ヴィーガンになれない問題
僕はヴィーガンと非ヴィーガンがあれこれ議論しているのを見て
それでヴィーガンが正しいと思ったので、ヴィーガンになろうと思ったのだけど
なのだけど、でも唐揚げが僕を放してくれないんだ
だから僕がヴィーガンになれないのは僕が悪いのではなくて唐揚げが悪いのだ
それからもう一つ悪いのは金のない事だ
僕はまともに仕事が出来なくて手帳持ちで作業所通いだからお金が無い
選択肢が無い、それからそれから動物由来の服とか駄目らしいのだけど
それを調べるのとか面倒くさい
だから僕がヴィーガンをやれないのは仕方の無い事なのだ
それはそれとして、ヴィーガンと反ヴィーガンの議論に話を移すと
後者の主張の中で最も論理として強固なのは
健康についての主張だと思う
適度に肉製品を食べる方が健康に良いと言うのが多分ただしいのだと思う
その他の議論についてはほぼほぼヴィーガンの方が正しい
それにしても、よく目につくのは詭弁の類だ
特に多いのは自然派で、これはどちらの側にも見かける
次によく見るのは感謝と言う言葉だ
昔あるブラック企業の社長が我が社では”ありがとうカード”
を配っているからブラック企業ではないと主張していたが
それとよく似たロジックである
反ヴィーガンは先ず肉を食べたいと言う欲求があって
それを正当化するために様々な理屈をひねくり出している
ヴィーガンは動物さんが可哀想と言う感情があって
それを押し付けるために様々な理屈をひねくり出している
どちらが正しいのか?
神様はいないので、どちらが正しいのか決めるのは不可能なのだ
ただ、人間から肉を食べたいと言う欲求を取り去っても
それは人間なのだけど、○○が可哀想と言う感情を取り去ると
それは化け物になると思う
だから恐らくヴィーガンが正しい
しかし僕はヴィーガンではなくて
そしてヴィーガンでない事を正当化する事も出来ない
なんかムニャムニャする、それを解消することも出来ない。




