第29話 止める理由が、見つからない
動きは、静かに広がっていた。
噂ではない。
命令でもない。
ただ、**真似**だった。
近隣の村で、保存食の扱いが変わり始めた。
値段を先に決めない。
量を抑える。
顔の見える相手とだけ、やり取りする。
「……増えてますね」
ミラが、集まった報告をまとめながら言う。
「“似たやり方”をする村が」
「真似されたか」
バルドが鼻を鳴らす。
「面倒になるな」
「止められません」
ミラは首を振る。
「真似は、違法じゃない」
レオンは、畑の畝を直しながら耳を傾けていた。
驚きはない。
むしろ、予想通りだった。
「基準が、外に出た」
彼は静かに言う。
「ここだけの話じゃなくなった」
昼前、久しぶりにカイルが姿を現した。
今度は、護衛もいない。
商人ギルドの看板も、前ほど強くない。
「困っている」
彼は、開口一番そう言った。
「珍しいな」
バルドが言う。
「市場は、得意分野だろ」
「市場が、散った」
カイルは苦く笑った。
「価格が基準にならなくなっている」
焚き火のそばで、向かい合う。
「独占もできない」
カイルは続ける。
「安売りも、効かない」
「真似されると、差別化もできない」
ミラが、静かに言う。
「つまり」
「止めたい」
カイルは正直に言った。
レオンは、少し考えた。
「どうやって」
「登録を厳格に」
「価格表示を義務化」
「流通量の上限設定」
それは、すべて「正しい」案だった。
「できる」
セリスが、背後から言った。
いつの間にか、彼女も来ていた。
「法的には」
セリスは言う。
「すべて可能です」
空気が、わずかに張る。
「では」
レオンは訊いた。
「理由は」
沈黙。
誰も、すぐには答えなかった。
「……危険だから」
カイルが、ようやく言う。
「制御できない」
「制御できないことが、理由か」
レオンは穏やかに言った。
セリスは、しばらく黙っていたが、やがて首を振った。
「弱いですね」
「え?」
「事故の兆候がない」
セリスは淡々と続ける。
「被害も、暴動も、独占も起きていない」
「むしろ」
「安定している」
カイルが、歯噛みする。
「止める理由が、見つからない」
セリスは、はっきりと言った。
その言葉で、場が静まり返った。
「……なら」
カイルは、諦めたように言う。
「どう扱う」
「扱わない」
レオンは即答した。
「共存する」
カイルは、肩を落とした。
「市場じゃないな、それは」
「そうだ」
レオンは頷く。
「生活だ」
セリスは、帳面を閉じた。
「記録します」
「“新しい形式の流通圏”として」
それは、公式な認知だった。
夕方、カイルは村を出た。
背中は、以前よりも小さく見えた。
「……勝ったんですか」
イオルが、ぽつりと訊く。
「違う」
レオンは答える。
「**止められなかっただけだ**」
夜、焚き火のそばで、ミラが帳面に書き足す。
――周辺村、運用模倣。
――法的停止理由、未成立。
――流通圏、自然拡張。
火が、静かに揺れる。
村は、何かを征服したわけではない。
誰かを負かしたわけでもない。
ただ、
**止められない形**になっただけだ。
それが、いちばん厄介で、
いちばん強い。
レオンは、その事実を噛みしめながら、
静かに夜を見つめていた。
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