99.バグダッド攻防戦(2)
イラク陸軍の戦車隊が奮戦します。
ジェマナイの攻撃軍のなかでも、もっとも苦戦していたのはレファイン=ヴァルデスの部隊だった。
それは、彼らの部隊の機体が旧式のヴェガであった、というところも大きい。
ただし、単なる水耕栽培施設と思われていたディストリクト‐Cには、大量のエニグマムスタング2が配備されていた。
当然のことだ。ディストリクト‐Cはバグダッドの生命線であったのである。
砂漠化の進んだイラクでは、食物の収穫量が以前にもまして激減していた。
現在では、統合戦線に食物の大部分を依存している状況である。
そんななかで、水耕栽培施設が落とされるわけにはいかなかった。
バグダッドという都市の命運にもかかわってくるのである。
レファイン=ヴァルデスは、民間施設の破壊よりも、イラク陸軍への攻撃を優先した。
部下たちにも、そのように伝える。
──命令には背いたかもしれない。しかし……
目の前には、イラク軍の主力戦車であるエニグマムスタング2が迫ってきているのである。
レファイン=ヴァルデスのヴェガが、全方位ミサイルを発射してエニグマムスタング2を狙う。
しかし、敵の防御態勢も伊達ではない。
バグダッドという都市を守ろうと、死ぬ気になっているのに違いなかった。
いくつかのエニグマムスタング2はミサイルを撃ち込まれて行動停止になったが、その他はすばやく移動してヴェガの死角に回り込もうとする。
その部隊を率いているのは、シャダム・アルリクである。
イラク陸軍の精鋭であり、猛将と恐れられている男だ。
あるいは、「戦場の賢人」と呼ばれることもあった。
同じくレファイン=ヴァルデスも、「ネオス界の哲学者」と呼ばれている将軍である。
実年齢は18歳だが、ネオスらしく大人の風格とスマートさを身に着けている。
レファイン=ヴァルデスは、敵の大将を同じく「哲学的な男」だと見て取った。
戦いに意匠が感じ取れるのである。
敵を「ただ殺す」のではなく「無力化させる」戦法が、そこにはあった。
美しい──そういう戦いだ。
たぶん、自分が負けたとしても、統合戦線の虜囚になるだけで、死ぬことはあるまい──と、彼は思った。
(だからこそ、恐ろしい敵だ。敵を殺すことは簡単なのだ……)
ビッグマン・ヴェガのなかで、レファイン=ヴァルデスは再び気を引き締めた。
──
戦車のなかでシャダム・アルリクは言う。
「チャラビー少尉、メーザー砲を持ち出すぞ。あれでビッグマンをぶっとばす!」
「大佐、あれは廃棄予定になっていたものでは?」
チャラビー少尉と呼びかけられた男が答える。
「かまわん。スホーイには歯が立たなくても、ビッグマンなら良い的になる!」
シャダムの考えは大胆だった。
「書類手続きが面倒臭く……」
「しのごの言うな! 黙って持ってくりゃ良いんだよ!」
「わかりました。45分はかかりますが……」
「45分でバグダッドは陥落せんよ!」
「了解です」
納得のいく答えだった。
説得力のある男というのは、つねに納得のいく答えを出す。
チャラビー少尉にとっても、大佐は憧れの的である。
──
「あの、高層ビルから飛んでくるミサイルがうるさくなってきた。どうやら、敵は10キロ先の標的も的にしているらしい」
レファイン=ヴァルデスが言う。
それにたいして、配下の子ルーチンであるヴァーヴは答える。
20歳のアンドロイドであり、すでにベテランだ。
「三将、やっつけの量子かく乱フィールドでは持ちませんね? 関節に撃ち込まれたらアウトです」
「その通りだ、二尉。敵もなかなか馬鹿じゃない。イラク陸軍がこれほどの戦力とはな……新たな装備が来るかもしれん」
「まったくです。当初はビッグマンで都市制圧するだけかと思っていたのですが」
ヴァーヴ二尉は冷静に返答した。
「リュシアス閣下はそんなに甘い方じゃない。だからこそ、我々の背後にジェマナイ陸軍も控えている」
と、レファイン=ヴァルデス。
レファイン=ヴァルデスは、ヴァーヴよりも年下だったが政治的には洗練されている。
