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竜の威を借る魔法使い  作者: Kay Rodda
物語の始まり
10/11

第六幕  六人のレジスタンス VS 五百体の傀儡軍隊 (2)




     ◆




「絶対に孤立しないで! 陣形を組んで、なるべく固まって戦いなさい!」


 ゼノヴィアの指示を受けながら、アイルたちレジスタンスは傀儡軍隊からの猛攻を必死で凌いでいた。その集団戦法の陰湿さときたら、ゼノヴィアの堅実な指示がなければレジスタンスは間違いなく壊滅していたであろう、意思のない《人形》の軍隊としてはあまりにも高すぎる完成度だった。


 六人という少人数を鑑みれば、一般的な魔法使いたちからはそれこそ『化物』レベルの奮闘ぶりだ。魂幹魔法を使わなくともメンバー一人ひとりの自力がとてつもなく高い。特にゼノヴィアとイオは相当なものだ。

しかしそれでも、戦況がレジスタンスに対して圧倒的不利なことには変わりがない――ソーラは陣形の中央で狼狽えている小柄な少年を見やりながらそう悟った。


「アイル! 陣形から絶対に外へ出るな! お前はそこにいろ!」


「……はいっ」


 人形の放った呪文の軌道を右手の剣で逸らし、それとほぼ同時に左手の剣の射程範囲内にいた人形を斬り倒しながら、ソーラは忠告する。


アイルはやり切れないような表情をしていたが、しかし悔しそうに返事をした。


『それでいい』、とソーラは返す。


まだ魔法も未熟でメンバーとの連携も充分にとることができないアイルでは、要らぬ手助けが返って仇となる――そのことは彼自身よく分かっているようだった。


 仲間に戦わせておきながら自分は見守ることしかできない事実が、一体どれほどアイルの心に屈辱を与えているか分からないソーラではない。だからこそ、『何もできない』現実をしっかりと受け止めた上で『何もしない』ことを選択できるアイルの現実的な判断力を、彼女は高く評価していた。


 無謀無策で突っ込むのは勇気ではなく、自分の無力から目を背けているだけに過ぎない。それは現実逃避よりもなお性質が悪い――アイルはそのことをよく理解している。


 そしてそんな彼だからこそ、ソーラはせめて、アイルが憧れる『物語の世界の住人』のように勇ましく戦おうと決めていた。彼の好きな物語、『オルレアンの少女』に登場する伝説の少女の勇姿を再現してやろうと思ったのだ。


(私を見ていろアイル――お前が憧れた『救国の英雄』の姿を見せてやる)

 それは、幼き日のソーラが熱烈に憧れた少女の名だ。いつかは自分も、大切な人のために立ち上がりたいと願って得た力。





「――魂幹魔法ジャンヌ・ダルク!!」





 途端に身体が重力や慣性からすら解き放たれる感覚を得た。


彼女の《ジャンヌ・ダルク》は物理法則すら超越した英雄の戦いを可能にする。


魂幹魔法を発動したソーラは、一瞬で周囲の状況を察知すると凄まじい速さでメリエルの元まで移動した。


 メリエルは目の前の相手に夢中になり過ぎるあまり、背後への警戒を怠っていたのだ。


「! しまっ――」


そのことにメリエル自身が気付いたときには既に遅すぎた。もしソーラの到着があと一秒でも遅れていれば、メリエルは人形に背後から攻撃を受けて一気に他の敵に襲われていただろう。


 しかしその直前、素早く彼女の元に駆け付けたソーラは、その無防備な背中に容赦なく撃ち込まれた魔力の弾を剣で打ち返すと、そこから半径五メートル圏内にいた人形三体をすぐさま撃退する。そこまでの動作を終えて、ようやく初めに打ち返した魔力の弾が術者の人形に直撃するのを見届けた。


「あ、ありがとうソーラ……助かったよ」


「礼なら後だ。背後は私に任せろ」


 それだけ告げると、メリエルの返事も待たずにソーラは超スピードで元の自分の持ち場へと戻り、陣形に開きかけた穴を埋める。


「アイル、無事か!?」


「僕は大丈夫です! それより今度はガウェインさんが……。ガウェインさんもメリエルさんも、さっきの戦闘で疲れてるみたいなんです! ずっと劣勢で……」


 急いで陣形の中央にいるアイルの元まで戻ると、彼は慌ててソーラに告げた。


(くっ……! 流石ザックスが指揮しているだけあって抜け目がない!)


