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アタマ

作者: 猫澤靖
掲載日:2026/03/25

 アタマが落ちていた。

 誰のアタマか分からない。 

 

 ──アタマ?本当にアタマだった?


 靴を脱いで玄関を抜けて1秒で見知らぬアタマが目に飛び込んできた。

 息をするのさえ忘れて思わず家から飛び出した。

 スニーカーは左右反対。

 靴から飛び出した踵は床についていた。

 

 ──待って待って


 とっさに()()()が落ちていると認識はしたが、少し冷静になってみたら、アタマはアタマでもマネキンや模型の類に決まっている。

 額の汗を拭いながら、念のため表札を確認する。

 701号室。

 今日から住む部屋に違いない。

 7階建てで、ひとつのフロアに一部屋という風変わりな縦長のマンションだ。

 私は深呼吸をしてから再び重たいドアを開ける。

 靴を脱いで恐る恐る玄関を抜ける。


 ──ある。何で?


 自分の声が反響した。

 アタマは長い黒髪におおわれているせいで()()()()()()()()

 あまりにもリアルな作りではあるが、本物であるはずがない。

 胸元をポンポン叩きながら、できるだけ冷静な判断を心掛ける。

 前の住人の忘れ物か、立ち入った業者の私物か。

 いまいちピンとは来ないが、どちらにしてもそれを持ち上げる気にはなれない。

 かと言って、床にずっと放置しておくのも気が休まらない。

 本当ならいますぐにでもここをキャンセルして別の部屋を探したかったが、明日から新しい職場で働かなければならない上に、借金がある私にはここの家賃しか払えない。

 ひとまず、アタマに背を向けて大家に電話をかけた。

 一言、二言、文句を言ってやろうと思いながら繋がるのを待つが、通話音が5回、6回鳴っても出ない。

 おまけに携帯の電池は十パーセントしかなく、充電器も運悪く壊れて買いに行かなければならない状況だった。

 充電器が壊れたときは、ついていないなと思ったが、それを何百倍も上回る悲運が待ち構えていようとは思わなかった。

 引っ越し先に得体の知れないアタマが落ちていようとは、誰が想像できただろうか。

 この上ないほど幸先の悪いスタートに泣きそうになった。

 折り返しの電話があるまで外で待機していようかとも考えたが、体を動かしていないと気が変になりそうだった。

 日が暮れる前に、十畳ほどの洋室のモップ掛けだけは済ませておきたい。他人の私物が落ちていたのならば尚のこと。

 その気持ちに押されて掃除を始めたが、モップ掛けをする間、視界の端に嫌でもアタマが入ってくる。マネキンか何かのパーツの一部なのだろうが、どうにも私の心をざわつかせる。

 

 ──どうしてアタマがある?

 ──何で部屋に落ちている?

 

 ブツブツ言いながらも、やっとの思いでモップ掛けをした。

 ソファーや座椅子、カーペットはまだなかったので、冷たい床に座って遠巻きにアタマを見た。

 髪の毛はとても艶めいている。

 いや、そもそも髪の毛は死んだ細胞の塊だ。

 それでも、これは新しいアタマに見える。

 

 「()()()()()()


 もちろん、そんなことを口にしたのは生まれて初めてだ。

 それより、なぜここに落ちているのか理由を知りたい。その答えを探すように室内をぐるりと見渡す。

 入居前からすでに備え付けられているものがいくつかあった。

 エアコンに、本棚付きの学習用デスクにオーソドックスなシングルベッド。どちらも新品とは言えず、ところどころ塗料が剥がれていたり、角が削れたりしている部分があった。

 私は膝をガクガクさせながら、アタマ以外のパーツが部屋に転がっていないか無意識に探していた。

 もし、この部屋にアタマなどなければ、この部屋には不釣り合いな大きな振り子時計にもっと注目したはずだった。ひっそりと壁に立つ兵士のように佇むその時計は、オルゴール博物館の入り口にでも置いてありそうな、重厚感のある古めかしい振り子時計だった。

