第16話 交換は、支配になりうる
取引の翌朝、空はよく晴れていた。
だが、村の空気は、どこか落ち着かない。
干し葉の束も、革の端切れも、同じ場所にあるはずなのに――意味が変わったからだ。
ミラは帳面を開き、昨日の交換内容を見直していた。
「量は、こちらが決めました」
「頻度も、だな」
レオンは畑から戻りながら言う。
「ですが」
ミラは続ける。
「外の目は、変わります」
それは予測ではなく、事実だった。
昼前、境界の外に人が集まり始めた。
三人、四人。村ごとに代表が違う。だが、共通点が一つあった。
**ロアンと、同じ話をしに来ている。**
「干し葉は、まだあるか」
「粉は、分けてもらえるのか」
声は低く、丁寧だ。
だが、その裏にある期待は、はっきりしていた。
イオルが境界で対応する。
「取引は、代表を通す」
「その代表が忙しいなら?」
「待ってもらう」
不満の気配。
だが、踏み込んではこない。
レオンは、その様子を高台から見ていた。
――早い。
昨日の取引は小さかった。
だが、「交換できる」という事実だけで、流れは変わる。
「……増えるな」
バルドが、隣で言った。
「増える」
レオンは頷く。
「だが、今は増やさない」
午後、ロアンが再び現れた。
今日は荷車はない。身一つだ。
「反応が早いな」
レオンは言う。
「市場は、空白を嫌う」
ロアンは笑った。
「あんたが作ったのは、空白だ」
ミラが一歩前に出る。
「昨日の条件以上は、応じません」
「わかっている」
ロアンは両手を上げた。
「だが、忠告だ。今のままでは――」
「依存が生まれる」
レオンが言葉を継ぐ。
「そして、依存は支配に変わる」
ロアンは、一瞬だけ目を細めた。
「そこまで見えているのか」
「だから、量を絞る」
レオンは淡々と続ける。
「欲しい者全員に渡さない」
「不満が出る」
「出ていい」
バルドが低く言う。
「全員を助けると、全員が死ぬ」
ロアンは、深く息を吐いた。
「厄介な場所だな、ここは」
「続く場所だ」
レオンは答える。
その日の午後、イオルが異変に気づいた。
「……村の外で、集まって話してる」
近隣の村人たちが、境界の外で輪になっている。
声は低い。だが、感情は読めた。
「不満だな」
バルドが言う。
「予想通りだ」
レオンは動かなかった。
「だが、介入しない」
ミラが、静かに言う。
「ここで折れれば、次は要求になります」
「そうだ」
日が傾き、輪は自然と解けた。
だが、残ったものがある。
**視線だ。**
見る目が変わった。
憧れでも、感謝でもない。
計算と期待。
夜、火を囲みながら、エルナが言った。
「……怖くなりますね」
「正常だ」
レオンは答える。
「怖くないなら、見誤る」
ミラが帳面を閉じる。
「では、次は?」
「上限を決める」
レオンは即答した。
「交換量と、回数」
「怒られます」
「怒らせる」
沈黙。
だが、反対はなかった。
帳面に、新しい一行が加わる。
――交換上限、設定。
――供給制限、開始。
火が落ち、夜が深まる。
交換は、助けにもなる。
だが、量を誤れば、支配になる。
レオンはその線を、はっきりと引いた。
誰にも越えさせないためではない。
**自分たちが、越えないために。**
この場所は、もう“与える側”ではない。
選ぶ側になったのだ。
その重さを、全員が静かに噛みしめていた。
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