第25話 価格を決めない市場
取引が増えた。
量は小さい。頻度も高くない。
だが、相手は一人ではなくなった。
若い商人ティス。
地方を回る小規模商人が二人。
そして、時折顔を出すロアン。
共通しているのは、誰も価格を口にしなくなったことだ。
「……奇妙だな」
バルドが、棚を眺めながら言った。
「銀の話が、消えた」
「消えたわけじゃない」
ミラが帳面を閉じながら言う。
「**使えなくなった**んです」
レオンは、畑の端で頷いた。
保存量、交換量、相手ごとの条件。
すべてが帳面に残っている。
だが、そこに「値段」はない。
昼前、境界の外で小さな言い争いが起きていた。
商人同士だ。
「前は、干し葉一束で革三枚だっただろう」
「だが、ここでは量が違う」
「条件も違う」
イオルが、静かに割って入る。
「ここでは、比べられない」
二人は、不満そうに顔を見合わせた。
だが、反論はしない。
理由は簡単だ。
**比べようがないからだ。**
焚き火のそばで、ミラが整理した紙を広げる。
「相手ごとに、条件が違います」
「用途が違うからな」
レオンは答える。
革が欲しい時。
道具が必要な時。
情報が欲しい時。
その都度、条件が変わる。
量も、頻度も、内容も。
「市場としては、最悪です」
ミラは率直に言った。
「比較できない。転売もできない」
「だからいい」
レオンは即答した。
午後、カイルが再び姿を現した。
今度は護衛付きだ。威圧ではないが、無視できる存在感。
「面白いことをする」
彼は、開口一番そう言った。
「価格が、機能していない」
「機能させていない」
レオンは訂正する。
「市場は、価格で回る」
カイルは言う。
「だが、ここは回っている」
ミラが、静かに補足する。
「価格の代わりに、**関係**で回しています」
カイルは、しばらく黙っていた。
帳面。棚。畑。人の動き。
「……長続きはしない」
彼は言った。
「拡大できない」
「拡大しない」
レオンは答える。
「必要な分だけだ」
カイルは、初めて明確に眉をひそめた。
「それは、市場の否定だ」
「違う」
レオンは言う。
「**市場の使い分けだ**」
沈黙。
焚き火の音が、間を埋める。
「ここは」
レオンは続ける。
「価格で勝つ場所じゃない」
「価格に、振り回されない場所だ」
カイルは、ゆっくりと息を吐いた。
「……理解はできる」
「だが、容認はできない」
「それでいい」
レオンは頷く。
「容認されなくても、続く」
去り際、カイルは一言だけ残した。
「そのやり方は、都市を作れない」
「作らない」
レオンは答えた。
夜、ミラが帳面に新しい見出しを書いた。
――価格:未設定。
――条件:相手別。
――比較:不可。
「……市場、なんでしょうか」
イオルが首を傾げる。
「市場だ」
レオンは言った。
「ただし、**急がない市場**だ」
数字はない。
相場もない。
だが、流れはある。
誰もが得をするわけではない。
だが、誰もが奪われない。
価格を決めないという選択は、
便利さを捨てる代わりに、
自由を残す選択だった。
焚き火が、静かに揺れる。
この村は、都市にならない。
だが、都市より厄介な存在になり始めていた。
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