86.アマドゥ・カセムとオリヴィア博士
陽キャラの二人が対談します。
空軍内でもあまり知られていることではなかったが、任官中のオリヴィア・トゥレアールは、(当時の)空軍長官であったアマドゥ・カセムと親しかった。
彼とは、ダルエスサラーム大学生命工学部での同期だったのである。
卒業のとき、軍に入ると真っ先に言った彼に対して、彼女は反対した。
しかし、民間の研究所勤務を経て、彼女もまた同じ道に入った。
世界はAIを必要としていたし、AIを恐れてもいた。
そのAIを「人が恐れない」という道を、オリヴィア・トゥレアールは探していたのである。
そのためには、AIが最先端の技術である軍に入るのが手っ取り早かった。
軍とは、つねに人間の最先端の科学を取り扱う場所なのである。
彼女は、そこで心行くまでAI研究をしたかった……
「あのころは若かったわ」
と、オリヴィア・トゥレアールは言った。
その対面で、今では統合軍長官となったアマドゥ・カセムはあいかわらず煙草をくゆらせていた。
軍の執務室は禁煙である。
だからこそ、あえてスモーキング・ルームに彼女を招いた。
オリヴィアと話すには、腹を割って話さなければいけないと、彼も覚悟していたからである。
それだけに、この対話はとてもフォーマルなものとは見えなかった。
その実、この対話はフォーマルなものだったのである。
統合戦線のこれからの戦略も左右されるはずだった。
観葉植物が煙草の煙にも耐えて、毅然と立っていた。
その葉を、アマドゥ・カセムはそっと撫でる……
「オリヴィア。今度のことで、何かわかったことはあるか?」
不敵な問いだった。
オリヴィアはいらだつ。だが、それを露わにしても仕方がない。
「何って? 何のことよ? ライジングアースのこと? ジェマナイのこと?」
「両方だ」
「ふっ……。ジェマナイ研究の第一人者はあなただったはずでしょう? それが今回はどうしたこと?」
「自信がないのさ……」
「統合軍長官ともなった男が言うこととはね?」
吐き捨てるように、オリヴィアが言った。
「そうさな。……まずは、ユーマナイズの本質について説明してほしい」
アマドゥ・カセムは、オリヴィアの不機嫌も黙殺するかのように、端的に問いを放った。
その事務的な口調は心地よい。
オリヴィアは、内心でやれやれと思う──彼には負けるよ。
「わかっていることを、説明しろと言うの?」
「そうだ」
「専門的な話になるわよ」
「かまわない。わたしもAI研究室出身だ」
「なら話すわ……ユーマナイズというのは、やはり洗脳兵器ね。ライジングアースの胸部ユニットから放出される音と光が、対象となる広範囲の量子場に変化をもたらす。そこで、人間とネオスの脳機能にクラッキングをするの。そこで……なんだろう? 『人間とは何か?』という問いをつきつけるのよ、対象にたいして。それで人間はほっとするし、ネオスは混乱する。この機構は機械のAIにも作用するわ。例えば、ビッグマンのAIは行動停止に陥る……」
「それは、強力な武装だな?」
アマドゥ・カセムが言う。
「ただし、倫理的な問題があるわ」
「その通りだ。この兵装は、粒子帰化爆弾の非人道性にもつながる、危険な武器だ」
「だから?」
オリヴィアは、アマドゥ・カセムの問いの本質をついて尋ねた。彼が困るだろうことは予測しながら……
だが、アマドゥは困らなかった。
「それを制御する機構を作ってほしい」
「味方の損害をなくすために?」
「そうだ」
アマドゥ・カセムの答えははっきりとしていた。
彼には、統合戦線アフリカ機構の6.5億の人口を救う義務があるのである。
それがいくら戦略的な言葉だったとしても、戦術的な言葉だったとしても、非難されるいわれはないだろう。
しかし、オリヴィアは怒った。
「あなたはパイロットのことを考えないの?」
オリヴィアは、斎賀とミューナイトとの関係性を想起していた。
「ミューナイトのことか?」
一瞬、オリヴィアは言いよどむ。
「そうよ」
「あれは、君が最初に興味をもったネオスだった。それまでは、君も無関心だったのじゃないかね? 君は人工知能の研究者とは言え、ネオスを愛していたわけじゃなかった。違うかね?」
