第18話 守る側の覚悟
異変は、音で始まった。
夜明け前、乾いた枝が折れる音。
それも一本や二本ではない。一定の間隔で、重たい何かが地面を踏みしめている。
バルドは、即座に目を覚ました。
「……来たな」
小屋の外はまだ暗い。だが、空気が違う。獣の匂い――それも、単独ではない。
イオルが、境界の杭のそばに立っていた。
手には、簡易の鳴子。足元は、緊張で固まっている。
「数が……多い」
声が、少し震えていた。
レオンは、外套を羽織りながら言う。
「入ってくるか」
「まだ、だが……」
畑の向こう、森の縁。
黒い影が、いくつも蠢いている。
「猪だ」
バルドが低く言う。
「群れで来る。厄介だ」
武器はある。
だが、十分ではない。
「追い払う」
レオンは短く言った。
「殺さない」
ミラが、即座に頷く。
「被害を最小に」
「畑を守る」
準備は、静かに進んだ。
火を焚き、音を鳴らし、光を作る。鳴子を配置し、動線を絞る。イオルが走り、境界線の外へ回る。
――守る側に回った者の動きだった。
猪の群れが、畑へ踏み込もうとした瞬間。
火の光が揺れ、音が一斉に鳴る。
獣たちは、怯んだ。
突進してこない。
「今だ」
バルドの合図で、全員が動く。
叫ばない。
追い詰めない。
ただ、進路を限定する。
時間は短かった。
だが、十分だった。
やがて、猪たちは森へ引いていく。
畑は、ほとんど無傷だった。
息を整えながら、イオルが呟く。
「……守れた」
バルドは、彼の肩を軽く叩いた。
「よく動いた」
朝日が昇る頃、全員が集まった。
怪我はない。被害も軽微。
だが、疲労は確かにあった。
「今回のは、偶然じゃない」
バルドが言う。
「匂いを嗅ぎつけられてる」
「つまり」
ミラが続ける。
「“ここに食べ物がある”と、知られ始めている」
レオンは、畑を見渡した。
守れた。
だが、次も同じとは限らない。
「……守る役割が、必要だな」
誰かが言う。
沈黙。
それは、覚悟を伴う言葉だった。
「武装は最小限でいい」
レオンは言う。
「目的は、排除じゃない」
「抑止だな」
バルドが頷く。
ミラが帳面を開く。
「役割を、追加します」
――見回り強化。
――夜間対応。
――緊急時の指示系統。
文字が増える。
だが、無秩序ではない。
イオルは、杭を見つめていた。
昨日まで、ただの線だった場所。
今日は、守るべき場所になっている。
「……怖いな」
正直な言葉だった。
「正常だ」
レオンは答える。
「怖くないなら、守れない」
夜、火を囲んで簡単な食事を取る。
皆、疲れているが、顔には奇妙な落ち着きがあった。
「戦わなかったな」
エルナが言う。
「戦わずに、守った」
レオンは頷く。
ミラが、帳面に最後の一行を書き加える。
――防衛、開始。
それは宣言ではない。
ただの事実だ。
この場所は、守られる側から、守る側になった。
その一歩は、静かだが、重い。
レオンは火を見つめながら思う。
村になるとは、奪わないことではない。
**奪わせない覚悟を持つことだ。**
夜は、深く、静かだった。
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