 ソーラは木の上で戦いを涼やかに静観する男を睨みつけた。


 五百人もの傀儡軍隊といえども、そのすべてを一度にレジスタンスにけしかけるほどザックスは間抜けな男ではない。そんなことをすればゼノヴィアやイオあたりが、待ってましたとばかりに特大魔法をぶつけてくるのが分かっているのだろう。


 傀儡軍隊は、まさしく『軍隊』の名の通り完璧な役割分担と連携プレイを持ってレジスタンスを追い詰めていた。近距離戦闘班、中距離支援班、後方治療班に別れ、個々の能力は決して高くないながらも戦術を駆使して攻めていく。


 特に厄介なのは広場の後方で負傷した人形の治癒を行っている班だ。どうやら彼らは大抵の傷やダメージであれば数分で全回復させてしまうようで、人数を減らすためには確実に人形の体幹を破壊して構造的に動かなくするより他はないらしい。


だが優先して後方治療班を狙えばその分一人あたりのレジスタンスメンバーが負担する人形の数が極端に増えてしまい、その隙に陣形は崩され、あっという間にメンバーが孤立してバラバラに戦わなければならなくなるという最悪のシナリオになりかねない。


「どうすればいいんだ……どうすれば……!」


 ソーラは陣形の中央でじっと仲間たちの戦いを見守る少年を見る。


 整ってはいるものの、まだ幼さが抜けきっていない顔立ち。

雪のように綺麗な白い髪。


 初めて会ったときから、この少年に対する庇護欲とはまた違う何か別の感情が湧き上がるのを、ソーラは確かに感じていた。




(アイル、お前だけは私が――)




 そう覚悟を決め、ソーラは二十人近くの敵に苦戦するガウェインを助太刀すべく、立ちはだかる人形たちを薙ぎ払いながら戦場を駆けて行った。




     ◆




 ――あともう少しで、レジスタンス全員分の混沌魔法が手に入る――


 大木の上でもはや戦場と化した広場を眺めながら、ラルフ・ザックスは勝利を確信していた。


 今日のタイミングでレジスタンスと偶然鉢合わせすることができたのは、ザックスにとって思いがけない僥倖だった。自分の傀儡軍隊をパールの町に忍び込ませ、一般人にバレないように正体を隠しながら情報を収集する――その訓練のために訪れたはずだったのだが、偶然《隠れ蓑》を着て町を歩くガウェインたちを目撃し、即興で立てた作戦を開始したのだ。


 ザックスは木の上から冷静にレジスタンスの能力を分析していた。


 ソーラ・シュヴァルツ――魂幹魔法は《ジャンヌ・ダルク》。魔力を具現化するのではなく自分の身体能力の底上げするという魔法使いらしからぬ魔法だが、その強力さと使い勝手の良さは既に彼女が戦いの中で証明している。


 ガウェイン・グレイハウンドとメリエル・フォーガスの両名においては、既に先ほどの戦いで満身創痍の状態だ。そしてその特性故、魂幹魔法は使えない。この均衡した戦況が崩れるとしたらまず間違いなく二人のうちのどちらかが倒れたときだと、ザックスは踏んでいた。


 イオ・シンツィア・ファルネルは一見ただの頭の弱い少女に思えるが、彼女の魂幹魔法《神隠し》は特定の場所を別空間に隔離し、外部からの侵入をある程度制限する類のものだと聞いている。さらに通常魔法の扱いも優秀だ。人形にすれば有能な手駒となるだろう。


 ゼノヴィア・ラヴクラフト――ザックスにとっては彼女こそが一番厄介な存在だった。性質の悪い女狐の如く頭が回り、こちらの作戦を確実に見抜いた上で最も効果的な対策を打ち出してくる。さらに魔法使いの実力としてはレジスタンスの中でもずば抜けているときたものだ。


 そして――



「アイル・エアハート……」



 ザックスは知らぬ間に声に出してその名を呟いていた。


その少年は戦場の中、陣形の中心で仲間たちが繰り広げる死闘を顔を歪めながら見守っている。


(何をやっているアイル・エアハート――さっさと貴様の魂幹魔法を発動してみせろ。いくら奴らと言えどそういつまでもはもたんぞ)


