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竜の威を借る魔法使い  作者: Kay Rodda
物語の始まり
9/11

第六幕  六人のレジスタンス VS 五百体の傀儡軍隊 (1)

今回は少し短めでで二話構成です。



     ◆



 クラウゼン王国の元王族にして現聖会の影の権力者、ラルフ・ザックス――その名前と危険性だけはこれまで何度も耳にしてきたアイルだったが、しかしその姿を実際に目にするのはこれが初めてのことだった。


 金色の髪、そしていかにも女性受けしそうな顔立ち。その品定めするような目つきは、まるでアイルたちのことを燃費のいい殺戮兵器か何かくらいにしか思っていないのではないか――そう感じさせる目だった。


「久しぶりだな。運命に抗う者たち(レジスタンス)――今はそう名乗っているのか?」


「……私たちに何の用だ」


「俺がわざわざ貴様らを追う理由など一つしかないだろう。貴様らの持つ混沌魔法だ」


 ザックスは低く落ち着いた様子で答えた。


「四年前に俺の計画がソーラ・シュヴァルツに露見してしまってから、聖会の陰で暗躍するために幾つかの障害が生じてしまったからな。そのせいでこの数年間、あまり派手に動くことができなかった」


 金髪を風に揺らしながら、ザックスは続ける。


「より厳重な計画の隠匿、より完全性の高い情報操作、秘密に勘付き始めた者の抹殺……。俺がこれまでに費やした労力は、貴様らレジスタンスを全員手中に収めたとしてもまだ割に合わん」


「テメエの勝手な都合だけで他人の人生を散々に引っ掻き回しやがって……。反吐が出るぜ」


 ガウェインが吐き捨てるように言った。


「貴様らの人生など俺の知ったことではない。そんな瑣末なことはどうでもいい」


 至極興味なさそうにザックスが断言した次の瞬間、ゼノヴィアはザックスに向かって右手の人差し指を突き出した。するとその指先から鈍く光る鎖が勢いよく飛び出して、うねるようにザックスの元へと向かっていく。


 そこから先はまさに一瞬の連係だった。アイルが状況を理解できないままにたじろいでいると、ガウェインは彼を抱えて横っ飛びに跳躍し、レジスタンスを挟むように位置するザックスとローゲルの両方から距離を取る。


 その間にメリエルとイオはいつの間にかローゲルの元まで移動しており、彼の手足を魔法の縄で拘束していた。


 ゼノヴィアが出した魔法の鎖は難なくザックスの呪文に弾かれてしまったが、その隙を突いたソーラは既に腰に差した剣を鞘から抜き放っており、一瞬でザックスの元まで移動して、トドメの一言もなしにその脳天目がけて今にも剣を振り下ろそうとしていた。


 ――が、目の前に迫る剣に対し、ザックスの対処は努めて冷静だった。


 ザックスが左手を頭上にかざすと彼の左手は昼間でも視界が真っ白になるほどの光を放ち始め、ソーラの太刀筋をほんの僅かに鈍らせる。




「――――っ!」




 一瞬、視界を奪われたソーラはそれでも怯まずそのまま剣を振り下ろす。しかし彼女が感じたのは憎き男の頭蓋を砕き割る暴力的な感触ではなく、石畳が剥がれて剥き出しになった土を抉る、あまりに手応えのない虚しい感触だった。


