84.未来のゆくえ
斎賀とシエスタの回です。
統合戦線のクリミア半島からの撤退から4日が経っていた。
その間、ジェマナイ側から追加の通告はない。
統合戦線の大統領であるメイサ・ヤハンは作戦の失敗はみとめなかったが、支持率の下降を防ぐために躍起になっていた。
さかんに、テレビ演説で政治宣伝をしている。
とくに、ジェマナイの南極基地を完全に粉砕した、ということが戦果として語られた。
その一方で、クリミア半島から安全に徹底したことことを人道的な配慮だとして、喧伝している。
政治家としてうまい、と斎賀は思うのだった。
斎賀は、夜の滑走路に立ち尽くしていた。
そこへ、紙コップに入れたコーヒーをもってシエスタがやってきた。
夜間照明を受けて、シエスタの瞳が輝いている。
──
斎賀は孤独だった。
自分だけが、統合戦線の戦略の危うさを理解しているのではないか、とさえ思える……
オバデレ准将は南極戦線への自分たちの投入と、セヴァストポリ戦線での戦果を同時に画策していた。
歴史上、二正面作戦が成功した例はほとんどないのにも関わらず、である。
オバデレ准将は、ライジングアースの威力というものを過大評価しているのではないか? と斎賀は思う。
それが、今回のライジングアースの改修にも表れている。
ライジングアースはたぶん、オールインワンの機体ではない。というのが斎賀の推測だ。
そんな斎賀の心のうちを、シエスタは推し量れるわけでもない……
「サイガ、あなたが無事でよかったよ。わたしが無事だったことにも、ほっとしている。それと、仲間たちだな……」
シエスタは言った。
「ごめん、シエスタ。俺はイングレス部隊のことはよくわからない」
「そうだったな」
「イングレス部隊が危機に面していたことは知っている。だからこそ、ライジングアースでかけつけた。でも、それだけなんだ。俺は君といっしょに戦ったわけじゃない」
「ああ、そうだよ。それがすこし寂しい」
と、シエスタ。
斎賀は、驚いたようにシエスタのほうを振り向く。
「今、何を考えていた? サイガ?」
シエスタは聞いた。
斎賀は、正直にそれを答えるべきかどうか迷った。
斎賀の思っていたことは、純粋に戦略的な要素だったからだ。
斎賀は、シエスタにわかるようにかみくだいて説明をしようと思う。
しかし、それは難しいこともわかっている。
情報軍の論理と空軍の論理とでは、別物なのである。
情報軍は、つねに「卑怯」に帰されかねないことを考えている。味方すら欺く。
それが、今のシエスタに向けるべき思考だと、斎賀には思えなかった。
だから、こんなふうに言った。
「シエスタ。ジェマナイは、今回成功した。いつでもアルスレーテに粒子帰化爆弾を使用できる……そう宣言したんだ。この戦争は本当に泥沼になる。俺はそれを恐れている」
「サイガが恐れるなんて。斎賀は勇者じゃないか? 情報戦のプロではあっても」
「たしかに、俺は情報軍にこそふさわしいが?」
「でもあなたは、今はミューナイトのバディだ。前線に出て戦っている。前線にいる兵士に一番必要なものって、なんだかわかる?」
「いや……」
「戦略眼だよ。戦術眼じゃないんだ……」
と、シエスタ。
「それは意外だった」
斎賀は率直に驚いた。
しかし、シエスタは泰然としている。
その裏にあるのは、歴戦の勇者である「亡霊女神」にだけ許されている態度のようでもあった。
「統合戦線は本当に失敗したよ。こちらから核を無際限に使用する、という印象を持たれてしまったら、統合戦線は国際社会のなかで孤立する。それに対して、ジェマナイはあくまでも報復の手段として粒子帰化爆弾の使用を示唆した。正当防衛なんだ、ジェマナイの。西側諸国のなかでも、ジェマナイの管理を受け入れても良いと思っている国は多くある。すべての国が統合戦線の味方じゃないんだ。……統合戦線は、今回本当に間違った」
「でも……そういう戦いをわたしたちは続けないといけないんだろう?」
「ああ、そうだ。俺たちはジェマナイを倒さないといけない。人類の未来のために、というと大げさだが」
「大げさじゃないよ。隣人を救うことは、人類を救うことだと、わたしはそう信じている」
「それは、君の思想?」
「思想といえば、そうだな。大げさだけれど」
シエスタはおどけて言った。
それを、斎賀は至極真面目に受け取る。
ここで戦争哲学をうんぬんする気はなかったが、自分たちが「状況の虜」である、ということは斎賀には十分にわかっていた。
そして、一言一言を発するたびに、シエスタたちを巻き込んでいく。
「なあ、次はバグダッドだよな?」
シエスタは聞いた。
「ああ。そうなるだろう。トルコが統合戦線との同盟から離脱しないかぎり、そうなる。バグダッドを落とすことは、統合戦線の戦力を完全に分断する。あとはアジア圏の動向だな……」
「アジアが参戦したら厄介だな。たぶん、統合戦線は負ける」
「そうなるだろう。そのためにも、バグダッドは守らないといけない……」
斎賀は、慎重に言うのだった。
しかし、そんなふうに話題が深刻になっていくことを、斎賀も恐れていた。
シエスタの心に恐怖を植え付けたとしても、そこにはどんな意味もないのである。
斎賀は、ただ自分の不器用な心を呪った。
シエスタは言った。
「わたし、今回本当に怖かったんだよ? サイガが来てくれないかと思って、心配だった。部下も守らないといけないし、自分も守らないといけなかった」
その言葉に……斎賀は心を痛めた。
「ライジングアースは足が遅いからな」
それだけしか、言えなかった。
それにたいして、シエスタは「バカ!」と言った。
シエスタの心のなかにあったのは、単に自分の安全や生存のことではなかった。斎賀の生存のことをも考えていたのである。
それくらい、南極戦線はぎりぎりの戦いになるとシエスタは知っていた。
しかし、そのことは斎賀には伝わっていなかった。
だから、シエスタはコーヒーに口をつけずに、ただ唇をふるわせている。
夜風のなかで、斎賀の髪を空気がさらった。
シエスタは、ただその長い髪をなびかせていた。
そして、「キスまでの距離は近くっても、気持ちが本当に共有されるまでは遠いんだな……」と言った。
……斎賀はどきりとした。
それは、恋愛感情からでも、責任からでもなかった。
人としての本能が、そういう挙動を斎賀にもたらしたのである。
今度は、シエスタは笑っていた。
それは、女性としての本能だったろう。
男性を、自分たちよりは純粋で鈍感な存在だと思う、そんな母性のような衝動。
それが、今のシエスタを包んでいた。
シエスタは、ほうっと、ため息をついた。
これ以上話しても仕方がない……と、それはあきらめた気持ちの表れのようでもあった。
「ねえ、この後の統合戦線とジェマナイはどうなると、サイガは思う?」
ただ、シエスタはそれだけを聞いた。
「たぶん……統合戦線が勝つ。でも、それは血みどろの戦いだ」
「そうだな。必死の戦いだ」
シエスタもうなずくのだった。
戦況を冷静に分析する斎賀と、ことわざのような言葉で締めくくるシエスタでした。




