97.テヘランへの道
アジンバル公国に出向した3バカトリオです。
アマレス、シズマ=ローク、マーシャ・ツヴァル、3人の子ルーチンは、カトマンズからテヘランへと向かう道中にいた。
ビッグマンに登場して、徒歩で移動しているのである。
カトマンズとテヘランの間の距離はおよそ、3000キロメートル。
その間を、時速50キロメートルほどで移動する。
全部で3日の行程だ。
3人とも退屈しきっている。
上空には、南アジアの青い空が広がっていた。
──
作戦に際して、アマレスはアジンバル公国空軍大佐セルマ・ヤコンディにたいしてこう文句を言った。
「徒歩で移動って、どういうことです? ジェマナイから輸送機のヴェトルは派遣してもらえないんですか?」
「そうだわ! バグダッドまで4日も歩いていたら飽きちゃうわ」
と、マーシャ・ツヴァルも同意する。
マーシャは、ちょっと自分の「ツヴァル」という名前が気に入っている。
なぜなら、ツヴァルとは1世紀前に海に沈んだ太平洋の国家だからである。
それが、なんだか自分の破壊的な性格に似あうような気がしている。
それにたいして、アマレスはあくまでも大人である。
事務手続きのことを言う。
「ヴェトルの貸し出し手続きは、戦略・戦術長官のリュシアス様に直接申請すれば、完了するはずですが……」
「それがね。今回の作戦では、ビッグマンを徒歩で移動させろ、と。リュシアス閣下からの直々の指令よ。それが、ビッグマンの地ならしになるからと。演習と同じ目的だと思ってちょうだい」
「なんですって? そりゃあ参った。じゃあ、仕方ないですね……。演習かあ」
アマレスは大人だと言っても、あくまでもジェマナイの子ルーチンである。
人間を「スモールマン」とみなして侮っている。
それは、自分の直属の上司にたいしても変わりなかった。
セルマ・ヤコンディは軽く息を吐いた。
「ヤッホー、俺たち陸軍みたいだ」
と、シズマ=ロークもおどけて笑い出す。
その時、そばに控えていたグリペンネオのパイロットであるレイヴ・オルディン大尉は、すこし顔をしかめた。
セルマ・ヤコンディは素知らぬ風をしている。
「ビッグマンは、空軍所属とは言っても別格の扱いだからな」
威厳は崩さずに返す。
その後、手に持っている書類を掌で軽く払った。
穢れを落とすかのようである。
「了解しました。行ってきまっす!」
シズマ=ロークが伸びをしながら、甲高い声をあげる。
セルマ・ヤコンディとレイヴ・オルディンは唖然とするのだった……。
ビッグマン、タルタロスは、ゆっくりと滑走路上を移動していく。
「馬鹿どもと対峙するのも大変じゃありませんか? 我々は誇りで戦っているが、子ルーチンは遊びで戦っているようだ」
そう、レイヴ・オルディンがぼやいた。
「あれがすべての子ルーチンの代表というわけでもないだろう。まあ、ジェマナイでは人間はスモールマンと呼ばれているからな」
「いやな呼び方です」
「まったくだ……」
カトマンズの空軍飛行場から勇躍と移動していく3体のビッグマンを見送りながら、2人はただ無言でいた。
──
「アマレスさあ……。なんでリュシアス閣下は、あたいたちに最新型のビッグマンを与えたんだと思う?」
「ん? このタルタロスのことか?」
アマレスが、つぶやくマーシャ・ツヴァルにたいして返答する。
アマレスは17歳。シズマ=ロークは15歳。マーシャ・ツヴァルは13歳の子ルーチンである、
性格は見ての通りだ。
お世辞にも、行儀が良いとは言えない。
しかし、彼らの才能はジェマナイの軍のなかでもずば抜けていた。
3人でのユニットを組んでからは、演習では無双の活躍を見せていた。
「そうだなあ……俺たちに期待しているっていうこと?」
シズマ=ロークが無線に割り込んできて、言う。
「冗談言わないで! あのリュシアス閣下がよ? あたしさ、これはアジンバルへの媚びじゃないかと思っているのよね」
