第24話 独占しないという選択
数日間、何も起きなかった。
それが、逆に不気味だった。
境界の外に人は来る。だが、用件は曖昧だ。
様子を見るだけ。数を測るだけ。距離を確かめるだけ。
「……探られてるな」
バルドが言う。
「ええ」
ミラも頷いた。
「直接的な要求がない分、厄介です」
レオンは畑の端で鍬を止め、境界の向こうを見た。
来ないのではない。
**様子を見られている。**
昼前、意外な人物が現れた。
若い商人だった。
二十代後半だろう。装いは質素だが、身のこなしが軽い。視線が柔らかい。ロアンともカイルとも違う。
「……失礼します」
境界の外から、丁寧に声をかけてきた。
「話を聞いても、いいですか」
イオルが振り返る。
レオンは、小さく頷いた。
焚き火のそばで向かい合う。
「名は、ティス」
若い商人は名乗った。
「独りで回っている」
ミラの視線が、彼の荷を確認する。
量は少ない。だが、雑ではない。
「何をしに来た」
レオンが聞く。
「取引です」
ティスは即答した。
「……ただし、独占しません」
その言葉に、空気が一瞬止まった。
「条件を、こちらで決めていい」
ティスは続ける。
「量も、頻度も」
「価格は」
「決めなくていい」
バルドが、眉を上げる。
「商人が、それを言うか」
「小さい商人だから、言えます」
ティスは苦笑した。
「大きくなる気はない」
レオンは、しばらく黙って彼を見ていた。
視線を逸らさない。誤魔化さない。
「理由を聞こう」
「生き残りたい」
ティスは率直に言った。
「この流れの中で、踏み潰されずに」
ミラが、静かに言う。
「我々を、盾に?」
「違います」
ティスは首を振る。
「**選択肢に、なりたい**」
その言葉に、レオンはわずかに表情を緩めた。
「条件がある」
レオンは言った。
「どの商人とも、同じ条件で取引する」
「構いません」
「情報を隠さない」
「それも」
「量は、こちらが決める」
「当然です」
短い沈黙。
やがて、レオンは頷いた。
「……試用だ」
「ありがとうございます」
その日の取引は、極めて小さかった。
干し葉を数束。
代わりに、革紐と針、油。
帳面に、ミラが記す。
――取引相手:一。
――独占条件:否。
夕方、ティスが去ったあと、バルドが言った。
「甘くねえか」
「違う」
レオンは答える。
「独占させないための、独占だ」
ミラが、理解したように頷く。
「一社に渡さないために、複数と薄く」
「そうだ」
夜、焚き火を囲みながら、イオルが言う。
「……守るの、大変になりませんか」
「なる」
レオンは即答した。
「だが、縛られるよりはいい」
独占しないという選択。
それは、楽ではない。
管理は増える。
説明も増える。
判断も増える。
だが、その分、自由は残る。
レオンは火を見つめながら思う。
ここは、誰かの倉庫にはならない。
誰かの市場にもならない。
それでも、閉じた場所でもない。
選ばせないために、選び続ける。
その矛盾こそが、この村の形だった。
静かな夜の中で、
グレン村はまた一歩、都市とは違う方向へ進んでいた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




