表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地上戦機ライジングアース  作者: クマコとアイ
第五部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/96

89.ミューナイトの休日

ミューナイトの日常回です。

 それからさらに一週間が経った。

 依然として、ジェマナイの動きはなかった。

 しかし、ロシア連邦の大統領がえんえんと統合戦線を非難するテレビ声明を繰り返している……

 政治の世界での変動はあったのだ、たしかに。


 その日、ミューナイトは休暇をもらっていた。

 検査で甲状腺の数値に異常が見られたため、念のため半日の精密検査を受けていたのである。

 ために、ミューナイトは空軍に併設の病院を訪れていた。

 しかし、今回の検査での数値に異常はなかった。

 日常的なホルモンの変動範囲内の値だったのである。

 ミューナイトはほっとした。

 いつジェマナイが攻撃をしかけてくるかもわからない。

 そんなときに、自分が斎賀をおいて病気になっているわけにはいかなかった。


 ミューナイトは病院の中庭を歩く。

 と、そこに一人の青年がいた。いや、ネオスだ……

 外見の年齢は18歳くらい……とすると、14歳のネオスだろう。

 いや……その顔は実際は見知った顔だった。

 ユーランディアだ!

 尋問室へ行く途中の廊下ですれ違った。

 それは、アルスレーテ空爆の直前の出来事に違いなかった。

 そして、その翌日、自分はライジングアースで戦ったのだ。


 不思議に印象に残るネオスだと思っていた。

 ミューナイトはネオスに対する警戒心が強い、繰り返しになるが。

 そんな自分が、彼に惹かれているかのような不思議な感情になる。

 その感情は、13次元の抽象空間に投影したとしたら、小さな貝のように見えた。


 彼は、検査の途中なのかパジャマ姿で、中庭のベンチに腰掛けていた。

 ミューナイトがその傍らを通りすぎようとするとき、急に彼はミューナイトのことに気づいた。

 それまで、彼はうつむいていたのだ……しかし、何かの予感が走ったかのように、ふいに顔をあげる。

 若干首を振り向けていたミューナイトの視線と、彼の視線とが交錯する。

 どちらも、不思議な赤い色を放つネオス特有の瞳だ。


 ユーランディアが話しかけてきた。

 ミューナイトは完全に振り返る。

「こんにちは、ミューナイト。君も検査?」

「わたしの名前を知っているの……?」

「ああ。情報端末で見たんだ、僕は君に一度会っている」

「覚えているわ。尋問室に向かうとちゅうね?」

「そうだ。よろしく……」

「ええ」

 ミューナイトはあいまいに躱す。

 彼と親しくなることが、何かとてつもない間違いを招いてしまいそうな、そんな気がする。

 それは、成人したネオスとは思えない感情だった。

 まるで、思春期の人間の少女のような……

「検査ですか?」

「そうだ。これから軟禁を解かれる……体に異常がないかどうかの検査だそうだ」

「それは、お気の毒って言って良いのか、おめでとうと言って良いのか?」

「おめでとう、だよ。僕はこれから……いや、なんでもない」

 2人は別れを告げた。

 彼から離れた後、ミューナイトは再び振り返ってみた。

 そして、視線を落としてうつむいている彼の姿を見つけたのだった。


 ──


 ……

 ミューナイトは空軍病院から出て、なじみの店であるクローバー堂へと向かう。

 そこでは、優しい主人であるマリアンヌ・ミュゼが出迎えてくれるはずだった。

 そして、もしかしたらまたマリア・オリヴェテさんが来ているかもしれない。

(そんなに都合よく出会えるはずないか? なにか近況の話でもマリアンヌさんに聞こう……)


 ミューナイトはただ、終わる秋と始まる冬の気配とを感じていた。

 それが新しい運命の始まりだということに、彼女は気づいていなかった。


 クローバー堂へと向かう並木道を、ミューナイトは歩いていた。

 そして、それは不意打ちのような突然のことだった。

 彼女のなかに、一つの声の記憶が再生されたのである。

 それは、セヴァストポリ戦の最中に聞いた声だった。

 アルスレーテで耳にしたのとは違う、聞きなれていない声。


(もしかすると、さっきのネオスの声かしら?)

 と、ミューナイトは記憶のどこを探っても詳細が出てこない思い出を手繰り寄せようとする。


 マインド・メンテナンスの際にドクター・カマウ・ンゴマから何かされたのではないのか、ともいぶかる。

 しかし、そんなことはあるはずがなかった。

 ドクターは、ミューナイトに知らせずに悪意のある診療をする医師ではない。

 そうでなければ、あれほどネオスたちからは慕われていない。

(でも、自分は他のネオスとどこか違うのかもしれない……)

 オリヴィア・トゥレアール博士も、ミューナイトには「コギト」があると言っていた。

 そして、その「コギト」は低級なAIには存在しないと。

(自分は高級なAIなんだろうか? ……まさか!)

