第31話 力を欲しがる者
その男は、境界の内側に入る前から、周囲を見ていた。
杭の間隔。
見回りの位置。
畑と住居の距離。
視線は静かで、落ち着いている。
だが、油断はなかった。
「……ここが、噂の村か」
低い声だった。
独り言のようでいて、はっきりと届く。
イオルが対応に出る。
「用件は」
「話がしたい」
男は即答した。
「守りについて」
その言葉で、イオルの眉がわずかに動く。
商人でも、役人でもない。
だが、ただ者ではない。
焚き火のそばで、向かい合う。
男は名を名乗った。
「ガルド・ヘイン」
「元は、傭兵だ」
バルドが、ぴくりと反応した。
その空気を、ガルドは見逃さない。
「……あんたも、戦場を知ってるな」
「昔の話だ」
バルドは短く答えた。
ガルドは頷いた。
「なら、話が早い」
彼は、村を一望する。
人の数。
作業の様子。
武器の少なさ。
「ここは、危ない」
遠慮のない言葉だった。
エルナが、思わず口を開く。
「危ない、とは」
「守りが薄い」
ガルドは淡々と言う。
「運がいいだけだ」
場の空気が、わずかに張る。
「今まで、何も起きていない」
イオルが反論する。
「それは」
ガルドは首を振った。
「起きなかっただけだ」
レオンが、静かに口を開いた。
「話を続けてくれ」
ガルドは、視線をレオンに向けた。
一瞬、探るような目。
そして、確信に変わる。
「……あんたが、ここを止めているな」
「止めている?」
「戦わせないように」
レオンは否定しなかった。
「俺は、見てきた」
ガルドは続ける。
「守れる力があるのに、使わなかった場所が、どうなるかを」
焚き火の音だけが、間を埋める。
「民兵を作るべきだ」
ガルドは言った。
「訓練された人間が必要だ」
「武器もだ」
即断。
躊躇いはない。
「奪いに来る奴は、必ず現れる」
「その時」
「抑止じゃ、足りない」
バルドが、低く言う。
「殺すつもりか」
「殺さないために、だ」
ガルドは即答した。
「力を見せれば、来なくなる」
ミラが、静かに言う。
「力は、連鎖します」
「知っている」
ガルドは頷く。
「だから、管理する」
レオンは、しばらく黙っていた。
畑を見る。
境界を見る。
人を見る。
「……あんたは」
レオンは言った。
「善意で言っている」
「当然だ」
ガルドは答える。
「守る気がある」
「だが」
レオンは続ける。
「ここでは、力を使わないことも、選択だ」
ガルドは、初めて眉をひそめた。
「使わない?」
「使わないために、準備する」
「抑止で、足りている」
「それは」
ガルドは、言葉を選ぶ。
「**賭け**だ」
「そうだ」
レオンは頷いた。
「だが、ここは賭けている」
沈黙。
二人の間に、見えない線が引かれる。
「……わかった」
ガルドは、ゆっくりと息を吐いた。
「今すぐ従えとは言わない」
彼は立ち上がる。
「だが、覚えておけ」
「守れるのに、守らなかった後悔は、長く残る」
「覚えておく」
レオンは答えた。
「だが」
「守るために壊す後悔も、同じだ」
ガルドは、一瞬だけ目を細めた。
そして、小さく笑う。
「……面倒な場所だ」
「続く場所だ」
レオンは返した。
ガルドは、そのまま村を出た。
だが、去ったわけではない。
遠くから、まだ見ている。
そういう背中だった。
夜、火を囲みながら、バルドが言う。
「……あいつ、悪くねえ」
「ああ」
レオンは答える。
「だから、厄介だ」
ミラが、帳面に一行を書き足す。
――武装提案、発生。
――内部対立、兆候。
力を欲しがる者は、敵ではない。
むしろ、守ろうとする者だ。
だからこそ、
次に揺れるのは――外ではなく、内側だった。
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