82.ジェマナイの策謀
リュシアスとセラフィアの対話です。
リュシアスは、政府専用機であるВП‐1(ヴァズドゥーシュヌイ・プロイェクト1)に搭乗していた。
傍らには、南極戦線から戻ったセラフィアが控えている。
どこへと向かうのか──?
それは、セヴァストポリ戦線で負傷したビッグマンのパイロットを見舞うために、エカテリンブルクへと赴くのである。
同戦線では、3体のビッグマンが破壊された。
そのうち2体のパイロットは存命だったが、重症だった。
統合戦線の戦力は、決してあなどるべきではないのである。
それを、戦略・戦術長官であるリュシアスが直々に見舞う。
ジェマナイの全領土に対する政治宣伝にもなるはずだった。
そうしたシステム(歯車)を、リュシアスはよくよく理解している。
そして、傍らで控えているセラフィアは、そんな彼女に信頼されている存在である、ということを誇りに思うのだった。
機外の光景を、セラフィアは見つめていた。
のどかな農村の風景が広がっている……
しかし、買い手のない作物などはどこへ行くのだろうか、と思った。
ロシア連邦の現在の人口は400万人あまりである。
その人口に比べて、この農村地帯はあまりにも広大に見える。
ジェマナイの人口が15億あまりとは言っても、大部分がアジア圏の住民なのである。
それにしては、よく国体が持っている、とセラフィアは思わざるを得ない。
ジェマナイの管理が行き届いている証だろう。
とすると、アジア圏をも含めた15億の人口というのは多すぎる気もしてくる。
ジェマナイがふたたび人類を淘汰しようとしたとしても、おかしくはないだろう。
セラフィアは、問いかけるべきではないのか? と思われた問いをリュシアスに聞いてみた。
リュシアスは静かに聞いている。
「リュシアス様。今回の作戦は……どのような意向で決められたものだったのでしょうか? わたしを南極戦線に送り、セヴァストポリにはヴォルガを送る。そして、クリミア半島には粒子帰化爆弾の投下を示唆する……わたしにはまだ納得できていないのです」
「一人だけ南極に送られたことが不満か?」
リュシアスが聞く。
「いいえ、そういうことではありませんが……南極戦線は放置して、わたしをセヴァストポリに送ってもよかったのでは?」
「ふむ。そうすれば、南極基地は核攻撃を受けただけだったな。クリミア半島に粒子帰化爆弾の投下を示唆する必要もない……」
「はい。その通りです」
「いいか、セラフィア。こう考えてみるのだ。貴官が南極大陸に赴かなかった場合、NNN‐3、いや、ライジングアースだな。ライジングアースはまっすぐにクリミア半島へとやってきただろう?」
「は。それは想像がつきます」
セラフィアもうなずいた。
「そのとき、どうなっていたと思う?」
とは、リュシアス。
「統合戦線が勝利していたかもしれません……粒子帰化爆弾を使わなければ」
「そうだ。だが、ことはそう簡単ではない。統合戦線が今回企画していたのは、ビッグマンの強奪だったと、わたしは思っている。クリミアが奪われるだけではない。ビッグマンが奪われるのだ」
「それは……ジェマナイにとっては危険ですね?」
セラフィアは眉根を寄せた。
「その通りだ。だから、あらかじめ南極にお前をやって、ライジングアースを引き寄せた。予想通り、統合戦線はライジングアースとともに核を使ってきた。それは、最初の前提と変わらない」
「はい」
「しかし、その後にわたしはクリミアにヴォルガを送り込んだ。統合戦線の戦力にダメージを与えたわけだ。そこで、ライジングアースが再度出撃してくるだろうと、わたしは踏んだ。そこでだ、ジェマナイの覚悟として粒子帰化爆弾の使用を示唆する。……と、どうだろう? 統合戦線の側ではライジングアースを失う恐怖とともに、ジェマナイが一歩も引かない覚悟であることを知る」
「つまり、次の標的はアルスレーテだと?」
