85.暗躍するヴァレンタイン
闇キャラ二人です。
アルフレッド・ウィンザーは統合戦線の技術革新省にある、情報戦略局のとあるオフィスに招かれていた。
彼を招いたのは、カドリール・ヴァレンタインである。
しかし、それは招かれたというよりも、呼び出しに近いものだった。
アルフレッドはそれを不快に思う。
ただ、彼はそれを表情に表すほと低級な生まれではなかった。
笑顔でカドリールを迎える。
同じく、カドリール・ヴァレンタインも笑顔でアルフレッドに握手を求めた。
「ようこそ、王子。その後のご様子はいかがですか? RSAITecでは?」
「はい。どうやら、会社にもなじんできたようです。あなたのおかげですよ」
「とんでもない。わたしはただ王子の未来を思っただけなのです。政治を進めるには、何らかの基盤が必要でしょう?」
「その通りです。わたしはとても助かっています……」
すこし苦い気もちを噛み殺しながら、アルフレッドは言うのだった。
「今日来ていただいたのは、あなたにお願いがあるからなのです」
と、カドリールはさっそく要件を切り出した。
王子も身構える。
「それはどのようなご用件でしょうか?」
「そうですね。そんなに難しいことではないですよ。政治的なものではありませんが……あなたには、NooSをもっと統合軍に売り込んでほしいのです」
「え? すでに空軍の装備品には、あらかたNooSが導入済みだと聞いていますが?」
「ええ、空軍ではね。……あなたには、陸軍と海軍にもNooSを浸透させてほしいのですよ。あなたならできます」
カドリールは言った。
それに対して、王子は、
「わたしには、軍内へのつてはほとんどありませんが……あなたはおありなのですか?」
「いや、わたしは統合軍長官のアマドゥ・カセム氏とのつながりはありますが、陸軍や海軍にはさっぱりなのです」
「それでは、わたしにも難しいのではないですか?」
「いや、あなたなら可能です。政治力ではありません、あなたの『理想』が陸軍と海軍とを動かすのです」
「そうでしょうか?」
アルフレッド王子は若干眉根を寄せた。
カドリールは表情を変えない。まさにポーカー・フェイスだった。
こんなふうにして、彼は官僚の世界を渡り歩いてきたのだろう、とアルフレッドは思う。
しかし、自分に海軍や陸軍に関するつてが見つけられるだろうか……空軍のオバデレ准将とは、なんとかつながりを保っているが。
なんらかのヒントがほしかった。
「ミスター・ヴァレンタインは、陸軍や海軍のなかで知っている名前はないのですか?」
「そうですね。海軍のエドゥアルト・ガーフィルト准将とは、ちょっとした見識はありますが……陸軍に関しては、アレク・ケルガー中将とラケル・シモンズ准将に若干の縁故があるだけですが……名刺は持っていますので、お渡ししますよ?」
「あはは。あなたが名刺を手放してしまったら、問題でしょう?」
「それではコピーをお渡しします。彼らと彼女に会うときには、私ヴァレンタインからの紹介だと伝えてもらえれば、たぶんスムーズに取り次いでもらえるでしょう」
「そんな簡単なことで……本当に動いてくれるのでしょうか?」
「実は、陸軍将軍の両名とは統合戦線のダマスカス奪還戦のおりにちょっとしたつながりを持っていますので。……ケルガー中将とシモンズ准将はわたしに、いわば借りがあるのですよ。ですから、あなたはそこからつながりを構築していくことができます」
「はっきり言いますね? あなたは……自分の暗部を隠さない。それがわたしがあなたを信用している理由でもあるのですが……」
アルフレッドは、おそるおそるそんなふうに返答した。
計り知れない闇がこの男にはある、と王子も分かってはいた。
しかし、カドリールは冷静である。
「ははは。それが、わたしが王子を信用している理由でもありますよ。まあ、実際に行動してみてください。結果はすぐに出るはずです」
「わかりました。そうしましょう。ところで……」
アルフレッドはもったいぶったように、次の言葉を継いだ。