 しかし、これほどの存在感でありながら時を刻む音はしなかった。

 よく見れば針も五分ほど遅れている。

 前の住人はこの振り子時計をインテリアとしてしか見ていなかったのかもしれない。

 入居前は家具を一から揃える必要のないところが魅力的に感じたが、私より先にここに住み着いているものたちの息遣いが色濃く残っていた。

 それよりいまは、手に余るアタマをどうするかが問題だ。

 見知らぬ人の髪の毛が一本落ちているだけでも不快だというのにどうしたら良いのだろうか。

 アタマに目を向けるたびに、悪い方向に悪い方向に気持ちが向く。

 突然、一時間前に食べた胃の内容物が喉まで押し上げてくるのを感じた。

 とっさに口を塞ぐ。

 アタマと薄暗い部屋の中で一緒にいることへの拒否感が確実に現れ始めていた。

 昔、弟が美容師になる前に持っていたカット練習用の頭部マネキンとは明らかに違う。

 さすがに生首ではないだろう。生首であれば床に血痕があってもおかしくはない。

 いやいや、自分は何を言っているのか。

 生首など落ちているはずがないじゃないか。

 しかし、断定はできない。

 目に留まっても、意味だけが遅れてくることは時々ある。

 嫌々ながら血痕の有無を調べようと思い、近くのモップを握ろうとした。

 なぜか握ったはずのモップが何度も手からすり抜ける。

 指先までうまく力が入らない。

 危うくモップの先がアタマのど真ん中に落下するところだった。


 ──割れたアタマ

 ──飛び散るアタマ

 ──粉々に砕けるアタマ

 

 そんな言葉ばかりが頭に浮かぶ。

 早くこの部屋からアタマを排除したくてしかたがなかった。

 勇気を振り絞ってモップの先を伸ばす。

 モップを握る手は、嫌な汗でぐっしょりと濡れていた。

 ベッドと学習用デスクの間に横たわるアタマをゆっくりと突いてみようとしたが、なかなか距離感が掴めない。

 近いのか、遠いのか。

 苦労して髪の毛先の向きを変えることができた瞬間。

 ザワァァァと鳥肌が立った。

 口内の水分が一気に奪われる。

 私は顔を上げて深呼吸した。

 窓から見える景色が晴れ渡っていればまた違うのだろうが、厚い雲からいまにも雷鳴が轟きそうな暗い空では気分も滅入る一方だ。

 どうにかしてニセモノだという確証が欲しい。

 わずかな衝撃で悲鳴を上げそうなギリギリの精神状態の中で私は、モップを右手から左手に持ち直し、アタマ周辺を調べることにした。

 思い切って、モップの先でアタマを転がしてみる。

「ゴロッ」と鳴るたびに、ぎゅっと目をつぶっては開いて、つぶっては開いてを繰り返した。


 ──ない、ない、ない、ない。

 ──顔なんてものは、どこにもない!