 ――まさか、とザックスはある可能性に思い至った。つまり、『アイル・エアハートは魂幹魔法を使用した経験がほとんどないのではないか』――という可能性に。


 なるほど、確かにあり得ない話ではない。ローゲルとハワードがもたらした情報を合わせて推測すれば、あの少年が魂幹魔法を発現させたのはつい先日のことのようだ。

普通、魂幹魔法は術者の個性や価値観に大きく影響を受けるため、鍛錬などはほとんどしなくても一定レベルまでは術を行使できるようになるというが――アイル・エアハートの魔法の特性を鑑みればまだ慣れていなくても不思議はない。


ほう、とザックスは感嘆の息を漏らした。


『そんな不確定要素を戦場に持ち込むくらいなら、黙って守られている方がリスクは少ない』と、あの少年はそう判断したわけだ。その十四歳らしからぬ物の考え方は、確かに若者らしい無謀さには欠けるかもしれないが、しかし軍や集団の指揮官の資質としては一流だ。


 きっと愚かな父親を反面教師にしたおかげで、客観的にモノを見るクセがついているのだろう。


「フン。アイル・エアハート――ラヴクラフトあたりがきっちり仕込めば、それなりに有能な人材に成り得たかも知れんな」


 だが、ザックス自身そうさせる気はさらさらなかった。


 レジスタンスはここで一人残らず全員自分の手駒に加える――無論、アイル・エアハートもそうだ。しかし、そのためにはまずやや劣勢を強いられてきたこの状況を覆さなければならない。


(――仕方があるまい。『あの宝石』を使うか……)


 そう言うと、ザックスはマントの裏に手を入れ、内ポケットに入っている、淡い紫色に光るアメジストに酷似した拳大の宝石を握り締め、不気味に微笑んだ。




     ◆




『人形たちの動きが鈍い』――戦闘開始から僅か数分で、ゼノヴィアはそれに気が付いた。


 今現在、ゼノヴィアは前衛に四十体強、そして中・後衛に六十体強もの数の人形を、同時に相手取っている。レジスタンスメンバー全員で円を描くような陣形を組んでいるため、背後からの攻撃にそれほど意識を割く必要がないという点を差し引いても、人数の差を考えれば今のゼノヴィアたちにはまだ余力が残りすぎているほどだった。


 まさかこの程度の相手にあのガウェインとメリエルが苦戦したとは考えにくい――


 ゼノヴィアは敵に次々と呪詛を投げかけながらも、ずっとその違和感について考えを巡らせていた。権謀術数や頭脳戦、小さな矛盾から用意周到に隠された意外な正体を炙り出すようにして突き止めていく術にかけては早々彼女の右に出るものはいない。事実、戦闘時やレジスタンスが窮地に立たされた際、レジスタンスの中で一番発言力を持っているのはゼノヴィアなのだ。


 そしてついにゼノヴィアは、その違和感の正体を突き止めた。


「ようやく分かったわ――ラルフ・ザックスの魂幹魔法、《操り人形》の欠点が!」


 ゼノヴィアは長期戦に備えて温存しておいた魔力を一部解放し、頭上に半径二メートルを超える極大の火の玉を精製し始める。火の玉は真夏の太陽さながらに輝いて、周囲の温度を一気に跳ね上げた。


「う、うわっ! ダメだよっ! ここでそんな大技使っちゃったら、あとがもたないよっ!」


「そうだぞゼノヴィア! それに傀儡軍隊は何百人もいるんだ――そんな的がデカい呪文じゃ向こうの魔法で相殺されるに決まってんだろ! そりゃ無駄打ちだ!」


 それに気付いたイオとガウェインが慌ててゼノヴィアを止めるがもう遅い。

頭上に精製した魔力の火から放たれる空気の流れで藍色の髪をなびかせながら、ゼノヴィアは呪文の詠唱とともに、その火球を数人で固まっている人形たちに向けて解き放った。




「ignis, consumens, absolutus,」




 天から人形たちに襲い掛かるゼノヴィアの魔法を相殺しようと、何十人もの人形たちが一斉にその火球に対し水系の魔法をぶつけた。ゼノヴィアの放った火球と、それとほぼ同じくらいの大きさになった水の塊が空中で衝突し、周囲に爆風を生み出す。


