うむ」


 や、やっと一言話してくれた。恋の事なら関心を持つと考えて話したけど、正解だったみたいだ。でも、そろそろ俺も限界だ。恋!マジで早く来い!


「お待たせしました」


 そんな俺の願いは天に通じたみたいだ。恋の声が障子の向こうから聞こえた。やっと、こんな空気から開放される。そんな風に安堵の息を吐いていたら、どこぞの令嬢かと思うような女の子が障子を開けて部屋に入ってきた。


「あらあら、やっと来たのね。恋、あなたは凜君の隣に座りなさいな」


「はい、母様」


 ポカンとしながら、その女の子が俺の隣に座るまで俺の目はその女の子の一挙手一投足を見ていた。


「ど、どうだ凜。おかしくないか?」


 振袖を羽織り、髪留めを後ろ髪に付けた女の子。それは恋の声で俺に話し掛けてきた。耳と頬が薄らと紅くなっていることから、照れているのだろう。


「あ、あぁ。とてもよく似合ってる」


「そ、そうか!ふふ、そうかそうか」


 隣の女の子はどうやらお洒落をした恋だったらしい。女の子は服一つで変わるとは聞いていたけど、ここまで変わるとは…。てか、こいつ何でお洒落してんだ?俺をここに呼んだのって父ちゃんに俺に素質があるか確かめさせる為じゃなかったか?


「……凜と言ったか」


「は、はい!」


 と、父ちゃんが始めて俺に向けて喋ったよ、おい。思わず、裏返った声で返しちゃったけど、怒られないよな?


「……明日から道場に来なさい」


「……へ?」


 いつの間にか、素質を見られていたみたいです。



追加しました!

待っていてくださった皆さん、やっと更新出来ました!

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