第15話 価値を決める声
朝、境界の外に、見慣れない荷車が止まっていた。
木製の車体は手入れが行き届いており、幌も新しい。馬は二頭。どちらも痩せてはいない。――商いの匂いがした。
レオンは畑の端で手を止め、ミラを見る。
「来たな」
「ええ」
ミラは帳面を閉じた。
「“声”が」
イオルが境界に立つ。
荷車の脇に立つ男は、落ち着いた身なりをしていた。年は三十代半ば。派手さはないが、無駄がない。目がよく動く。
「ここが、噂の場所か」
男は穏やかに言った。
「話を聞きに来た」
「中に入るなら、条件がある」
イオルが言う。
男は驚いた様子もなく頷いた。
「承知している。代表に会いたい」
数分後、火のそばで向かい合う。
「私はロアン」
男は名を名乗った。
「南街道を回る商人だ」
ミラが、すっと視線を走らせる。
南街道。物資と情報が最も動く道だ。
「干し葉と粉」
ロアンは単刀直入だった。
「継続的に買いたい」
空気が、わずかに張る。
「量は?」
レオンが聞く。
「月に、今の保存量の半分」
「対価は」
「銀で払う」
即答だった。
条件としては、破格に近い。
エルナが、思わず息を呑む。
バルドは黙ったまま、男を見据えている。
「価格は」
レオンが続ける。
ロアンは、少しだけ笑った。
「こちらで決めたい」
「理由は」
「安定供給を約束するなら、こちらに裁量が必要だ」
ミラの指が、帳面の端を押さえる。
それは、支配の入口だった。
レオンは、しばらく黙っていた。
ロアンも急かさない。待つことが、商人の技だ。
「売らない」
レオンは言った。
はっきりと。
躊躇いなく。
ロアンは、ほんの一瞬だけ眉を上げた。
「……理由を聞いても?」
「今は、価格を決める段階じゃない」
「だが、銀は必要だろう」
「必要になる」
レオンは認めた。
「だが、今じゃない」
ミラが、言葉を継ぐ。
「交換基準はあります。ですが、価格は固定しません」
ロアンは、ゆっくりと息を吐いた。
「珍しい判断だ」
「急げば、歪む」
レオンは淡々と言う。
「ここは、歪ませたくない」
バルドが低く言った。
「奪えない場所にするには、急がねえ方がいい」
ロアンは、三人を順に見た。
そして、少しだけ口角を上げる。
「……なるほど。では、別の提案だ」
「聞こう」
「金ではなく、物でどうだ」
革。
工具。
釘。
油。
塩。
不足しているものが、並ぶ。
ミラの視線が、わずかに揺れる。
魅力的だ。現実的だ。
「量は」
レオンが聞く。
「少量」
ロアンは即答した。
「試しに、だ」
沈黙。
風が、棚の葉を揺らす。
「条件がある」
レオンは言った。
「量と、頻度は、こちらが決める」
「いいだろう」
「価格という言葉は使わない」
「……交換、だな」
「そうだ」
ロアンは、少し考えてから頷いた。
「面白い」
その日の取引は、小さかった。
干し葉はごく少量。
代わりに、革の端切れと釘が手渡される。
去り際、ロアンは振り返った。
「また来る」
「必要なら」
レオンは答えた。
荷車が見えなくなったあと、エルナが言う。
「……もったいなくありませんか」
「今は、守る方が大事だ」
レオンは答える。
ミラが、帳面に書き加える。
――商人、接触。
――金銭取引、拒否。
――物々交換、限定。
夜、火を落とす前に、レオンは一言だけ残した。
「価値は、外に決めさせない」
それは宣言ではない。
方針だ。
この場所が何になるかは、まだ決まっていない。
だが、**誰が決めるか**は、もう決まっていた。
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