第17話 ルールを書く日
朝、ミラは白紙の帳面を一冊、机代わりの板の中央に置いた。
これまで使ってきた帳面とは違う。
数字も、記録も書かれていない。
完全な白だ。
「今日は、これを書きます」
ミラは言った。
レオンは、その帳面を見て、ゆっくり頷いた。
「来たな」
「来ました」
誰も声を出さない。
だが、その意味は全員が理解していた。
――口約束の限界。
人が増え、物が動き、境界が意識され始めた今、
“なんとなく”では、必ず齟齬が生まれる。
午前中、全員が集められた。
畑の脇、焚き火を囲む形だ。
ミラが帳面を開く。
「これは、命令ではありません」
最初に、そう断った。
「確認です。私たちが、どう続くかの」
数人が、落ち着かない様子で姿勢を変える。
「まず、一つ」
ミラは書き出す。
「境界について」
杭と紐。
無断で越えない。
入る時は、声をかける。
内容は、すでに共有されているものだ。
だが、“書かれる”ことで、重みが変わる。
「次」
彼女は続ける。
「交換について」
量の上限。
頻度。
代表を通すこと。
ここで、小さなざわめきが起きた。
不満というより、不安だ。
「……縛りすぎじゃないか」
誰かが言う。
レオンは、そこで口を開いた。
「縛るためじゃない」
「迷わないためだ」
視線が集まる。
「迷えば、人は感情で動く」
レオンは穏やかに続ける。
「感情は、続かない」
反論は出なかった。
「次」
ミラの声は、淡々としている。
「労働について」
強制しない。
だが、役割は持つ。
できない時は、言う。
イオルが、静かに頷いた。
役割を持つことの重さを、彼はもう知っている。
「最後に」
ミラはペンを置いた。
「処遇について」
空気が、少しだけ張る。
「違反があった場合」
「罰ではなく、役割の変更、または制限」
「二度目は、内側から外れる」
バルドが、低く言う。
「甘い」
「厳しいです」
ミラは即答した。
「二度目は、戻れません」
沈黙。
だが、反対は出ない。
全て書き終え、ミラは帳面を閉じた。
「これが、仮のルールです」
「仮?」
エルナが訊く。
「変える前提です」
ミラは言った。
「変えられないルールは、折れます」
レオンが、ゆっくりと立ち上がった。
「これは、俺のものじゃない」
「ここにいる全員のものだ」
そして、一言だけ足す。
「……続かせるための、道具だ」
その言葉で、場が落ち着いた。
夕方、帳面は焚き火のそばに置かれた。
誰でも見られる場所に。
誰かが勝手に書き足すことはない。
だが、皆が目を向ける。
それだけで、意味があった。
夜、ミラは帳面の表紙に題を書いた。
――仮・生活規定。
簡素な文字。
だが、その一行で、この場所は変わった。
レオンは火を見つめながら思う。
村になる条件は、建物ではない。
人数でもない。
**迷った時に、戻れる紙があること。**
それが、今日、初めてできた。
静かな夜だった。
だが、確かに一線を越えた日でもあった。
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