第14話 余るもの、足りないもの
数字が揃い始めると、見えてくるものがある。
レオンは朝の確認を終え、ミラの帳面を覗き込んでいた。
保存食は安定。消費も想定内。人の動きも、大きな偏りはない。
「……食い物は、当面問題ないな」
「はい」
ミラは頷く。
「少なくとも、急に困ることはありません」
それは、安心できる結論だった。
だが、帳面を閉じたミラの表情は、どこか晴れない。
「ただし」
「ただし?」
「別のところが、足りません」
彼女は、三冊目の帳面を開いた。
破損品、修繕、未対応――と書かれたページ。
「靴が、限界です」
「靴?」
「三人分。底が抜けかけています」
レオンは、無意識に足元を見た。
自分の靴も、正直言って新品ではない。
エルナが、縫い物の手を止めて口を挟む。
「布なら直せます。でも、革は難しい」
「革か……」
革製品は、保存食のように増やせない。
獣を狩るか、外から持ち込むしかない。
「それと」
ミラは続ける。
「道具です。鍬と斧の柄が傷んでいます」
「刃は?」
「まだ使えます。でも、このままだと折れます」
食料が足りない時は、誰でも気づく。
だが、道具や衣服は、限界まで使われる。
壊れた瞬間に、生活が止まる。
――質の問題だな。
昼前、全員で簡単な確認を行った。
食事は足りている。
寝る場所もある。
だが、細部に歪みが出始めている。
「贅沢を言うつもりはない」
バルドが言う。
「だが、戦えなくなる前に、直すべきだ」
「戦う予定はない」
レオンは言った。
「だが、壊れる前に直す、は同じだ」
イオルが、少し気まずそうに手を挙げる。
「……俺の村に、革を扱える爺さんがいる」
「今、いるのか?」
「いや。物々交換なら、話はできると思う」
それは、重要な情報だった。
「だが」
ミラが言う。
「交換するにしても、基準が曖昧です」
「そうだな」
レオンは、少し考えた。
保存食は、すでに価値を持ち始めている。
だが、それをどう使うかが、まだ定まっていない。
「食料は、余り始めている」
彼は言う。
「だが、生活の質は、まだ足りない」
言葉にすると、全員が理解した。
この場所は、飢えからは抜けた。
だが、“楽”にはなっていない。
午後、エルナが壊れかけた靴を持ってきた。
底はすり減り、糸も切れかけている。
「これ以上は、直せません」
「ありがとう」
レオンは受け取った。
彼はその靴を、棚の前に置いた。
干し葉や粉の横に。
「これが、今の差だ」
そう言って。
食料は並ぶ。
だが、靴は一足しかない。
「余るものと、足りないもの」
ミラが静かに言う。
「入れ替えられれば……」
「入れ替える」
レオンは頷く。
「だが、慎重にだ」
夕方、イオルが再び声をかける。
「……明日、話を通してみる」
「無理はするな」
「わかってる」
その背中を見送りながら、レオンは思う。
次の段階に来ている。
食べられるか、ではない。
**どう生きるか**、だ。
夜、帳面に新しい項目が書き足された。
――生活用品、不足。
――革・道具、要調達。
――交換対象、検討。
火を落とす前、レオンは畑を見た。
芽は順調だ。
だが、この先を支えるのは、畑だけではない。
「……次は、質だな」
村になるための条件が、また一つ増えた。
それを、誰も否定しなかった。




