第7話 形を変える、という選択
朝、棚に吊るした葉は、昨日よりも軽くなっていた。
レオンは指先で一束を持ち上げ、感触を確かめる。水分が抜け、しなやかさが失われつつある。だが、色はまだ悪くない。腐臭もない。
「……成功だな」
小さく息を吐く。
予想通りではあったが、実際に結果を見ると意味が違う。理屈が、現実に変わる瞬間だ。
ミラが帳面を抱えて近づいてくる。
「一晩で、水分が三割ほど抜けています」
「十分だ」
レオンは頷いた。
「この調子なら、数日は持つ」
「その後は?」
「刻むか、粉にする」
バルドが眉をひそめた。
「粉?」
「乾かした葉を砕く。嵩が減るし、持ち運びも楽になる」
「……戦場の携行食みてえだな」
「理屈は同じだ」
レオンは、石と石を使って簡単な臼代わりを作り、試しに一束を砕いてみせた。
葉は音もなく崩れ、緑がかった粉になる。
ミラが、驚いたようにそれを覗き込む。
「……これなら、量がわかりやすいですね」
「管理もしやすい」
「売ることも?」
「まだだ」
即答だった。
ミラは一瞬、口を閉ざす。
「理由は?」
「まだ“強さ”が足りない」
バルドが、低く笑った。
「狙われる、って話か」
「そうだ」
形を変えれば、価値は上がる。
だが同時に、注目も集める。
今はまだ、内側を固める段階だ。
売るより先に、**回す**必要がある。
その日、レオンは保存作業を続けた。
干す、砕く、少量を煮詰める。すべて試験だ。量は少なく、失敗してもいい範囲に留める。
ミラは横で記録を取り、バルドは周囲の警戒を強めた。
午後、森の方から人影が現れた。
男だ。年配。背中が少し丸い。農具を背負っている。
近隣村の者だろう。
「……ここで、何をしている」
声には、警戒と戸惑いが混じっていた。
レオンは粉を入れた器を置き、ゆっくり立ち上がる。
「開拓だ。畑を作っている」
男は畑と棚を見て、目を細めた。
「ここは、実らん土地だと聞いていたが」
「手を入れれば、応える」
「……ふん」
男は鼻を鳴らす。
「余計なことをする」
ミラが一歩前に出かけたが、レオンが手で制した。
「用件は?」
「様子見だ」
男は短く言う。
「噂が立っている。“食える場所”ができたとな」
バルドの気配が、わずかに鋭くなる。
レオンは、あえて棚を指さした。
「まだ試しだ。売るほどはない」
嘘ではない。
そして、真実のすべてでもない。
男はしばらく黙っていたが、やがて踵を返した。
「……深入りはするな」
「忠告として受け取る」
人影が去ると、空気が緩む。
「早かったな」
バルドが言う。
「想定内だ」
レオンは答える。
「余ると、話は漏れる」
ミラが帳面を閉じた。
「なら、急ぐべきでは?」
「いや」
レオンは首を振る。
「**整える**方が先だ」
その夜、干し葉の粉を少量、湯に溶かしてみた。
香りは弱いが、栄養はある。腹持ちもいい。
「……食事の形が増えたな」
バルドが言う。
「選択肢が増えると、余裕ができる」
レオンは答えた。
「余裕があると、間違えにくくなる」
ミラは静かに頷いた。
この村――いや、この場所が目指しているものが、少しずつ見えてきた気がした。
夜、レオンは帳面に書き加える。
――保存加工、成立。
――外部接触、一件。
――売却、見送り。
文字を追いながら、彼は確信する。
**形を変えるとは、価値を制御することだ。**
急がない。
誇らない。
奪われない。
この順序を守れば、ここは続く。
レオンは火を落とし、静かな闇に身を委ねた。
外では、乾いた葉が風に揺れ、かすかな音を立てていた。
それは、次の章が始まる前触れのように聞こえた。