 ザックスは強烈な光によってソーラの太刀筋を鈍らせ、その隙に死の斬撃を紙一重で回避していたのだ。


「……野蛮な連中だ。少しは人の話を聞く気がないのか貴様らは」


 ソーラたちから距離を取り、純白のマントについた土埃を手で払いながら、ザックスは言った。


「お前の話に価値などあるものか。用がないなら消えろ」


「そうだな、二つの用事のうち一つは既に済ませてしまった。我が混沌魔法《操り人形》によって手駒にした俺の

《傀儡軍隊》がどの程度扱えるのかを確かめるという目的をな」


「……馬鹿にしないで頂戴。ガウェインたちが今日パールの町に訪れることを、あなたが事前に察知することなどできなかったはずよ」


 そうゼノヴィアが凄んだが、しかしザックスは鼻先でふっと笑い飛ばしただけだった。


「貴様は本当に聡い女だ、ラヴクラフト。二十歳にも届かぬ身にしてその聡明さは評価に値する。だが俺は嘘など吐いていない。この町には本当に人形の戦闘訓練に来ただけだ。だが、町を回っていると《隠れ蓑》などという子供騙しで人の目を欺こうとするグレイハウンドたちを見つけたのだ。挨拶の一つもせずに立ち去るのは失礼というものだろう?」


「クソが……運悪く鉢合わせしちまったってわけかよ……」


 ガウェインは毒づいた。


「ああ、貴様とフォーガスのおかげでいいデータがとれた。……が、やはり『器』の質が悪いと人形にしてもたいした力が発揮できん」


 ザックスは近くに倒れている人形を蹴飛ばした。


「八十体も投入したにも拘わらず、グレイハウンドとフォーガスのたった二人にあれだけ苦戦したばかりか、あまつさえシュヴァルツに対しては《ジャンヌ・ダルク》を発動された瞬間に全滅してしまった」


 ザックスの喋り方は、どこか独り言のそれに似ていた。一応相手の言葉に反応くらいはするものの、その大半は軽く受け流し、ただ淡々と自分の喋りたいことだけを語る――それはまるで、相手を人間だと認知していないかのような、そんな喋り方だった。


「……だがまあ、それほど悪いことばかりの日というわけでもなさそうだ。偶然にも『探し物』を見つけたからな」


 と、ザックスは、ガウェインに抱えられている少年――アイル・エアハートを指差した。


「その少年――確か名前はアイル・エアハートとかいったか――ハワード・エアハートの報告によれば、どうやら彼は竜を召喚したそうだな」


「テメエ、まさかアイルまで……!」


 ガウェインはアイルを決して離さないようにと、彼を抱える腕にさらに力を込める。

当の本人は戸惑いと危機感が入り混じった複雑な表情をしていた。


「アイル・エアハートの魔法は、使い方次第ではたった一人で一国の軍隊をも敵に回せる可能性を秘めている。ならば――」


 その瞬間、再びソーラは地面を蹴り、両手の剣を交差させるようにしてザックスの胴を真っ二つにしようと斬りかかった。


「貴様は実に単純だな、シュヴァルツ。どのタイミングで攻撃するのか宣言してから動いているようなものだ」


 途端にザックスの足元の土が捲れ上がり、ソーラとの間に強固な壁を作った。ソーラの斬撃は刃こそ土の壁に深く喰い込んだものの、しかしその奥で冷静に彼女の攻撃を批評するザックスまでは届かない。


「……お前にだけはアイルは渡さん」


 ソーラは土の壁に喰い込んだ剣を力づくで振り抜いた。ザックスが即興で作り上げた土の壁は脆くも砕け散ってしまったが、その破片が地面に落ちるときには既に、ザックスは再びソーラから距離を取っていた。


「フン。俺はシュヴァルツとは違って、かなり温厚で融通が利くタイプだ。ある程度の交渉には応じてやるつもりだぞ。どうだ、貴様らが今ここでアイル・エアハートを俺に引き渡せば、俺は今後一切レジスタンスに手出ししないと約束しよう。どうだグレイハウンド? 貴様にとっても悪い話ではあるまい」


 この男、ラルフ・ザックスもまたハワードと同じ、目的のためには平気で他人を犠牲にできる種類の人間なのだ。

……いや、この男はハワードとも違う。ザックスは『犠牲』などという考え方すら、恐らくしていない。あくまで己の野望を叶えるための『道具』としてしか、『人形』としてしか他人を見ていないのだ。


