93.ジェマナイの戦争準備
ジェマナイがいよいよ本格的な攻勢をかけてきます。
一方のネオスの道具と言われたジェマナイでは……今日も作戦会議が開かれていた。
誤解を招かないように説明するが、ジェマナイ(統合政体ロシア・アジア共栄圏)は一つの国家である。
ウクライナを除く旧ソビエト連邦の諸国(ただし、クリミア半島は除く)と、東アジアの諸国、フィリピンとインドネシアを除く東南アジアの諸国、そしてインドが加盟している。ただし、旧ネパールであるアジンバル公国は独立を保っている。
これは第二次世界大戦後の冷戦時にも存在しなかった超大国であり、同じく超大国である統合戦線アフリカ機構と双璧をなすものだった。
その人口は、正式には公表されていないがおよそ15億~20億人である。
その代表は……存在しなかった。
だが、軍務を統括する者は存在する。
それが、戦略・戦術長官のリュシアスである。
彼女の意見には、ロシア連邦大統領セルゲイ・アンドローノフや統合政体ロシア・アジア共栄圏代表のナターリヤ・ヴォルコワも従わざるを得ない。
リュシアスこそが、事実上のジェマナイ政体のトップに君臨していた。
リュシアスが、その銀白の仮面を外すことは滅多にない。
今日の会議でも、仮面はつけたままである。
そのことが一層、彼女の不気味さと威光を際立たせている。
会議に参加しているのは、セルゲイ・アンドローノフ、ナターリヤ・ヴォルコワ、戦術特務二将のアーサー・カリニンとヴォルガ、戦術特務三将のアムサール・リューシ、レファイン=ヴァルデス、セラフィア、そのほか数名の将校と、実務面を担当する官僚たちだった。
いずれも、厳粛な面持ちをしているが、ヴォルガのようにニヤついた笑顔を絶やさない者もいた。
この場を20歳のネオスであるリュシアスが仕切っている、ということに違和感を感じる者もいるのである。
そのことがジェマナイの弱点であると言えば、言えた。
リュシアスはおもむろに切り出す。
「さて……統合戦線のわが領土への侵略からずいぶん時間も経ったが、このたび我々の反抗作戦の準備も整った」
反抗作戦、というのはその場にいる誰もに違和感を与える言葉だった。
もともと、この戦争は15年も続いていて、その間一貫してジェマナイは有利だったのである。
しかし、リュシアスは今回の攻撃によってジェマナイが被害者であるかのように言う。
失笑を禁じ得ない者がいたとしても、当然だったろう。
だが、リュシアスはそうしたことを気にしてはいない。
こう続ける。
「我々は、ようやくにしてだが、敵の拠点の一つであるバグダッドを落とそうと考えている。これは、ジェマナイの決定によるものだ。それについて、貴官らに告げたいことがある。この作戦には、アジンバル公国が参加する。近く、アジンバル公国は統合戦線にたいして宣戦布告をする予定である」
それは、見事に政治的な言葉だった。
戦略・戦術長官であるリュシアスは、単なる軍人ではない。一級神託士の資格も持っている政治家だった。
アジンバルからの協力の取り付けは、どのようにして行ったのだろう、とその場にいる全員が思った。
しかし、それはリュシアスの手腕によって、と言うしかない。
その場にいる誰も、リュシアスとアジンバル公国の重鎮であるドニエスタル侯爵との関係を知るものはいなかった。
……
「アジンバル公国からは、現在3体のビッグマンがテヘランへ向けて移動している。すでに、アフガニスタンとパキスタンにビッグマン通過の許可は取った。あとは、イランだけだ」
と、リュシアス。
セラフィアが尋ねる。
「徒歩でですか?」
「そうだ。それが操縦者のネオスの訓練にとっては一番良い。アジンバル公国のビッグマン3体の操縦に関しては、ジェマナイから3名のネオスを出向させている。そのことは、いずれメッセンジャーで詳細を報告しよう……」
「それはさすがの作戦です。しかし、イランの許可はまだとれていないのですか?」
と、ヴォルガ。
彼にしては、いつにもなく冷静な発言である。
