第35話 選ばれた形
朝、広場には槍が立っていた。
昨日、ガルドが地面に突き立てたままの位置。
誰も触れていない。
だが、その周りには、誰も集まっていなかった。
若者たちは、畑に出ている。
木剣は、倉に戻されていた。
ガルドは、一人で槍の前に立っていた。
「……静かだな」
低い独り言。
「静かな方が、続く」
背後から、レオンが答える。
ガルドは振り向かない。
「俺は、間違っているか」
「間違っていない」
レオンは即答した。
沈黙。
「だが」
レオンは続ける。
「ここでは、違う」
風が吹き、槍の穂先がわずかに揺れる。
「俺は、戦場で生きてきた」
ガルドは言う。
「守れなかった後悔を、何度も見た」
「俺は」
レオンは答える。
「壊れた場所を、何度も見た」
視線が、ようやく交わる。
「力は、必要だ」
ガルドは言う。
「だが」
「使わない形もある」
レオンが言葉を継ぐ。
長い沈黙。
やがて、ガルドは槍を抜いた。
地面に残った穴が、小さく口を開ける。
「……俺は、去る」
静かな宣言だった。
イオルが、思わず顔を上げる。
「どこへ」
「力が必要な場所へ」
ガルドは答える。
「俺の形で、守る」
ミラが、帳面を閉じた。
「止めません」
「止めるな」
ガルドは苦笑する。
「ここは、止めない場所だろ」
若者の一人が、近づいてきた。
「……教えてくれて、ありがとうございました」
ガルドは、その頭を軽く叩く。
「力を持つなとは言わん」
「だが」
「使う前に、考えろ」
それは、レオンの言葉でもあった。
境界の杭の前で、ガルドは立ち止まる。
「悪い場所じゃない」
「良い場所だ」
レオンは言った。
「だが、俺の場所じゃない」
ガルドは笑う。
そして、外へ出た。
背中は、迷いがなかった。
だが、軽くもなかった。
人影が小さくなるまで、誰も動かなかった。
やがて、バルドが言う。
「……悪い奴じゃなかった」
「ああ」
レオンは頷く。
「だから、ここに残れなかった」
ミラが、帳面に書き足す。
――武装訓練、終了。
――民兵、解散。
――外部志向者、離脱。
広場に残ったのは、小さな穴だけだ。
だが、誰も埋めなかった。
夕方、若者たちは畑で汗を流していた。
手つきは、昨日よりも落ち着いている。
夜、焚き火のそばで、イオルが言う。
「……これで、いいんですよね」
レオンは、しばらく考えた。
答えは、簡単ではない。
「正しいとは、言わない」
彼は言った。
「だが」
「選んだ」
火が、静かに揺れる。
村は、力を中心にしなかった。
だから強くはならない。
だが、
**形は、揺れずに残った。**
それが、この村の選んだ形だった。
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