 ただよく見ると、ないものは顔だけではない。

 アカシア材の濃いブラウンの床に血痕もなかった。

 腕や背中へウジ虫でも這い上がってくるかのような恐怖がして、少しの間、身震いが止まらなかった。

 とそのとき、私がモップを動かすことを止めたにも関わらず、アタマがゴロリと鈍い音を立てて十センチほど横にずれた。


「ヒィ」


 声にならない呻き声が漏れた。

 なんと、アタマが三分の一ほどベッドの下に隠れてしまったのだ。

 まるで女性の遺体の一部がベッドの下に横たわっているかのように見えて穏やかではない。

 酸欠状態になって足元がフラついたので、その場に座り込んだ。

 ちょうど手の届く場所にペットボトルの水が置きっぱなしになっていたので一気飲みをしたが、喉の渇きはまったく消えなかった。


 私の次にアタマの存在に気づいたものがいた。

 天井裏を住み家とする骨ばった白猫だ。

 部屋の右奥には本棚付きのデスクがあり、その真上にペットドアが設置してあるのだが、そこを伝って猫はジャンプで降りてきた。

 ちょうど目の前を通過したが、まるでここに私などいないかのようにとても落ち着いた様子だった。

 白猫が顔の見えないアタマを見つけると、鼻腔を近づけてクンクンし始める。

 固唾をのんでその様子を見守っていると、今度は前足の先で髪の毛をいじりだした。

 ときどき自分の爪が髪に引っかかるのか、アタマから前足を離すとき、肘をブルブルと震わせたりもした。

 もともと猫は好きでも嫌いでもなかったが、今なら父の「猫はどうも怪奇めいていて苦手だ」という言葉の意味が理解できる気がする。

 サッカーボールのようにこちらへ飛ばして来たら。

 こちらに咥えて運んで来たら。

 どの想像も失神しそうだった。

 予想通り白猫にとって格好のおもちゃにはなったが、穏やかに黒い髪をすくいあげて舐めとるに留まってくれた。いや、それだけでも私を震え上がらせるには十分な仕草だ。猫にとっては、母が我が子にしてやる行為と何ら変わりないのかもしれないが。

 ふと、近くにあったボストンバッグに視線が動いた。

 白猫がすぐにでも妙な行動を取りそうにないことを確認しながら、ボストンバッグを手繰り寄せた。たったこれだけのことでも、泥のような徒労感が全身に圧し掛かってくる。

 私はそこから趣味で買ったポラロイドカメラを取り出した。

 携帯の充電が十分に残っていれば、わざわざこんな手順は踏まなかっただろうが、万が一に備えて電池は切らせたくはなかった。

 白猫が立ち去ってしまわぬうちに、素早くピントを合わせてシャッターを切る。

 私がこの部屋にいることには無関心だった白猫がこちらに太い視線を向けてきた。そこで初めて右目がペリドットで、左目がオーシャンブルーのオッドアイだと知る。

 瘦せこけた白猫とアタマを交互に見ることで忙しくしていると、再びアタマがコロコロとフローリングの上を転がり始めた。

 私は悲鳴を上げた。

 白猫も予想外の事態に垂直ジャンプし、背中の薄い毛を逆立て「シャー」とアタマに向かって威嚇した。

 ベランダの大きな窓の前で、アタマはコツンと音を立てて再び止まった。

 意志を持っているとしか思えなかったが、相変わらず顔は確認できない。

 いつのまにか首周りに脂汗がねっとりと滲んでいた。

 髪の毛を首から完全に引き離すことに手間取ったが、手首にしていた髪ゴムで何とか長い髪をひとつに束ねた。

 そのとき、おかしな考えが脳裏に浮かんだ。

 このアタマには、()()()()()()()()()()()()()()()のではないだろうかと。

 生身のアタマが引っ越し先で転がっているなんて。


「正気の沙汰ではない」


 敢えてそれを口にしたつもりだったが、舌がもつれてうまく言えなかった。

 気づけば足音ひとつ立てずに白猫は姿を消していた。

 動物は勘が鋭い。

 危険を察して遠ざかったのではないか。

 ああ、できれば、白猫がアタマを咥えてどこか遠くへ、家の外へ持ち運んで行ってくれたら良かったのに。いや、逆にあの白猫が運んできた可能性もあるのではないか。

 自分でも不思議だが、視界から白猫が消えたことに心細さを感じた。


 「白猫はマンションが建つ前からおりましたので、追い払うことができませんでした。ただ、ベランダの窓や浴室のドアを開けっぱなしにしても決して出ていくことはございません。もちろん、食事にかかる費用ですとか、医療費などはこちらで負担いたします。それが広告にあった訳ありの中身となりますが、駅から徒歩3分という立地、月2万円という破格の家賃ですし、お客様が猫アレルギーでなければそれほど悪い条件ではないかと」


