9.不穏な午前
多少コミカルな章です。
ムルマンスク港に建造されたドーム・シェルターは、異様な姿をしていた。
半径600メートルはあるだろう。だから、その高さはゆうに450メートルを超えるはずだった。
なんのためにそんなものが建設されたのか……それは、今の斎賀には分かっていた。
しかし、その目的を知らないものであれば、あっけにとられて、その白色の天井を見上げたことだろう。
サテライト群の回復とともに、斎賀はそこへの侵入ルートをいくつか画策していた。
ドームのまわりには、今は3体のビッグマンが配置されていた。
たぶん、ジェマナイの戦術特務基地の一つ、エカテリンブルグから配備されたものだろう。
1体はアコーディオ。しかし、そのほか2つの機体は斎賀の知らないものだった。
ヴォルグラスはいない。
(あの敵はいない……)と思って、斎賀はなぜかほっとした。
それがいったいどんな心理によるものだったか、斎賀には不確かだった。
一度交戦した敵であれば素性が知れている、と思うのか、イングレスに撃退された敵であれば、たいしたことはないと思うのか……
しかし、そこにシエスタはいなかった。
あの「ボウレイメガミ」……斎賀は腕時計を見ながら、うなった。
あのパイロットがいてくれたら。
自然と、そんなことを祈っていた。
(無事だといいが……)
しかし、味方の心配をしている余裕はないようだった。
ムルマンスクが静かすぎる。
これは、明らかに敵の作戦だった。
ムルマンスクには、ラーゲリが隣接している。
斎賀たちの目的がそちらだと、敵が誤認していてくれれば良いのだが……
しかし、それはどうやら望み薄のようだった。
「サイガ……」
ミューナイトが向こうから歩いてきた。
「なんだ、どこへ行っていた?」
斎賀は、邪険に問う。
「あなたが眠っているあいだに、シェルター・ドームの周りを歩いてみた」
「なんだって? あそこへ行ったのか、お前?!」
「大丈夫。光学迷彩は機能していた。それに、わたしの体温は抑えてあるから、大気の温度と変わらない」
「なるほど……それで、日の出からこっち、姿が見えなかったのか」
「そう。シェルター・ドームにはいくつかの侵入ルートがある」
「それはありがたい情報だね」
と、斎賀はなぜだかおざなりな答え方をする。腹に一物ある、といった具合である。
「予定の行動はヒトフタマルマルからだぞ?」
斎賀がふたたび釘を刺す。
「わかっている。ちょうど正午からね?」
「言い直すな。正午と言えば、ジェマナイと言えども休憩中だ……」
「交代で監視体制のなかにあるんじゃない?」
「それでも、昼食をとるやつはいるだろう。確率的に計算して、人の少ない時間を選んだ」
「単なる勘じゃないの?」
そう言うミューナイトに、斎賀はむすっとして答えた。
「ああ、そうだよ。悩んでいても仕方がないからな」
斎賀は、背嚢のなかからコンパクト・タイプのジャミング・システムを取り出す。
これは、人物の位置特定を阻害するタイプのジャマーではなく、電子武器に特化してジャミングを行う装置だ。
そのスイッチをあちこち推してから、斎賀は乱暴に背嚢のなかに戻す。
「役には立つまい……しかし、万が一ということもある」
「サイガは、いろいろなものをもっているんだな。光学迷彩を使えばいいんじゃないのか?」
「光学迷彩は使えるかどうか分からない。それに……」
「何か迷っているのか?」
斎賀は答えたくないような表情をした。
「もしかして、わたしたちがおとりだと?」
「その可能性がある。俺は、お前にすら作戦の詳細を話していなかった」
「わたしたちは、かませ犬になるということかしら?」
「そうだよ。その可能性のほうが高い」
斎賀は苦々しく言い放った。事実、斎賀はその確率は50パーセントだと思っていた。
「さて。下山するぞ? お前が眠っている間に、俺も良いルートを見つけてきた」
「サイガ……、わたしが眠っていたのを、知っていたの?」
「ああ。俺も特殊工作技師だ。潜入任務くらいなれている」
「あなたはやっぱり、ただものじゃない。わたしが眠っていたのは、2時間だった……」
ミューナイトが、驚いたとも、あきれたとも分からないような口調で、斎賀に言った。
「無駄口はなしだ!」
──
「良いルートって、これ!?」
ミューナイトは叫んだ。
2人は今、スクーターにまたがっている。
そう。斎賀が見つけてきたのは、良いルートではなく、良いオートバイだった。
それを、斎賀はとある民家の裏庭からかっさらってきたのである。
光学迷彩は完全に切ってある。
灯台下暗しというやつだ。
むしろ、無人のオートバイが走っていたら、誰が見てもおかしい。
要は、敵の裏をかけばいい。
ジェマナイの側では、斎賀たち2人は徒歩だと踏んでいる。
つまり、スクーターで全速力で基地につっこむほうが、ばれにくいのである。
一つのマンホールのうえで、斎賀はスクーターを急停車させた。
その荷台には、「昼食配達専門ニシン亭」と、ロシア語で書かれている。
ばかばかしいことに、こんなやり方が見事にはまった。
斎賀とミューナイトは、ちょうど見張り兵の少ないところに身を寄せる。
「サイガ、無茶だ。あなたはバカなのか?」
「はっ! それはジェマナイも同じだろう? 未来の銀河帝国じゃないんだぜ? ムルマンスクの人口は今10万人もいない。それは調査済みだ……」
「それ以上の子ルーチンがいるかもしれないじゃないか!?」
「ジェマナイの子ルーチンの数は1万3千人。この2日で瞬間移動してこれるとでも?」
斎賀は、おどけたように言い放った。予想通り、ミューナイトがあきれる。
この基地が僻地の基地だということを、斎賀は計算に入れている。
そして、警戒が強化されたとしてもたかが知れている、ということを熟知している。
この潜入作戦は、ジェマナイにとっても予想外のものだったに違いないのである。
「さあ、このなかへ入れ」
どうやら、その先のルートも斎賀は把握しているようだった。
いや、正確には手元の端末に描かれている基地の見取り図と照合して、「これならたしかだ」と確認したのだろう。
ミューナイトは、斎賀の大胆ではありつつ、やはりおおざっぱ、というやり方にすこし慣れてきていた。
斎賀はたぶん有能です。




