第13話 数える、という仕事
朝、ミラは帳面を三冊、机代わりの板の上に並べていた。
一冊目は、保存量。
二冊目は、消費量。
三冊目は、人の動き。
それぞれ別の帳面だが、意味は一つに集約される。
――この場所が、どれだけ“続けられるか”。
レオンは畑から戻ると、その光景を一瞥した。
「ずいぶん増えたな」
「増えました」
ミラは即答する。
「人も、物も、動きも」
それは喜ぶべきことだ。
だが、放っておけば、必ず歪む。
「今日は、数を揃えます」
ミラは言った。
「揃える?」
「把握する、が正しいですね」
午前中、ミラは一人ひとりに声をかけて回った。
食事の量。
作業時間。
使った道具。
破損した物。
質問は淡々としているが、空気は徐々に重くなった。
「……なんで、そんなこと聞くんだ」
エルナが、縫い物の手を止めて言う。
「疑っているわけではありません」
ミラは落ち着いた声で答える。
「足りなくなる前に、知りたいだけです」
だが、全員が納得したわけではない。
「信用されてねえのか?」
別の定住者が、不満を滲ませる。
「今まで、問題なかっただろ」
ミラは、少しだけ言葉を選んだ。
「問題が起きてからでは、遅いのです」
その場は、それ以上荒れなかった。
だが、微かな棘は残った。
昼前、イオルが境界から戻ってきた。
「……様子、少し変だ」
「どう変だ」
レオンが聞く。
「皆、数字を気にしてる」
「そうか」
レオンは、それだけ言った。
昼食のあと、簡単な集まりが開かれた。
焚き火を囲み、全員が顔を合わせる。
ミラが帳面を開く。
「今日は、“評価”のためではありません」
最初に、そう前置きした。
「記録は、責めるためのものではない」
レオンが続ける。
「間違えないためのものだ」
沈黙。
視線が集まる。
「数字を使って、人を上下に分けない」
ミラがはっきりと言う。
「必要なのは、**全体**です」
バルドが腕を組む。
「戦場じゃ、数えねえ奴から死ぬ」
「ここは戦場じゃない」
誰かが言う。
「だが」
レオンは穏やかに返す。
「続ける場所だ」
彼は、保存量の帳面を指さした。
「これが三日分なら、三日で何か起きる」
「五日分なら、選べる」
「十日分なら、備えられる」
数字が、意味を持ち始める。
エルナが、ゆっくりと頷いた。
「……布も同じですね」
「そうだ」
レオンは答える。
「足りない前に、直せる」
反発は、完全には消えなかった。
だが、理解は芽生えた。
夕方、ミラは帳面を整理し終えた。
数字はまだ荒い。だが、線は見え始めている。
「嫌われますよ、私」
ぽつりと呟く。
「必要な役だ」
レオンは即答した。
「嫌われても、続く方がいい」
ミラは、少し驚いたように彼を見てから、静かに微笑んだ。
「……覚悟が、要りますね」
夜、火を落とす前に、帳面に新しい項目が加わる。
――消費・労働、可視化。
――評価利用、禁止。
数字は冷たい。
だが、使い方次第で、守るものにもなる。
レオンはその帳面を閉じながら思う。
この場所は、もう感情だけでは回らない。
数える、という仕事が始まった。
それは、村になるための、静かな一歩だった。




