第33話 試される夜
その夜は、風が強かった。
月は雲に隠れ、視界は悪い。
見回りの足音が、いつもより重く響く。
「……動きがある」
イオルが、境界の杭のそばで囁いた。
森の縁に、影が三つ。
低く、慎重に、距離を測っている。
盗賊だ。
数は多くない。
だが、明らかに偵察ではない。
鳴子が、わずかに鳴る。
村の中で、空気が張りつめた。
ガルドは、すでに立っていた。
手には、簡素な槍。
「来るぞ」
低い声。
若者たちが、木剣を握る。
息が荒い。
だが、恐怖よりも、**覚悟**が勝っている。
「待て」
レオンの声が、静かに響いた。
盗賊は、境界の外で止まる。
様子を窺う。
火の数を数える。
ガルドが一歩前に出る。
「今なら、追い払える」
「追うな」
レオンは言う。
「今だぞ」
ガルドの声に、焦りはない。
ただ、確信がある。
「今、追えば」
彼は続ける。
「二度と来ない」
「違う」
レオンは首を振った。
「追えば、次は数を増やす」
沈黙。
盗賊の一人が、杭を越えようとした瞬間――
バルドが、火のついた松明を大きく振った。
同時に、鳴子が一斉に鳴る。
光と音。
盗賊は、怯んだ。
「……引け」
低い声が、森から聞こえる。
影が、ゆっくりと後退する。
戦闘は、起きなかった。
だが。
「今なら、捕まえられた」
若者の一人が、悔しそうに言う。
ガルドは、黙っている。
その沈黙が、重い。
レオンは、焚き火の前に立った。
「被害は」
「なし」
イオルが答える。
誰も怪我をしていない。
物も奪われていない。
それでも、空気は満たされない。
「……なぜだ」
若者が、レオンを見た。
「追えば、終わったのに」
ガルドが、低く言う。
「俺も、そう思う」
全員の視線が、レオンに集まる。
火が、揺れる。
「終わらない」
レオンは静かに言った。
「終わらせた気になるだけだ」
「だが」
ガルドが一歩前に出る。
「守れるのに、守らなかった」
「守った」
レオンは言う。
「今夜は」
沈黙。
「守るとは」
レオンは続ける。
「相手を倒すことじゃない」
「壊さないことだ」
風が、強く吹いた。
松明の火が、大きく揺れる。
ガルドは、しばらく何も言わなかった。
やがて、槍を下ろす。
「……次は」
彼は低く言う。
「次は、どうする」
「同じだ」
レオンは答える。
「抑止で足りる限り」
夜は、静かに更けていく。
盗賊は去った。
血も、傷もない。
だが――
村の中に、見えない亀裂が生まれていた。
追えば勝てた。
使えば安心できた。
それを選ばなかった。
その重みが、
全員の胸に残った夜だった。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
あと数話で完結となります。
ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