「たしかに、リュシアス閣下はアジンバル公国の出身だ。故郷への恩義ってとこかな?」
と、アマレス。
「そっかあ。それはありそうねえ」
マーシャ・ツヴァルは納得する。
タルタロスは、ヴェガやヴェガⅡよりも後から開発された第4世代のビッグマンである。
飛行形態に変形することはできないが、本来輸送機並みのスピードで飛行することができる。
それが、今回の徒歩での移動である。
それは、パキスタンやアフガニスタンに対する圧力もあるのではないか、とアマレスは思っていた。
両国を屈服させることで、イランを通過しやすくするのである。
自分たちはイランとアフガニスタンとの国境でいったん待機せよ、という指令を受けていた。
それが、ジェマナイ本部からの通達であれば、納得は行く。
イランとの交渉が済み次第、開戦ということになる……。
バグダッドを落とす、ということに血の踊るような高揚感をアマレスは覚えていた。
統合戦線の衛星国を1つずつ落としていけば、ジェマナイの支配はより完璧なものとなる。
パキスタンやアフガニスタンのようなどっちつかずの国は、いわばどうでも良いのである。
自分たちの目標はアルスレーテだ──と、本音では思っていた。
アマレスは、大都市を通過するたびに悠然と街を見下ろした。
まるで、自分が神にでもなったかのごとくの優越感である。
(リュシアス閣下は、ああ見えても穏健派だ。これからのジェマナイを導いていくのは、きっとヴォルガ二将のような人物だろう……)
そんなことも思う。
そして、今回の作戦における自分たちの立場は? といったことも考えた。
現在、自分は戦術特務二佐、シズマ=ロークは戦術特務三佐、マーシャ・ツヴァルは戦術特務一尉である。
(バグダッドを落とせば、二階級特進といったこともあり得るな?)
とすれば、自分は戦術特務三将に一気になれる。
アマレスは微笑を浮かべながら計算した。
そのとき、自分たちが統合戦線の虜囚になる、などといったことは思ってもいなかっただろう……
若さゆえの自信が、そのときの子ルーチン3人の胸を支配していたのだった。
「ねえ、イスラマバードを通過したときの、スモールマンの顔、覚えてる? なんか、ひれ伏しているみたいだったよねえ?」
はしゃぎながら、マーシャ・ツヴァルは言った。
「ねえ、シズマ? あなたのコックピットにアーモンド・チョコレート残ってない? わたし、全部食べちゃってさあ」
と、媚びるように言う。
「残っているけれど、お前にはやらないよ。テヘランで徴発でもするんだな」
「徴発って、わたしイヤなのよ。まるで悪人にでもなったみたいでさ?」
「俺たち、悪人だろう? 悪人トリオ」
シズマ=ロークが嬉しそうに笑って、言う。
長髪の穏やかな外見に似合わず、過激なことを言う子ルーチンだった。
マーシャ・ツヴァルは、コックピットのなかで舌打ちをした。
シズマ=ロークの皮肉に怒ったからではない。単にチョコレートを食べ損なったからである。
「あなたのさあ、その脱出ポッド。作動したら、わたし撃ち落としてやるから」
つんけんとして答えた。
「どうぞ、ご自由に。まあ、俺がやられるなんていうことはないがね」
シズマ=ロークが不敵に言うと、ますますマーシャ・ツヴァルは機嫌を悪くしていった。
(もう! 早く国境に着かないかなあ……)
ひとり、コックピットのなかでぶうたれた。
そこに、アマレスが割り込んで言った。
「もうすぐ国境だ。皆、自動操縦に切り替えて十分に休息は取ったな?」
リーダーの言葉だった。
「もちろんさ!」
「もちろんよ!」
シズマ=ロークとマーシャ・ツヴァルは明るく答えた。
暁の地平線に、カトマンズ方面の茫洋とした街並みが見えた。
一方、夕日の方向にあたるテヘランに向けては、まだ未知の過程が横たわっていた。
間もなくバグダッド攻防戦が展開されます……