「……無理だ! 相殺されるぞ!」


「だからダメだって言ったのにー! ゼノヴィアのアホ――うわぁあっ!?」


その爆風の威力たるや、ゼノヴィアの近くにいたイオが吹き飛ばされ、危ういところをソーラに抱き止められたほどだった。


 そして先ほどのガウェインとイオの心配はすべて杞憂に終わった。互いに互いを消し合おうとする火球と水の塊は、やがて後者の方がやや力負けする形で威力が衰えていく。



「――――はぁっ!」



 これで止めと言わんばかりにゼノヴィアがさらに魔力を込めると、火球の勢いはさらに増し、ついに水の塊をすべて蒸発させてそのまま人形たちを灼熱地獄の中に取り込んだ。


 途端に火球は人形たち数十体の肉を焼き骨を炙り、そして広場の石畳が剥がれて土が剥き出しになった地面を一瞬にして焦土に変えた。さらにその際生じた熱風で、近くにいた人形たちまで巻き込んで吹き飛ばし、それまで完璧に組まれていた傀儡軍隊の隊列を掻き乱す。


「え……? な、何これ……。どういうこと……?」


 それを見たメリエルは驚愕を隠せないようだった。

どうやらゼノヴィアの大火球によって傀儡軍隊が総崩れになったため、戦いながらも自分以外のことを気にする余裕ができたらしい。


「確かにゼノヴィアの魔法も凄かったけど、でもあれだけの数の人形が唱えた水系魔法で威力を殺し切れないなんて……」


 信じられないといった風に呟くメリエル。


しかしそれとは対照的に、ゼノヴィアは不敵な笑みを浮かべていた。


 レジスタンスが苦戦していた理由の一つに、『長期戦に備えて大技の連発が出来なかった』というものがある。ゼノヴィアが発動した広範囲を攻撃する強力な魔法といえど、人形たちが十数人混合で別の魔法をぶつけてしまえばその威力は激減してしまうため、これまでレジスタンスは不用意な大技の発動を控えていたのだ。


 今回だってそうなるはずだった。しかし実際は、ゼノヴィアの火属性魔法最大の弱点の水属性の魔法を多数受けたにも拘わらず、ほとんどその威力を落とすことなく人形たちを丸焼きにしてしまった。


『これは一体、どういうことなのか』


 メンバーたちから向けられる疑問の視線を察したのか、ゼノヴィアは答えた。


「……見たままよ。『操作する人形の数が多くなればなるほど、それに比例して個々の人形の能力値は低下する』。それがザックスの魂幹魔法、《操り人形》の欠点」


 ゼノヴィアは木の上で静観するザックスを睨みつけた。しかし彼は自分の魂幹魔法を見抜かれたというにもかかわらず、相変わらず鉄面皮のような無表情を貫いている。


「長期戦を見越して魔力を温存する必要なんてないわ。それでは奴らの思うつぼ――むしろありったけの魔力を注ぎ込んで、全力で短期決戦に持ち込みなさい。そうすればまず負けない」


 そこから先、レジスタンスたちの形勢は逆転した。確かに傀儡軍隊で最も厄介だったのは大人数が完璧な役割分担で攻撃してくることで、個々の能力ではない。故に一体一体を全力で潰しにかかることで、まずはその連携を崩しにかかった。


「ソーラとガウェインは近距離にいる敵を一掃して! 援護は私がするわ――イオとメリエルはその間に攻撃魔法の準備を!」


 忙しそうに的確な指示を飛ばすゼノヴィアは、既に二十体以上の人形を火力の高い呪文で消し飛ばしている。

中距離支援班を先に対処することで、戦況はぐっと楽になったようだ。ソーラとガウェインは、まず近距離から休む暇なく呪文を撃ってくる人形を片っ端から薙ぎ倒していき、他のメンバーたちに強力な魔法を撃つ余裕を与えている。


さらにイオとメリエル、そしてゼノヴィアはその隙に大型魔法の呪文を詠唱し、中距離から弱い魔法でこちらの動きを牽制してくる人形たちを一気に殲滅し始めた。


 ついさっきまでは簡単な傷の手当を後方治療班に任せていた中距離支援班の傀儡軍隊たちも、ゼノヴィアたちが全力をかけた魔法を喰らってはひとたまりもない。腕が千切れ足がもげ、胴体の八割が損壊するほどのダメージを受けた人形たちは、まさしく糸が切れた操り人形の如く地面に倒れ伏していく。