 恐ろしく歪んだ価値観。そしてその価値観のなれの果てが――ラルフ・ザックスの魂幹魔法《操り人形》なのだ。


「……う、あ……ああ……」


 アイルは思わず後退りする。足が勝手にガウェインから離れようと距離をとっていた。ハワードが彼をそうしたように、また敵に『売られる』かも知れないと、そう思ったのだ。


 しかしガウェインはアイルの腕をガッチリと掴むと、強引に自分の元まで引き寄せた。『絶対に離さない』――と、そう言わんばかりに。


 心が絶望の淵に追い込まれ、アイルがぎゅっと強く目を瞑った、そのとき。






「――――断る!!」






 ガウェインの大音声がアイルの鼓膜を揺るがした。


「え……?」


 再び目を開けてみれば、そこにはガウェインの他に、イオが、メリエルが、ゼノヴィアが、そしてソーラが――レジスタンスのメンバーが集っていた。腕をガウェインにしっかりと掴まれたアイルを取り囲むようにして。


「俺はこの運命に抗う者たち(レジスタンス)の結成者だ。確かにアイルとはまだ出会って一日しか経ってねえが、だからって普段からリーダー風吹かせてる男が、一度仲間にした奴を売れるかよ!」


 アイルは、自分を抱き寄せるガウェインの腕に、さらに力が込められるのを感じた。


「だろうな。感情的にしかモノを見れない貴様がそう言うであろうことは、実は問う前から既に予測がついていた。だが――ゼノヴィア・ラヴクラフト、貴様はどうだ? いかな判断ががより合理的か、貴様なら分かっているだろう?」


「……話にならないわね」


 ゼノヴィア侮蔑の視線を投げかけながら答えた。


「仮に今ここでアイル・エアハートの身柄を引き渡したとして、それであなたがこれ以上私たちを追跡してこない保障なんてどこにもない。それにもしそれが保障されていても、はいそうですかと易々人を売り渡すような輩は畜生以下よ」


「……まさか、『あの』貴様がそんな綺麗事をほざくようになるとはな……。ならば交渉は決裂だ。レジスタンスはここで全員《人形化》させてもらおう」


「お前の《傀儡軍隊》とやらはすべて倒した。たった一人で私たち全員を敵に回すつもりか?」


 ソーラは剣を構え、ゼノヴィアとイオは、傷ついたガウェインとメリエル、そしてアイルを庇うように前に進み出て、利き腕をザックスに向けた。


『いつでも攻撃を仕掛けられる』という牽制だ。


「確かに人形がいなければ貴様ら六人を倒すことは不可能だ……。ところでシュヴァルツ」


 一呼吸おいてから、ザックスは言った。





「俺が操るのは傀儡『部隊』ではなく傀儡『軍隊』だ。たかが八十体――全勢力の二十七分の一を倒した程度で、貴様ら一体何をそんなに浮かれている?」





 ――レジスタンスメンバー全員の間に、戦慄が走った。


「二十七分の……一……?」


 数秒間の沈黙後、メンバーの中で最初に口を開いたメリエルは、顔を真っ青にしている。


「ね、ねえねえゼノヴィア、八十の二十七倍って、いくつくらいなのかなっ……?」


 この事実には流石のイオも茶化す余裕はないようだった。無理矢理な笑みを作りながら、メリエルほどではないものの愕然とした様子を隠しきれていないゼノヴィアに尋ねた。



「…………二千百六十」



「に、に、二千百六十って、どのくらいかなっ……?」


「……レジスタンスが三百六十組作れる数字よ」


 イオの笑みが、そのまま凍りついた。


「そんな……そんなに大勢の人たちを、人形に……?」


 アイルは喉の奥から震える声を絞り出した。


 二千百六十……それは途方もない数字だ。たった今八十体がレジスタンスによって倒されたものの、それでも残りは二千体弱。いくらレジスタンスメンバーが《混沌使い》と称されるほどの強力な魔法を有していたとしても、この数は一度に相手にできる範囲を遥かに超越している。