リュシアスの命令の背後にひそむもの、というのを厳粛に見つめているのだった。
「はっ。ここは慎重に行きましょう。ネラにも十分言い聞かせます」
ヴァーヴは通信を切り、またビッグマンを攻撃モードに切り替えた。
──
水耕栽培地区はすでに5分の1ほどが破壊されていた。
これでもバグダッドの都市機能は維持できるが、これ以上の被害は広げたくない。
なにしろ、ここ以外でも各所で戦闘が起きているのだ。
報告によれば敵のビッグマンは15体ということだったが、6か所に戦線が開かれている。
これはおかしい、とシャダム・アルリクは思う。
それぞれが陽動なのか、それぞれが本命なのか。
しかし、ジェマナイがすでに持久戦を覚悟しているのであれば、こここそが本命だ、とアルリクは考えた。
つまり、ここを死んでも守らなければならない。
「チャラビー少尉。作戦をすこし変更するぞ? メーザー砲を戦闘車両の砲塔と組み替える。この作業には1時間はかかるだろう。しかし、機動性が増す。ソフトウェア方面の書き換えも含めて、可能か?」
「たぶん……2時間でいけます。我がイラク陸軍を甘く見ちゃいけません。技術陣は優秀ですからね。今からでも間に合うでしょう」
「わかった。よくやった。これで敵のビッグマンも我々の的だ」
「うまくいくといいですね……」
チャラビーは、不安にかられながらも大佐を信頼してそう答えた。
大佐のなかでは、この戦闘の全体状況というものが見えているのだろう。
自分たちが後方でどたばたしていたとしても、味方は持ちこたえる。
そうした信頼をチャラビーは見て取った。
「ああ。俺を誰だと思ってる? イラク軍のハン・ソロだ!」
そう言って、シャダム・アルリクは豪快に笑った。
その笑いによって、イザート・チャラビーは一気に気が楽になるのを感じた。
この戦いは勝てる。そう確信した瞬間だった。
──
「やっほー。いよーい。あたしたちの時代が来たよ~! 統合戦線め、それ見たことか!」
と、ヴェガのコックピット内でネラは叫んでいた。
戦闘の熱に浮かされている、一種の病気である。
子ルーチンにしてもまだ13歳という年齢から、それは仕方ないことなのかもしれなかった。
アジンバル公国に出向したマーシャ・ツヴァルとも似ているが、彼女ほどの毒々しさはない。
しかし、戦闘の足を引っ張るような行動は厳禁である。
年上であるヴァーヴが苦言を呈する。
「ネラ一曹、今は戦闘中だ。戦況以外のことは考えるな。思想的なこともだ……」
「あたしがね、アナーキストだからっていうことだからですかあ? それはそうなんですけれどねえ~」
「だから、それが余計な思考なのだ。貴官は思想上で何を思っていても良い」
「わっかりました~。……あ、来た、来た~」
ネラは、突如もだえはじめた。
ジェマナイのマザールーティーンによって思考を上書きされる。
その瞬間を、ネラは快楽だと思っているのだ。
ミリ秒単位の沈黙が訪れた。
一転して冷静になった思考で、このように言った。
「ヴァーヴ二尉、了解です。敵の侵攻をなるべく食い止めて、陸軍の負担を減らします」
「わかってくれればいい。無理はするな?」
ヴァーヴは、ネラがジェマナイのマザールーティーンを受けたことを理解しながらも、優しく言った。
──
そのころ、イラク陸軍のほうでも準備は淡々と進んでいた。
メーザー砲を搭載した戦闘車両が、水耕栽培施設周辺の各所に配備される。
敵は、依然として陸軍の戦車を相手にしている。
ビッグマンとは言え、雲霞のごとくの大軍には抗しようがない。
2時間の猶予は、ジェマナイ側にとっては致命的だった。
シャダム・アルリクは確信している。
「クソどもめ、メーザー砲の準備はいいか? ぶっぱなせ!」
と、シャダム・アルリクは叫んだ。
アルリクの指揮している戦闘車両から、メーザー砲が発射される。
レファイン=ヴァルデス三将のビッグマン・ヴェガの右腕が吹き飛んだ。
次章に続きます。