 ――そして気が付けば、《ラルフ・ザックスの傀儡軍隊》その五百体のうち百体以上が戦闘続行が不可能な状態になっていた。


 残りは――三百体弱。


「これ……かなりキッツいけど、何とか全員倒せそうだな……!」


「体力がもつといいんだけど……」


 レジスタンスメンバーたちは大技の連発による疲労が隠し切れないようだったが、しかしその成果は目に見えて現れている。


残りの人形は、ついに三百体を下回った。三百体すべてを倒し終えたあとは全員疲れ切って碌に動けない状態になるだろうが、しかし最悪でも負けることはない――と、ゼノヴィアが改めてそう確信した、


 そのときだった。





「フン。苦し紛れの策で数を減らした程度で既に勝った気になっているようだな。それなら俺が再び現実を直視させてやろう――目が潰れる程にな」





 ザックスは嘲るように笑うと、懐からアメジストのような紫色に光る宝石を取り出した。

 そしてその紫色の宝石を見た瞬間、たった今まで勝利を確信していたゼノヴィアの顔が一気に凍りついた。




     ◆




 自分を庇いながらも次々と傀儡軍隊を葬っていくレジスタンスメンバーの姿を見て、アイルは己の無力さを痛感し心の底から落ち込んでいた。


 双剣を振り回し華麗に戦場を舞うソーラや、ソーラほどの派手さはなくても着実に近くの敵を倒していくガウェイン、そして強力な呪文で中距離の敵を殲滅していくメリエルとイオ。ゼノヴィアはその判断力と観察眼で敵の特性を見抜き、レジスタンスに堅実な指示を与えていた。


(それに比べて、僕は……)


 傀儡軍隊との戦闘が始まってから、アイルはまったく何の役にも立っていなかった。アイルの《幻想召喚》はまだ不確定要素の塊みたいな魔法であるし、召喚した魔物や幻獣をアイルが完全に制御しきれるとは限らない。そんなものをこの乱戦の只中で召喚してしまったら、逆にレジスタンスが窮地に追い込まれる結果になりかねないのだ。


(だからって……。本当になんにもできないなんて……)


 歯がゆい。何もできない自分があまりにも歯がゆかった。


 そんなアイルの気持ちを他所に、レジスタンスは次々と傀儡軍隊の数を減らしていく。五百体もいた人形たちは、いつの間にか約三分の一以上も減っていた。しかも中距離からレジスタンスたちの動きを制限していた人形たちの大半がやられているので、これからの戦闘はもっと楽になるはずだ。


(……でも良かった。たぶんこれで最悪の事態は免れたのかな……)


 アイルはほっと胸を撫で下ろす。同時にレジスタンスの間にも勝利の雰囲気が漂った、そのときだった。


 それまで木の上で戦況を静観していたラルフ・ザックスはこう言い放った。




「フン。苦し紛れの策で数を減らした程度で既に勝った気になっているようだな。それなら俺が再び現実を直視させてやろう――目が潰れる程にな」




 アイルは背中にゾッと鳥肌が立つのを感じた。上手く言葉にはできないが、何かとてつもなく嫌な予感が脳裏を駆け抜ける。


 ザックスは懐に手を入れ、そしてそこから紫色に光る宝石を取り出した。アイルの拳の半分ほどの大きさもある、アメジストにも似たその宝石は、淡く光りながらザックスの身体を包み込んでいく。


 その宝石にはアイルにもよく見覚えがあった。どういう効力があるのかは知らないが、アイルが結界を張っていた魔法使いを本で殴り飛ばして倒したとき、その男が手に持って使っていた宝石とよく似ている。


 というかアイル自身、あの男が落とした宝石を拾って、そしてここまで持ってきてしまっていた。現に今、アイルのポケットの中にはあの紫色の宝石が収まっているのだ。


 あの宝石は何なのか――そう誰かに問おうとアイルは辺りを見回した。すると真っ先に目に飛び込んできたのは、なんとあのゼノヴィアが心底から絶望したような表情だった。


「魔導石ですって……!? 何であなたがそんなものを……!」


「……ねえゼノヴィア、魔導石ってなぁに?」


 イオがきょとんとした表情でゼノヴィアに尋ねる。他のレジスタンスメンバーも魔導石などという単語は今まで耳にしたことすら内容だった。


「……簡単に言えば、超高濃度の魔力が凝縮されて詰まった宝石よ。あれを持っているだけで大規模高出力の魔法や結界を行使することができる、ほとんど反則みたいな宝石……」


