第6話 余る、という兆し
朝の空気が、どこか違っていた。
レオンは小屋を出ると、まず畑に向かった。これはもう習慣だ。芽の具合、水の流れ、土の湿り。順番に確認していく。
そして――ほんの一瞬、動きが止まった。
「……増えてるな」
芽の数が、はっきりと増えている。
それも、想定より少しだけ早い。
畝の一部では、葉が重なり合い始めていた。間引きをしなければ、互いに栄養を奪い合う。だが同時に、それは「想定以上に育っている」という証拠でもあった。
レオンはしゃがみ込み、指で土を確かめる。
水分は足りている。根張りも悪くない。気温も安定している。
――条件が、噛み合っている。
その事実を、彼は静かに受け止めた。
「間引き、今日やるか」
小屋の方を振り返ると、バルドが薪を割っていた。
「食えるのか?」
「食える」
「なら、問題ねえな」
間引き作業は、昼前には終わった。
抜いた若い葉は、籠に入れると思った以上の量になった。三人で食べても、今日一日では消費しきれない。
ミラが、籠の中を覗き込む。
「……余りますね」
「余るな」
レオンは即答した。
その言葉に、ミラはわずかに目を見開いた。
「余る、という認識でいいんですね」
「腐らせなければ」
「……そうですね」
彼女は帳面を開き、今日の収穫量を書き留め始めた。まだ正式な収穫ではない。だが、数値として残す価値はある。
昼食は、間引いた葉を刻んで豆と一緒に煮た。
味は淡いが、青臭さはない。塩を少し足すだけで、十分だった。
「うまい、とは言わねえが」
バルドが言う。
「食い飽きないな」
「それでいい」
レオンは頷いた。
「毎日食うものだからな」
食後、レオンは籠に残った葉を見つめていた。
使い切れない量。
それは、これまでなかった状況だ。
――保存、か。
彼は立ち上がり、小屋の壁際に作った棚を見た。風通しは悪くない。日陰もある。吊るせば、ある程度は持つはずだ。
「ミラ、紐はあるか」
「あります」
三人で作業を始める。
葉を洗い、束ね、紐で縛る。棚に吊るす。簡単な工程だが、確実に「次の段階」へ進んでいる感触があった。
作業をしながら、ミラが言った。
「……余る、というのは」
「うん?」
「危険でもあります」
レオンは手を止めなかった。
「そうだな」
「奪われる理由になります」
「その通りだ」
バルドが、低く息を吐く。
「だから、俺がいる」
「それも一つの対処だ」
レオンは答える。
「だが、それだけじゃ足りない」
二人が、彼を見る。
「余るなら」
レオンは、吊るした葉を見上げながら言った。
「隠すか、形を変える」
「形を変える?」
ミラが問い返す。
「そのままだから、狙われる」
レオンは淡々と続けた。
「食べ物は、保存すれば別物になる」
干す。
刻む。
煮詰める。
発酵させる。
彼の頭の中では、すでにいくつかの選択肢が並んでいた。
すべてを今すぐ試す必要はない。だが、知っているだけで、判断は早くなる。
「今日は、干すだけでいい」
レオンは言った。
「結果を見る」
夕方、棚には緑が並んだ。
昨日までは存在しなかった光景だ。
風に揺れる葉を見て、バルドが言う。
「……村みてえだな」
「まだだ」
レオンは首を振る。
「だが、兆しはある」
その夜、ミラは帳面に新しい項目を作った。
――保存試験。
――消費量。
――余剰。
レオンは、その文字を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
数字が残る。
それは、積み重ねが“戻らない”ということだ。
火を落とす前、彼は小屋の外に出た。
畑は暗く、棚の葉は影になっている。それでも、そこに「余剰」があることを、彼は知っていた。
余る。
それは、危険で、面倒で――だが。
「……進んだな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
生きるだけなら、もうできる。
だが、ここから先は違う。
残す。
備える。
選べる。
そのすべてが、「次」を呼び込む。
レオンは静かに息を吐き、闇の中で畑に背を向けた。
この土地は、もう後戻りしない。
そう確信できるだけの一日だった。
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