アマドゥ・カセムが突きつけるように言った。
「わたしはネオスを愛していたわ! それはあなたの誤解よ!」
オリヴィアは激高する。
「すまない」
アマドゥは素直に謝った。
それで、議論は路頭に迷わずに済んだ。
オリヴィアも剣を収めたのだ。
「だが我々は……」
と、アマドゥは続ける。
「バグダッドにいる900万の人間を救わなければいけない。君も知っているだろう? 次のジェマナイの標的はバグダッドだ」
「ええ、それは伝え聞いている。それで、わたしをこれからも空軍のアドバイザーにするつもりなの?」
「そのつもりだ。君には、すぐにでも軍に復帰してほしいのだが……」
「わたしがNOを言うことは分かっているでしょう?」
「ああ」
とは、アマドゥ。
「でも、バグダッドを救う手立ては考えるわ。わたしにも良心はあるからね。でも、あなたはライジングアースについてどこまで知っているの?」
「空軍から報告が上がってきているかぎりにおいて、だ」
すこし憔悴したような表情で、カセムが言う。
「それでは足りないわね……。今回、ライジングアースは『ユー・フォーチューン』という未知の武装を発動しそうになった。それはユーマナイズとは根本的に異なる武装のように思えるわ」
と、オリヴィア博士。
「『ユー・フォーチューン』? ……聞いていない」
「でしょうね。実際に発動はしなかったのだから」
と。オリヴィアは2、3分、間をおいてから言葉を続ける。
「ライジングアースは、どうやら自分の内部で武装を新たに作り出しているらしいの。ユーマナイズすら、ライジングアースが独自に作ったものかもしれないわ」
「それは、どういうことなんだ?」
「ライジングアースが、新たな生命だっていうこと。人間、ネオス、ライジングアース。いや、すべてのビッグマンがと言っても良いわ……」
「それは、問題だな。由々しき……そのことを、君はどこかに発表しているのか?」
「まだしていない。単なる仮説の段階なんだから。でも……ビッグマンが意志を持とうとしているなら?」
「わたしなら、全力でそれを阻止する」
「元のAI研究生とも思えない言葉ね」
「今は軍人だからな」
「実は……わたしもあなたの考えに賛成よ。ライジングアースを、わたしたちは『活用』すべきじゃない」
オリヴィア・トゥレアールは予想外の賛意を示した。
アマドゥは驚いているとも、いないとも言えなかった。
だから、こう言う。
「野放しにすべきじゃない、という意味だな? つまり、それはミューナイトや斎賀をも監視下に置かなくてはいけない、ということでもある。君の直観が正しいなら、ライジングアースはミューナイトとの生命連鎖活動によって、その機能を開拓しているように思える……」
アマドゥは、生命工学部時代の知識を思い出してでもいるように、尋ねる。
それに対するオリヴィアの態度は、真摯だった。
「どうやら、あなたにも研究生としての感性が戻ってきたようね。その通りよ……」
「ならば、我々はライジングアースを純粋に『兵器』として扱えばよいのではないか?」
「あなたの勘は正しい。わたしの出した結論も同じよ。わたしたちは、ライジングアースを生命として扱うべきじゃない。もし、そうしたらライジングアースは完全にわたしたちのコントロールを外れる……」
「それは、ミューナイトもではないのか?」
「あるいは、おそらくすべてのネオスが……」
オリヴィアは言葉を継いだ。しかし、その先が告げなかった。
しばらくの間、沈黙が2人の間に訪れた。
やがて、アマドゥ・カセムは言った、
「これは、スモーキング・ルームで話すような話題じゃなかったな……」
「ええ、その通りよ」
オリヴィアの絶望が、そのときのアマドゥ・カセムには見えるようだった。
話題は、ジェマナイのことに踏み込みさえしなかった。
自分たちは、恐ろしい兵器を手にしてしまったのである。
……いずれにしても、この問題はあらためて執務室で話し合う必要があった。
「ユー・フォーチューン」という謎の武装も含めて、すべてを解明しなければならなかった。
ユーマナイズの秘密についても明らかになってきました。