 経済的に困っていた私には確かに好条件ではあるが、猫のほかに()()()が住み着いていると初めから知っていれば越してくることは絶対になかった。

 無意識に歯がガタガタと震えだす。

 ふと、斜め左前のマンションのベランダから視線を感じた。

 気のせいなんかではなく、ベランダで煙草を吸った男がこちらをチラチラと見ていた。

 私は大股でベッドによじ登り、最初から取り付けられてあったレースカーテンをシャッシャッと閉めた。

 さらに薄暗くなった室内。

 しかし、目の前の事実を闇に葬ってくれるわけではない。

 まるで沈没した船に見える窓横のベッドとデスクの間からは長い髪の毛が見える。

 私は真っ先に深呼吸した。

 そうしなければ、呼吸の仕方を忘れてしまいそうだった。

 どこかに凭れかかりたかった。

 ふと、床に裏返って落ちていたポラロイド写真に目が留まった。

 すっかり写真を見るタイミングを失っていたようだ。

 怖々と拾って写真を見ようとしたときだった。

 大型トラックがマンションの近くを通ったことによる振動で、アタマがまた転がりだした。そのせいでアタマは再びベッドの端の位置へ戻ってしまった。

 鼓動が速まり、息が浅くなる。

 無意識に胸に右手を添える。

 ほどなくして、インターホンが鳴った。

 私は蒼白となった。

 居留守を使うことはできない。

 なぜなら、電気屋で購入した洗濯機を取り付けてもらう予定なのだ。

 猫ならば問題ないが、第三者がこの状況を見れば確実に疑われる。

 いますぐにでもアタマをベッドの下に隠すか、クローゼットに押し込むかしたほうが良いのだろうが、素手でなくともその”アタマ”に触れることなど到底無理というもの。

 再びインターホンが鳴る。

 ふと、買ったばかりのベッド用ボックスシーツの存在を思い出した。クローゼットまで走り、荷物の山からシーツを探した。

「あった!」

 鬼の形相でビニールを破りながらインターホンの子機を取り上げた。

「もしもし」

「ツルハシカメラです。洗濯機の取り付けに伺いました」

 慌ててオートロックを解除する。

 子機を元の場所に戻したつもりがうまく掛けられず、まるで高所から身投げした人のようにブラブラと中空で揺れていた。

 しかし、それを元の場所に戻す暇はない。

 一刻も早く新品のボックスシーツで長い黒髪に覆われたアタマを隠さなければならない。

 一瞬、躊躇はしたものの新品のボックスシーツをアタマの上に落とした。その反動で打ち上げられた魚の如く、アタマが飛んだり跳ねたりしたらどうしようかと考えたが、特にこれといった反応はなかった。

