91.自由の木(1)
カドリール・ヴァレンタインの陰謀がいよいよ動き始めます……
グリーンロード3番街のとあるビルの一室から外を見ると、そこにはスズカケの並木が続いていた。
もう、冬らしい景色が広がっている。
木々はすっかり葉を落とし……
(このあたりの気候もすっかり変わってしまっている)と、マリア・オリヴェテは思うのだった。
室内は30メートル×15メートルほどの広さで、まばらに椅子が置かれている。
そこに居合わせている人間の数を数えてみると、25人ほどだった。
(なんの集会なのかしら?)
マリアは、ずっとそれを思い続けていた。
部屋の入口のドアには、「地球環境未来研究フォーラム」と書かれていたのだが……
(ジョージ・ワイマールに「ここに来るように」とは言われたけれど、店を閉めてまで参加するようなセッションなのかしら?)
とマリアは疑った。
火曜日の11時に訪れてほしい、そんな話だった。
(平日の昼間に集会? なんの目的でなんだろう? わたしのような自由人ばかりが参加しているのかしら?)
マリアの疑問は募る。
その手には、部屋の入口にあったパンフレットがつかまれていた。
『技術革新省生活改善プロジェクト推進部局ウィンストン・エヴリール』という名前が書かれている。
薄い冊子で、書名のようなものはない。
ただ、小さく『自由通信』という言葉が書かれていて、これがタイトルなのかしら? とマリアは思う。
これは第3号だった。
(「自由通信」ですって? 「自由の木」と何か関係があるのかしら?)
そして、このセッションの主催者は誰なんだろう?
そのことを、マリアは知らされていない。
どこまでも謎の会合だった。
マリアは10時半にはここに着いていたが、もう30分ほどは待ち続けていた。
しかし、会合の主催者が現れる気配はない。
(何時から始まる会合なんだろう……?)
そう思っていると、急に人の数が増え始めた。
あわせて45人ほどの人数に、参加者の数がふくらむ。
マリアは、平日の昼間にこうして時間が取れる人間たちがこれほどいることに驚いた。
──
あるいは、これは芸術家のフォーラムなのかもしれない。
……でも、まさかね?
「ぶどうの生る季節」で描いているチョーク・アートが評価されたのかもしれない、と思ってマリアは恥ずかしくなった。
主催者がようやく現れたのは、11時半になってからだった。
マリアは、「あっ」と驚いた。
それはマリアの見知った人物。「ぶどうの生る季節」に一度だけ来店したジョージ・ワイマールその人だった。
(うさんくさい……)と、マリアは即座に思う。
しかし、その主催者はこう名乗った。
「皆さん、初めまして。わたしは技術革新省で生活環境改善プロジェクトに取り組んでおります、ウィンストン・エヴリールと言います」
マリアははっとした。
──あの男、偽名を使っているの? ウィンストン・エヴリールという名前も本名なんだろうか?
その実、その人物の正体はアルフレッド王子とも親しい、技術革新省の情報戦略局技術参事であるカドリール・ヴァレンタインだった。
彼は、3つの名前を使い分けていたのである。
「自由の木」における偽名が、ウィンストン・エヴリールだ。
「皆さん。実は、今日のセッションには『自由の木』のメンバーの方たちをお招きしています。いずれのメンバーも、『自由の木』には欠かせない人たちです……」
(やっぱり)と、マリアは思う。
(しらじらしいことを。ここに集まっているのは、きっとわたしのような暇人ばかりだわ。それにしても、何の目的で?)
疑問は尽きない。
しかし、ヴァレンタインは言葉を継いでいく。
「まずは、今回起こった統合戦線とジェマナイの戦争のことについてお知らせします……」
ヴァレンタインは続ける。
「統合戦線は、ジェマナイの南極基地にたいして5発の核を使いました」
会場内がざわめいた。
それはニュースでは報道されていない事実だった。
その時点で、ヴァレンタインは「何らかの真実を知っている人物」であると、会場内の参加者には認識される。
そして、誰もが襟を正した。
……
ヴァレンタインは続ける。
「わたしは、英王室の忘れ形見であるアルフレッド王子とも知己があるのですが、これは王子からいただいた情報です」
会場内がさらに緊張感と高揚感に包まれた。
しかし、今回はざわめきは起こらず、一面水を打ったように静まり返っていた。
(どうやら、ここに来ているのは互いに親しい人間同士ではないらしい?)
と、マリアはそんなことを推測する。
でなければ、こうした重要な情報を誰も知らないなんて考えられない。
「ですが、この攻撃は統合戦線、いや人類にとって実に正当なものなのです。わたしは、ネオスによる世界支配を許すつもりはありません」
──そういうことか、とマリアは思う。
(ここに集まっているのは、すべてわたしのような反ネオス主義者で、あのエヴリールという人物もそんな人間を勧誘していたのだ)
しかし、マリア・オリヴェテが反ネオス主義者だということを、彼はどうやって知ったのだろう?
(わたしは、めったに内面を明かすことはないのに……)
それが、実際問題としての、ヴァレンタインの嗅覚だった。
彼は、自分に近い考えを持っている人間や、逆にその正反対である人間を本能的にかぎ分ける。
つまり、ここに居合わせているのは、「彼によって選ばれし人間たち」なのである。
マリアは、自分の予想とは裏腹に自尊心を刺激されるのを感じた。
しかし、その思いはすぐに謙虚に変わる。
(わたしは大した人間じゃない。やっぱりここにいるのは場違いだ……)
ヴァレンタインは続ける。
「ネオスは人類を支配しようとしています。ジェマナイという道具を使ってです。皆さんは、AIが生きているとお思いですか? いいえ、AIは生きてなどいません。単なる人間の道具です。ですが、その道具が今は人類にたいして戦争をしかけています。このゆがんだ世界を、わたしたちはなんとかしなければいけないのです。いわば、世界の浄化です」
(とんでもないところに来てしまった)と、マリアは思った。
実のところ、自分は清潔な世界が好きだ。
ネオスたちは、人類の楽園を汚している。
世界戦争などという、愚かな愚行を引き起こしたのはネオスとAIだ。
第四次世界大戦だって、実はAIによって仕組まれたものなのかもしれない……
純朴なマリアは、そのような推測を巡らせた。
そして、急速にこの男──ヴァレンタインに共感を覚えていく。
「わたしの知っている情報では、やがてオーストラリア共和国がジェマナイにたいして宣戦布告するとのことです」
さらに重要な情報だった……
会場にいる全員が、今は息を飲んでいる。
単なる民間のコミュニティーのセッションとは思えない。
そこは、まるで軍事作戦を考案する空間のようだった。
しかし、マリアは彼の言葉に聞き入った。
「ジェマナイは、現在のところバグダッドへの侵攻を考えています。イラクは独立国ですが、統合戦線とは非常に親しい関係にあるからです。バグダッドには統合戦線の空軍基地も置かれています。そして、オーストラリア共和国では、ここバグダッドが侵略されることを、世界秩序の崩壊の序章と考えています……」
そこからは、政治情勢の説明が長く続いた。
マリアは、聞いていても半分ほどしか理解できない。
しかし、その話の話者が非常に政治に敏く、地球全体のことを考えているのだということは伝わってきた。
そんな場に自分が居合わせていることを、誇りにすら感じてしまう。
そして、ヴァレンタインは言った。
「この戦争は、『正しい戦争』です。わたしたちは、この戦争を阻害する人間を、どうにかして消し去らねばなりません……」
次章へ続きます。