「統合戦線がクリミア半島から撤退して、一週間になりますね。昨日、ポーランドへの空爆があったとか?」
それは、唐突な質問だった。
「ええ、そうですね。クラクフへの空爆がありました。現在、クラクフには統合戦線とは無関係の空軍施設があります。つまり……これはジェマナイ側の嫌がらせですね。セヴァストポリに対する直接的な復讐ではありません。本格的な報復は、この後始まります」
「つまりあなたも、バグダッドへの攻撃があると踏んでいるのですか?」
アルフレッドは、慎重に言葉を選んだ。
「それは確実です。ジェマナイは、バグダッドを落とそうとしてくるでしょう。それも最大の戦力をもって。これが問題なのです」
カドリール・ヴァレンタインは、若干大げさに言葉を継いだ。
そこから、なんらかの次の作戦が生まれてくる、とでも言いたいように。
……たしかにそうだった。
戦争は、空軍、陸軍、海軍の事情からだけ生まれてくるわけではない。
そこには、必ず政治の思惑が絡む。
だからこそ、戦争は難しいのだ。
ことに、統合戦線という人類中心の勢力とジェマナイというAI中心の勢力とのあいだでは複雑な問題が生じるのだ。
その点は、アルフレッド・ウィンザーにも理解できた。
しかし、彼は若い。
19歳という青年の年齢である。
それに対して、ヴァレンタインは29歳。すでに、政治の泥沼に足をつっこんでいた。
それが、彼の動きとも対応してくるのだが……少なくとも、ヴァレンタインは個人よりも国体を優先するような、そんな性格だった。アルフレッドにはそう見えた。
「あなたには、今後の展開が見えているのですか?」
アルフレッドが尋ねる。
「ええ。ジェマナイはバグダッドに大部隊を送ってくる。でも、それを迎え撃つのは我らがライジングアースです」
「それは心強い!」
王子は心から言った。
それが無邪気な調子を帯びているのに、ヴァレンタインはにやりとする。
Noosにはもっと深い秘密がある、と知っているものの態度だった。
「ライジングアースは、一気に敵を無力化できるのでしょう?」
「そうです。ユーマナイズという武装でです」
ヴァレンタインには、ユー・フォーチューンの情報は伝わっていなかった。
それは、空軍内や斎賀たちにも未知の武装だ。
それがどんな兵装か、という報告が上に上がっているわけはない。共有されていないのである。
──
「バグダッド攻防戦は、南極戦線と同じ結末になるでしょう」
と……ヴァレンタインは言った。しかし、それは嘘だった。
彼も、実はそんなことは信じていないのである。
ライジングアースの能力それ自体を、彼は実際のところ信じていなかった。
だからこそ、今回への王子と陸軍・海軍への浸透工作なのである。
彼は、技術革新省・情報戦略局の任務を忠実にこなしていた。
それが、彼の余裕のある態度の理由でもあった。
アルフレッドは言う、
「わかりました。状況をより確実なものにするために、陸軍と海軍へのNooSの浸透にわたしも協力しましょう。最大限の努力をします」
「それは、早いほうが良いですよ」
ヴァレンタインは、にっこりとほほ笑んだ。
それが策略から来るものなのか、無垢から来るものなのかはわからなかった。
ただ、アルフレッドは、その微笑を信用した。
「ありがとう。今日の対話は有意義でした」
と、アルフレッド。
「こちらこそですよ。あなたの協力があって、初めて統合戦線は機能します。あなたは未来の為政者なのです……」
──
アルフレッドがオフィスを離れた後、カドリールはその上司に連絡した。
「ええ、予定通りに動いてくれました。まずは、上々の働きと言えるでしょう。で、どうしますか? 王子にドローンによる監視はつけますか? ……わかりました。そうですね。では、その通りに……」
不敵かつ不穏な言葉だった。
(あとは、例の同志に真の作戦をつげれば……)
カドリールは、受話器を置きながら、静かにひとつ息を吐いた。
次章は陽キャラ二人です。