「嘘だ……嘘だよそんなの! それだけの人数を《人形化》して自分の手駒にしたら、絶対どこかで事態が明るみに出るはずなのに……!」


 小さな違和感を指摘したところでザックスの言葉が取り消されるわけでもあるまいに、気付けばアイルはそう必死に叫んでいた。


「フン。ハワード・エアハートの息子め――貴様どうやら父より頭が回るらしいな」


 そんな少年を、ザックスはもの珍しそうに一瞥する。


「俺が人形化したのはな、エアハート――聖なる守護団カーティス本部にある『迷宮の地下牢』に収容されるはずだった囚人たちだ。俺は囚人どもが地下牢に閉じ込められる直前に奴らの魂を侵し、俺の傀儡とした――表沙汰になどなるわけがない。どうせ地下牢で死ぬはずの人間だ」


『迷宮の地下牢』――その名前はアイルも聞いたことがあった。極刑に処せられた者や国家反逆者が収容される、一度入ったら二度と生きては出られないと言われる凶悪犯罪者収容施設。以前、父の機嫌が悪かったときに『迷宮の地下牢に閉じ込める』とよく脅されたものだった。


「二千体……。おいおい、流石にそんな馬鹿げた数は相手にできねえぞ……」


「同感だな。今は逃げるしかない」


 ガウェインは傷を負った肩を庇いながら苦笑を漏らすと、ソーラもそれに頷いた。


「この俺がそう易々と逃がすとでも思うのか? ――pupa,ae,f.……advoco,are,avi,atum,!」


 ソーラたちの決断はあまりにも遅すぎた。ザックスが呪文を唱え終わると、広場を取り囲むようにして魔法陣が広がっていった。百、二百――五百ほど地面に描かれた魔法陣は、厳かな銀色の光を放ち始める。


「おいゼノヴィア! あのすげえ数の魔法陣……まさか」


「走りなさい! あれは《転送》用の魔法陣――ラルフ・ザックスの魔術人形が来るわ! 今の疲弊した状態であの数とまともにやり合ったらまず間違いなくやられるわよ!」


 広場の入場門に向かって走っていたレジスタンスメンバーは、しかしそこにも出現した魔法陣によって退路を阻まれた。あたりを見回してみれば既に逃げ道などはなく、結界もないのにアイルたちは実質広場に閉じ込められた形となる。


「ダメだよ! どこにも逃げ場なんてない! 全部囲まれちゃってる!」


 メリエルがヒステリックに叫んだ、そのときだった。


 無数に出現した魔法陣が放つ銀色の光の中から、次々に人の形をした影が現れ始めた。初めは影に過ぎなかったそれは徐々に形がはっきりとし、顔の違いまで判別できるようになると、今度は質量を伴っていく。


『人型の影』から――『完全なる人』へ、いや『人形』へと。


 そしてアイルたちが逃げ惑っているうちに――魔法陣が放つ銀色の光が激しく明滅すると、生気を感じさせない無機質な目をした《人形》たちが、その中から現れた。


 何を語ることもなく何を思うこともない、ただザックスの陰謀のためだけに魂を侵され、新たに生まれ変わらされた殺戮兵器――ラルフ・ザックスの魔術人形。


 それらが広場を――アイルたちを取り囲む。


 敵は五百体に対し、レジスタンスはたったの六人。


 アイルたちの圧倒的な劣勢は、誰の目に見ても明らかだった。


「――――これが俺の魂幹魔法で作り出した人形たち――ラルフ・ザックスの《傀儡軍隊》から選りすぐった五百体の精鋭たちだ。まあ流石に二千体全部は導入しきれなかったが、貴様らを潰すにはこの数でも問題はあるまい」


 ザックスの身体はふわりと宙に浮き上がり、近くの大木の枝へと移動する。


「周辺には既に『人払いの結界』を施してある――つまらぬ助けなど期待するなよ」


 ある者は剣を構え、またある者は腕を標的へと向ける――レジスタンスメンバーが覚悟を決めて戦闘態勢に入るのを見ながら、ザックスは高らかに言い放った。




「さあ、我が傀儡軍隊よ――運命に抗う者たち(レジスタンス)を一人残らず生け捕りにしろ!」




 ――そして今、激しい戦いの幕が開く。



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