この場が政治的なものであると、わかってのことだった。
「イランについては、現在政治的な圧力をかけている。同意は数日以内に得られるだろう」
「それは良かったです。味方がアジアでちんたらしてたんじゃ、しまりません」
ヴォルガは軽く笑うように言った。
もちろん、それはリュシアスを批判してのことではない。
ヴォルガは、ヴォルガなりにリュシアスの政治的な手腕に一目を置いていた。
現在は、ロシア連邦大統領のアンドローノフが四方八方に手を回しているのだろう。
その陰で、リュシアスがさまざまなアドバイスを与えているであろうことは、ヴォルガにも察しがついた。
この場は、一歩引くのが賢明である。
「それで……戦闘の準備ができるのは何日後ですか?」
「3日後を想定している。各所には、準備を急ぐように通達しているところだ」
「それでは、遅すぎませんか?」
「いや、遅すぎるということはない。むしろ、準備が整わないことが怖い」
「それは……あのライジングアースがいるからですね?」
と、ヴォルガ。
「そうだ。各ビッグマンついては、対ユーマナイズの防御機構も設置していることは、貴官も知っての通りだ」
「量子かく乱フィールドだけで通用しますかね?」
「そうだな。……実際に戦ってみなければわからない、というのが本当のところだ。残念ながらな」
リュシアスが、このときだけは自信を表に見せずに言った。
「それは、頼りがいのあることで……」
ヴォルガは軽く笑った。
しかし、それが反抗に見えないだけの節操は心得ている。
だから、リュシアスも無言でその言葉をうけながしただけだった。
ヴォルガは、内心で「ちっ」と舌打ちをする。
「今回の作戦に参加するビッグマンは、合計15体だ。ヴェガ3体、ヴェガⅡ4体、ヴォルグラス、プライムローズ、ノルニール、リントヴルム、サロメ、タルタロス3体。各ビッグマンのパイロットには、万全の準備を整えてもらいたい。目標は、敵の主力のひとつであるバグダッドである。1000機のイングレスαが出撃してくれば、我々のビッグマン部隊でも対応できまい」
リュシアスは、慎重を期するように言った。
しかし、それは戦略家としての彼女が言わせたものだったのか、戦術家としての彼女が言わせたものだったのか?
ヴォルガはふむふむと首をかしげる。
「で? スホーイとミグ59は参加させないので?」
「うむ。それだが……たとえば1000機のスホーイを参加させたとする。それがいっせいにユーマナイズの攻撃を受ければ、我々のビッグマンとて危ない。参加させるのは最低限の機体にしようと考えている」
「賢明な判断ですね。対ユーマナイズ兵装が装備されているのであれば、我々ビッグマンだけで参戦するのも一つの手です。しかし、この戦いは苦しい戦いになりますよ?」
「わかっている。だからこそ、宣戦布告も今のところしていない。準備は万全に整えなければいけないからな……」
いかにも慎重家らしい、リュシアスの発言だった。
ヴォルガはそれを聞いて納得する。
というか、安心した。
彼は彼なりに、リュシアスにたいして畏敬の念を持っている──。
「攻撃する場所を変えるというのは、どうでしょう? 戦闘機は戦闘機だけで、ビッグマンはビッグマンだけで攻撃するのです。いかがですか?」
そう、ヴォルガは進言した。
「なるほど。そうだな……それなら、スホーイの大部隊も動かせる。貴官の意見を採用しよう。感謝する」
リュシアスは納得した。
そのほかの諸将やセルゲイ・アンドローノフ、ナターリヤ・ヴォルコワは沈黙していた。
しかし、最後にセルゲイがこんなふうに発言した。
「それで……統合戦線への宣戦布告はどんなふうにしようと、お考えですか?」
「3日後にだ。あなたがジェマナイを代表して、宣戦布告をしてほしい」
ジェマナイの実質的な代表はリュシアスですが、傀儡として今後はセルゲイ・アンドローノフが立つことになります。ジェマナイでも国家の枠組みを再定義しているところです。