 3月初旬だというのに脇の下も背中も汗びっしょりだ。

 業者の男たちが7階まで来たらしく、ドアの向こう側が騒がしくなった。

 インターホンが鳴ったのと同時に、ボックスシーツの周りを手荷物で固めてから業者を出迎えた。

「失礼します」

 片方の眉毛に剃りこみが入った小麦肌の男と、野球少年にいそうなこざっぱりとした髪の小柄な男が、洗濯機を抱えてずかずかと入ってきた。

 できるだけ窓際への注意を反らしたかったので、入って左奥にある洗濯機の設置場所へとまっすぐ誘導した。

「電気を点けてもらっても良いっすか」

 剃りこみ眉毛の男が言った。

 とっさに照明スイッチの場所を探したが、先に発見した男が押した。

「埃すごいっすねぇ」

 野球少年の風貌をした男が、ぼやきながら窓のほうを見たので私はとっさに構えた。

「窓、少し開けてもらっても良いですか?」

 一瞬にして心臓が跳ね上がる。

「あ、えっと。それはちょっと猫がいるのですいません」

 我ながらうまい言い訳だった。

 幸いそれ以上は求められなかった。

 一分一秒がとてつもなく長く感じられた。

 ボックスシーツの方角を睨みつつ、戻し忘れていた子機を元の位置に置いた。

 アタマが床上を再び転がるようなことがあれば一巻の終わりだ。

 ただただその恐怖だけが私を支配していた。

 洗濯機の設置が終わって剃り込み眉の男が「以上です」と口にしたとき、「異常です」と聞き違えてひとり動揺した。

 いや、その前から私の目は常に泳いでいただろうし、止まらぬ汗をやたらと手の甲で拭いていたりと、尋常ではない私の様子に少なからず彼らは気づいたはずだ。

「じゃ、失礼します」

 どちらかが玄関で口にした。

 ひとまず危機を乗り越えられたかと思い、気を緩めたとたん開け放たれたドアから強い風が室内へと舞い込んできた。

 即座に振り返る。

 運良くボックスシーツが裏返ってアタマが露出することはなかった。

 心臓が獣の如く皮膚を食い破って出てきそうなほど鼓動が速くなった。

 急いでドアを閉めなければ。

 そのときだった。

 野球少年の風貌をした男が、室内のほうを見ながら「あっ」と声を裏返した。

 もうダメだ。アタマが動いたのだ。

 もはや生きた心地がしなかった。

 半ば諦めて室内に目をやると、レースカーテンを通して見える薄暗さの中で、わずかな光をとらえて怪しげに光るオッドアイの瞳が見えた。

 彼らが立ち去ってからは、額の脂汗を服の裾で拭いながらこの先どうするのが賢明か必死に考えた。文字通り死に物狂いで。

 大事なことは、渦中のアタマが私とは無関係であるということ。

 突然、携帯が鳴り出した。

 ジーンズのポケットから携帯を取り出すと、大家の電話番号が表示されていた。

「もしもし、平野様の携帯ですか?」

「はい。今日からクロノスハイム701号の部屋に入居した平野です」

「お電話頂いていたようですが、どうかされましたか? 何かお困りごとでしょうか」

 大家の声は、こっちの気も知らずにイラッとするほど明るい調子だった。

「実はですね」

 脳細胞が意志を持って暴れているような状況で、まともな言葉が降りてこない。

「どうかされましたか?」

「実は得体の知れないものが床に落ちていまして」

「得体の知れないもの? もしや、”カコ”と”ミライ”のことですかね? いや、平野様が仰ってるのは、”ミライ”のほうでしょうか」

 ()()()()()()

 この人はいったい何を言っているのだ?

「カコとミライとは? 誰かの名前ですか?」

 怪訝に訊き返してみる。

「カコが白猫で、ミライはその名の通り、ミライのことです」

 この場にいなくとも、大家が満面の笑みで話しているのが伝わってくるほど弾んだ声だった。何もかも尋常ではない。

「……ミライって、ミイラの隠語とかではないですよね」

 一拍を置いてから、大家の無遠慮な馬鹿笑いが聞こえてきた。

「平野様ってば面白い方ですね。ミライはミライです。もう顔は見えていますか?」

 最後の一言で舌が喉奥に引っ付きそうになった。

 膝がガクガクと震え出す。

 大家はいま、「顔は見えているか」と訊いたのか?

「もう」とは、どういう意味か?

 やっとの思いで一歩、また一歩とベッドへ移動する。

 ようやくボックスシーツに手をかけたが、指先が思うように動かない。

 私は深く息を吸い、一度目を閉じてからおそるおそるシーツをめくった。

 一気に血の気が引いた。

 そこには、ずっと探し求めていた”顔”があった。

 ムンクの「叫び」のように青白く歪んだ顔。縦に伸びた口は静かに、しかし永遠に続くかのような悲劇を前に絶叫しているようだった。

 バンという音がしたあと、足元から大家の声が聞こえてきた。

 床に膝をつき、落ちた携帯をガクガクと震える手で拾おうとするが、距離感が掴めずなぜかそれができない。

「もしもし? 平野様?」

「は、は……」

 息を吐いているのか、言葉を発しているのか自分でも分からない。

「701号室のお部屋はですね、ときどき、”アタマ”が先に届くんです」

「だ、誰の……」

私の声に反応するかのように、未だ見ていないポラロイド写真に写る顔と目が合った。

「誰のって、次の住人の頭ですよ」

 それを聞いて居たたまれなくなった私は、両手で自分の頬を押し潰そうとした。


 ()()


 手と手を叩く音だけが響き渡り、驚いた白猫と目が合った。

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