「……あ? おいおい待てよ、そんな石なんて噂すら聞いたことねえぞ」


「当然よ。もともとクラウゼン王国の王族だけに代々伝えられてきた伝説の国宝――その存在を知っている者は国内に十人といないわ」


 そう答えるゼノヴィアの目は、もうすべての勝負を諦めてしまったかのようだった。



「この戦い――私たちの負けよ。あの宝石がある限り、『ザックスの傀儡軍隊はその欠点を完全に補正されて』しまう」



「――――――――ッッッ!!」


 アイルを始めとするレジスタンス一同は思わず絶句し、言葉を失くした。


「ちょっと待ってよゼノヴィア! ザックスの魔法の弱点って、『操る人形の数が増えるほど個々の能力値が低下する』――だったよね!? それが魔導石で完全に補正されるって、それってもしかして……!」


 メリエルが今にも泣きそうな声で問いかける。ゼノヴィアは黙ってそれに頷いた。


「その通り。つまり俺が現在保管している人形――残りの千六百六十体の能力値をまったく低下させずに今この場に呼び出すことができるのだ」


「……おいおい、そんなもんどうしようもねえじゃねえか」


 ガウェインが顔を引き攣らせたが、それとは対照的にザックスの顔にはゆっくりと笑みが広がっていく。


「そうだな。今日の俺と鉢合わせてしまった時点で、貴様らの全面敗北は逃れられぬ決定事項にして予定調和だった。諦めて俺の傀儡となれ」


 宝石の光がザックスの身体へと乗り移っていき、ザックスの身体が紫色に輝くのに反して宝石の光は衰え、ただの石に戻っていく。

何かが起こりそうな予感が、アイルの心を揺るがした。


(あれ……? でも待てよ……)


 アイルはポケットの中にしまってある、先ほど結界を張っていた男から拝借した宝石のことを思い出す。ゼノヴィアの話から考えれば、きっとあの男はザックスからこの宝石を譲り受け、その力で結界を生み出したはずなのだ。だからこそ、たった一人であそこまで大規模で強力な結界を維持し続けることができた。


 だとすれば――


 アイルの頭の中で何か大切なピースがかちりと音を立ててはまっていくが、思考のパズルの完成をザックスが待ってくれるはずもない。


 ザックスはパチンと指を鳴らすと、広場に新たな二百ほどの魔法陣が浮かび上がり、その中からまたもや人形たちが現れ始めた。


「また奴らが出てくる――ねえゼノヴィア! 何か対処法はないの!?」


「……ザックスが自らの意志で術の行使を止めるか、もしくは……」


「奴を殺すしかないというわけだ。なるほど、実に分かりやすい」


 ソーラは両手の剣を構えたが、そう上手くはいかなかった。新たな魔法陣で今にも生み出されようとしている人形たちの他に、まだ倒しきれていなかった人形たちが、ザックスを攻撃しようとするソーラたちの邪魔をする。


「チッ! 次から次へと……!」


「ゼノヴィア! 他に対処法は――」


「……さっきも言ったでしょう」


 ヒステリックに叫ぶメリエルに対し、ゼノヴィアは沈みきった声で言った。……それは、完全に勝負というものを諦めてしまった者の声音だった。


「今の私たちじゃどうにもできない。できることといったら、精々傀儡軍隊を一体でも多く葬ることくらいよ」


 レジスタンスの間に絶望の沈黙が訪れる。


 ザックスは意地の悪い笑みでその様子を傍観しながら、自らの魂幹魔法の名を口にする。


「魂幹魔法《操り人形》――我が傀儡軍隊よ、今度こそレジスタンスを殲滅せよ!」


 レジスタンスが決死の覚悟で減らした人形の数が、新たに転送魔法で召喚された人形たちにより穴埋めされていく。


 ザックスは己の勝利を確信した。これでレジスタンスは崩壊だ、彼らの魂幹魔法はすべての手中に入り、そして自分は途方もない武力を得ることとなる――と。


 しかしそのとき、ザックスは失念していた。


 レジスタンスメンバーの中にただ一人だけ、この絶望的な状況を打破し得る可能性を秘めた魔法使いがいることを。ザックスと同じように、偶然『魔導石』を手に入れてしまった少年の存在を。





 アイル・エアハートは、ポケットの中にある紫色の宝石――ゼノヴィアの話によれば莫大な魔力が封印されているという『魔導石』を、強く握りしめた。






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