「うむ。お前の見立ては正しい。つまり、わたしはこう読んだ。ジェマナイは臆病だ、我々が総攻撃をすれば簡単に屈する……と、統合戦線は考えていた。しかし、こちらには統合戦線が核を使う以上に危険な兵器を持ち合わせている、と奴らに心胆寒からしめるまでに納得させる、そんな手法が必要だと。ライジングアースは二重の意味で囮だったのだよ」
「つまり、ライジングアースにユーマナイズを空撃ちさせる作戦を選んだ……と?」
「そうだ。南極基地の人員たちは何事もなく脱出した。統合戦線は核を無駄に撃ったのだよ。その報復としてジェマナイに粒子帰化爆弾を使わせる、というカードを渡してだ。この戦いは……連中にとっても時間との闘いではなかったのかな?」
「そこまでお考えだったとは……」
セラフィアは言葉につまった。
そこで、セラフィアはリュシアスのジェマナイ本体すら出し抜く作戦の意図を見抜いたのである。
つまり、国際情勢上、核を使用されなかった国が核やそれと同等以上の兵器を使用することは倫理的に問題視される。それを、あらかじめ統合戦線にリュシアスは使わせた。南極基地、という取るに足らない代償を犠牲にして、である。その一方で、クリミア半島の戦線は膠着させる。核でも使用しなければ攻略ができない、という戦況に持ち込む。しかし、そこで核を使用することはクリミア半島の住民を犠牲にする、という観点から問題がある。一方で、ジェマナイは三重政体である。統合政体ロシア・アジア共栄圏の決定事項と、ジェマナイの決定事項とは相反していてもおかしくはない。そこに、ジェマナイ自身の判断として、クリミア半島に粒子帰化爆弾を投下する、という恫喝を統合戦線に与える。これは……次回の攻撃対象はアルスレーテかもしれない、という畏怖を統合戦線に与える。しかも、唯一の切り札であるライジングアースも道連れにして、である。これは完璧な作戦だった。
「まあ、お前がライジングアースを奪還できれば、それに越したことはなかったのだが……」
セラフィアは、あらためてリュシアスの戦略眼に驚く。
そして、次に来るであろうバグダッド攻略戦も、リュシアスの手の中にあるのだろうかと思った。
これは、まるで小説。いや、漫画である。
統合戦線側が何重ものこちらの意図を推測していなかったはずはない。
しかし、それで出した最善の手をも、リュシアスは出し抜いたのだ。
それは、戦略の手腕というよりも、戦術の手腕に近いものだった。
この彼女が、戦士として活躍したのならば、この戦争はもっと早くに終わっているだろう、とセラフィアは思った。
「リュシアス様」
と、セラフィアは尋ねる。
「なんだ?」
「リュシアス様はブラックスワーンダーをご自分の機体にされるとおっしゃいました。この後、戦況が変化すればご自身が前線に立たれるのですか?」
「ああ。そう思っている。以前にも言っただろう? ジェマナイが強いのは、上に立つ者が戦っているからだ、と。それはこれからも変わらない」
「では……来るバグダッド攻略にはリュシアス様が?」
セラフィアはおそるおそる尋ねた。
ジェマナイが次にバグダッドを攻略するだろう、ということは公には子ルーチンたちには伝わっていない。
しかし、オフラインの噂では厳然としてそんな声があった。
セラフィアも、ジェマナイがバグダッドを落とすのは妥当な線だと思っている。
このまま、統合戦線と埒もない戦いを続けていたとしても、地球に平和は訪れない。
ジェマナイのもたらすのが全人類と全ネオスにもたらす平和だと、セラフィアは疑っていないのだった。
「なぜそう思う? わたしが怠惰だと考えているのか?」
逆にリュシアスが質問してきた。
「いえ、そういうわけではありません。わたしは、ただ武人としてのあなたを見てみたいと思うのです」
「そうか。では、その期待は先送りさせることになるな。バグダッドには、ヴォルガとアジンバル公国の部隊を向かわせることに決めている」
「アジンバル……ですか??」
セラフィアが驚いて尋ねた。
「そうだ。わたしの故郷の国だ」
リュシアスは、仮面の下で不敵にそう言うのだった。
そろそろ物語が本格的に動き出します……