 ミューナイトは、自分の傲慢をふっと思い出して、軽く微笑んだ。

 それが、なんらかの決別のようなものである、ということにも気づかずに。


 ──


 クローバー堂に着くと、予想通りマリアンヌが笑顔で出迎えてくれた。

 ミューナイトにとってはなじみの笑顔である。

 ここへ来ると、軍務の疲れも吹き飛ぶようだ……

 しかし、彼女は自分が軍人であることをマリアンヌに話してはいない。

 ただ、公務員のような職についているとだけ、伝えていた。

 それにしては、平日に休みが多いことに不審を持たれないだろうか?

 と、ミューナイトはいつにもなく慎重になって考えた。


 マリアンヌがいつものようにハーブティーを出してくれる。

 その日はセージとメリッサをブレンドしたハーブティーだった。

「このハーブはね? 女性の体にもとっても良いのよ?」

 と、マリアンヌは説明する。

 実際にそうだった。

 セージには女性ホルモンを整える効能がある。

 そして、メリッサは甲状腺の調子を整えてくれるのだった。

 ミューナイトは感謝した。

「ありがとう。でも、子供が飲んでも良いものなの?」

 と、おどけて尋ねた。

「いやねえ。あなたはもう、小さな大人よ。その年で働いているんだもの」

 と、マリアンヌもつられて笑いながら言った。

 実際、ハーブティーの効き方というのはおだやかで、1杯飲んだくらいで副作用が出たりはしなかっただろうが……

 今日は甲状腺の病気の検査で仕事を休んだこともあり、ミューナイトは慎重になっているのだった。


「あれから、マリア・オリヴェテさんはお店に来ていますか? 前回会ったとき、わたし、とっても良くしてもらって」

「それがねえ、このところ顔を見せていないのよ。以前は毎週くらい、着てくれていたのだけれどね」

 それは、意外な答えだった。

 喫茶店経営というのは、それほど忙しいものなのだろうとミューナイトは分かっていた。

 しかし、いくら仕事に熱心でも息抜きくらいは必要だった。

「仕事が忙しいみたいよ? あの人はわたしと同じ自営業ですからね?」

 と、マリアンヌ。

「そうですか」

 ミューナイトは納得した。

 ハーブティーを口にしながら、うなずく。

 ただただ優しい時間が流れていた。

 ほんの先日までは恐ろしい戦争の渦中にいたのだとは、とても思えない。

 そして、これからも自分はジェマナイの兵士を倒さなくてはいけないのだ。

 その命のすべてを救うことはできないだろう。

 自分の厄介な運命を、呪いたいとミューナイトは思った。

 しかし、その呪いとはネオスにとっては贅沢なものだっただろう。

 軍人として生み出された彼女は、生まれながらに戦う宿命を持っているのだった。


 その後、マリアンヌ・ミュゼはオリヴェテ女史の経歴の話をしてくれた。

 何しろ、以前はダルエスサラームで教師をしていたらしい。

 しかし、ジェマナイとの戦争の混乱で職を辞してしまった。

 それを彼女はとても残念がっている。

 そして、失意のなかでさらにご主人をも失ってしまったのだ。

 今は仕事が彼女の支えなのかもしれない、とマリアンヌが説明してくれて、ミューナイトは深く納得した。


「今度マリアさんに会ったら、何かお礼をしないといけないな。前回はおいしいパイ・シチューを食べさせてくれたから」

「あら? あなたはきちんとお金を払ったんでしょう? そのことはオリヴェテさんから聞いていますよ? 律儀な子だった、と」

「嘘。あの人、わたしの噂話をしたんですか?」

「ええ。あの日の夜に電話がかかってきてね。彼女、あなたのことをとっても気に入ったみたい」

 そう、満面の笑顔で微笑みながらマリアンヌは言った。

 それをありのままの言葉の内容として、ミューナイトは受け取った。

 彼女を疑うような理由は、ミューナイトには少しもなかったのだ……

 ただ、(これからも時々会えるといいな)と、ミューナイトは思った。

(彼女のライカランのぬいぐるみは元気にしているかしら?)

 そうして、時々SNSに写真をアップしている、彼女自身のライカランのぬいぐるみのことを、ミューナイトは思い出したのだった。

日常の光景のなかに不穏な空気が混ざります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