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唐突な呼び出しはそうあることでもない。
授業の終わりに呼び止められた時、他愛もない用件だろうと高を括っていたし、あの面倒な通り名を出されずに渡された伝言に少し気を抜いていた。
呼び出された場所で待っていた男の、丁寧な物腰にも騙されたわけだ。
「意味が解らないんだが…」
少しばかり眉を顰めた男は、けれどその言葉を予想していたように迷うことなく手元の汎用端末を操作して、見慣れた大陸図を展開する。
「ご存知かと思いますが、此処、大陸ウィルヘルムには大きく二種類の種族が暮らしています。俗称的ではありますが、此処では真族と魔族と呼ばせていただきます。大陸が、真族の暮らすエリア、魔族の暮らすエリア、また共存するエリアに分かれているのは、勿論ご存知かと思います。この共存エリアの一部において、近年争いが起きています。お互いの主張の不一致が原因とされていますが、それは徐々にエリアを拡大し大陸全土を巻き込む全面戦争も予想されます。火種が大陸を覆う前に、魔王を討伐してください。先程申し上げたことはこれで全部ですが、」
一息でそこまで告げて、男はまっすぐにこちらを見る。
「どの部分をかみ砕いて説明すればよろしいですか?」
「あのな、そもそもどうして俺が」
「我が王が貴方を選ばれたからです、アカツキの英雄」
唐突に告げられた二つ名に反応する前に、男はさっと画面を変えた。
「強制ではありません。勿論、協力いただけるのであればそれ相応の報酬を用意させていただきます」
「断る」と口にする前に示された画面は、不機嫌を飲み込むには十分な威力だった。
「…達成できなかった場合は?」
「こちらは協力報酬です。万が一、任務に失敗してもお渡しいたします。成功報酬は別に用意しておりますから」
ぱっと変わった画面に、一瞬驚いて、それから忌ま忌ましげに男を睨む。
二つ名を呼んだ以上、もう丁寧に接する気もなかった。
「良く調べたもんだな」
「厄介な仕事をお願いする以上、それに見合う報酬を用意するのは当然と考えます」
「流石敏腕と名高い、オーリオールの大樹だってことか」
そこで初めて男は表情を変えて頬をかく。
「その名を呼ばれるのは、随分と久しぶりです。良くお気づきで」
オーリオールの大樹。
その二つ名は、学園の中では通りが良い。ただ、外の世界で知れ渡る宰相候補を示すことを知っているのは極僅かだ。
その僅かに含まれるのは、彼が騎士専攻の間では伝説的だからだろう。
「気付くだろ。一応でも、騎士専攻なんだ」
騎士専攻だった彼が在学中に打ち立てた兵法は現在でも語り種で、そのシュミレーションの連勝記録は未だに破られていない。
「騎士専攻だからといって、私とその二つ名を結び付ける方は多くありませんが」
「これでも目は良い方でね。その汎用端末に翳した認証番号が見えたってだけだ」
ちらりと袖口から覗いた騎士専攻を卒業した証である青のチャームに一瞥をくれて、彼は成る程と頷いた。
「さすが、観察眼に優れていらっしゃいますね。ですから、あのアカツキでの時も」
「言いたいことはそれだけか?」
言葉を遮るように彼を睨むと、彼はにこりと笑って汎用端末を閉じる。
「失礼しました。では、改めて我が王からお話をさせていただきますので、明日理事長室までお越しいただけますか?」
「受ける、といった覚えはないんだが」
「勿論、正式な回答は明日で構いません。ただ、報酬に見合う依頼だと思いますが」
「俺一人で、魔王の討伐に行くことが、か?もっといくらでも適任がいるだろ」
呆れたように肩を竦めると、立ち上がった彼が目をしばたいた。
「あぁ、失礼しました。他に三方、お声をかけさせていただいておりますので、4人で協力いただいて、ということになります。勿論、報酬は各々に用意させていただいておりますから、ご安心ください。取り敢えず明日、顔合わせを兼ねて、皆さんでお話を聞いていただくことになります」
「は?」
「それと、適任の件ですが、貴方方4人を適任と判断されたのは王です。私はそのご意思に従うのみですから」
にこりと笑って「どうされますか?」と、余裕そうな口調に、俺は忌ま忌ましげに溜息をつく。
確かに魅力的な報酬だった。
こんな面倒な依頼でも、話くらいは聞いてもいいかと考えてしまうほどに。
担当
今回 カラクリカラクリ
次回 シュレディンガーの羊