81.セヴァストポリ攻略戦(14)
戦後の話。
「ちっ、リュシアスめ、余計なことを……」
と、ヴォルガは苦々しくつぶやいた。
それは、たしかに余計なことだった。
自分は、あと一歩でライジングアースを倒せそうだったのだ。
しかし、それは「どうなるかわからない」あと一歩でのことだった。
リュシアスの判断に、ヴォルガもうなずくことがある。
自分は、アーシャ・ロウラン三尉以下、三名の部下を無事帰還させなければいけないのである。
万が一……ということで、それがかなわない可能性もないわけではない。
とくに、敵であるライジングアースがあの「ユーマナイズ」という武装を発動すれば……
ヴォルガは、冷静な武人としての心で思った。
イングレスαとエル・グレコが相手であれば、ビッグマンは無双の活躍をする。
しかし、敵勢力にはライジングアースという強力な武装があるのである。
洗脳兵器である「ユーマナイズ」を使われれば、一気にこちらの武装を無力化されるかもしれない。
「これは潮時だ……」
と、ヴォルガも思わないではないのである。
「リュシアス。今回の勝ちは君に譲るよ……。政治的な勝利は僕にはないからね」
と、ヴォルガ。
あくまでも、武人としての姿勢だった。
──
ライジングアースのコックピットのなかでも、斎賀がほっと息をついていた。
「ミューナイト。ユー・フォーチューンは発動していないな? それは、味方にどんな損害を出すかもわからない……」
「サイガ。それは大丈夫だ。しかし……これは本当に危険な兵器なのか?」
「俺には分からない。アルスレーテに帰ってから、整備班に分析を頼もう。なんにしても、戦闘は終わった」
「ああ。終わったな……でも、これでよかったのか?」
「よかったんだ。そう思わなければ、死んだ奴らが浮かばれない」
「そうだな」
ミューナイトも、同じつぶやきを返した。
2人とも、思念通信で会話することを忘れていた。
限界的な状況下で、人は動物的な行動に帰ることがある。
この場合の2人も、理性で話すというよりは、ただ情動で話していた。
それは──「人を救いたい」という情動からだった。
それが「ユー・フォーチューン」を作動させている、ということを2人は知らなかったが、いずれ知ることになる……。
何にしても、これは一つの「終わり」なのである。
──
シエスタは、すぐに空軍部隊のことを考えた。
バグダッドから経ったイングレスαの部隊は、今クリミア半島全体に展開している。
敵の大将が言った、「クリミア半島からの撤退期限」は8時間だったが……
シーウルフも陸上に展開しているはずだ。
彼らを輸送機で完全に回収するためには、8時間で足りるだろうか?
……シエスタは、チーム・アマリのリーダーであるチディ・マベナに連絡を取ろうとする。
チディ・マベナは、今朝の第一陣の攻撃に参加していて、今はバグダッドに帰還しているはずである。
シエスタは、コンソールを操って、バグダッドとの通信を試みる。
その結果……
『その件は大丈夫だ。無事帰ってこれるのであれば、帰ってこい』
との返信が返ってきた。ショートメッセージである。
『了解』
と、シエスタも送り返す。
チディ・マベナは、チーム・アマリA班のリーダーとして、誰も死なせなかった。
自分も同様であれたことに、シエスタは安堵する。
マクシム・オコンジョ少尉は戦死したが、今回の作戦でのチーム・アマリの戦死者は2人だけである。
この甲斐のない戦いで、落とされた人命がわずかであったことを、シエスタは神に向けて祈った。
それがどんな神であるのかはわからなかったが……
──
メイサ・ヤハンは、「今回の作戦は失敗だった」と、大いに悔やんだ。
作戦の責任者である、オバデレ准将にただちに通話を試みる。
オバデレは、巡洋艦ムワタ・ヤムボで泰然としていた。
大統領からの通話に対して、「はい。今回の作戦は失敗でした。拙速だったと言えます」と答える。
「ジェマナイが、味方ごとわたしたちを滅ぼすというのは本当なの?!!」
「ええ。それがAIの本性ということなのです……」
「そうではありません!!」
「ですが、我々はジェマナイの南極基地を破壊しました。一歩一歩の前進が肝要です」
オバデレは、あくまでも冷静である。
今回の、ジェマナイの「粒子帰化爆弾使用」の示唆と、統合戦線の統合軍の撤退も、あらかじめ織り込み済みという調子である。
メイサ・ヤハンはいらだった。
その政治生命を危惧してのことである。
……と、オバデレにもわかっていた。
だから、こう告げる。
「今回の作戦失敗についての責任は、わたしが取ります」
「当たり前です!」
メイサ・ヤハンは、柄にもなく激高して言うのだった。
しかし、オバデレは自らが失脚するのを回避するための周到な手立ては、すでに用意してあったのだろう。
「このことは、長官のアマドゥ・カセムとも協議いたします」
とだけ、答えるのだった……
──
カドリール・ヴァレンタインは、そのころアルフレッド王子に向けて通話をかけていた。
「ええ、はい。今回NooSは正常に機能したようですよ? わたしの得ている情報では、敵のビッグマンを無力化するのに大いに成果を発揮したようです。我々は、ジェマナイに対抗する有効な手段を得たということです。多少の人的損害は出ますが……それも微々たるものでしょう」
「それは、本当なのですか? 敵ビッグマンを無力化したと?」
「はい。対象はヴォルグラスという機体です。ヴォルガという操縦者が操っていますが……そのメインカメラを粉砕し、敵の攻撃力を奪ったのです」
「それは頼もしい! では、わたしたちは、このNooSの開発を続けていけば、いいのですね? ジェマナイに勝てるのですね?」
アルフレッド王子は、興奮気味に言う。
「ええ。必ず勝てますよ……王子はご心配なく」
ヴァレンタインから返ってきたのは、そんな言葉だった。
その胸の奥底に何を隠し持っているのかはわからない。
しかし、現在のアルフレッド・ウィンザーにとって、信頼できる人物はこのヴァレンタイン一人である。
彼と彼との交渉が、統合戦線の軍事戦略の裏でどんな鍵を握っているのか、知っているのは彼ら2人だけだったと言える。
ヴァレンタインは、技術革新省の一官僚ということになっているが、その裏では非合法の市民グループに関わっているという噂もある。
とにかく、謎の人物なのだ。
そのことをうさんくさいと、アルフレッドも思わないことはなかった。
しかし、信頼に足る縁故を失う、ということに関してはアルフレッドはためらわれた。
この世界を人工知能に手渡してしまうよりは、多少は後ろ暗い道を行くほうが確かだと、アルフレッドは思っていた。
そのことが、2人の弟を救う手立てにもなる。
一亡命者としての、統合戦線アフリカ機構内での自分の立場は微妙だった。
この「戦争」が彼自身にもたらすものを、彼は今は大きくも小さくも見ていた。
イギリス王室の復活……ということを、彼は見るわけではない。
ただ、「人類の尊厳」ということをアルフレッドは見ているのだった。
──
「帰還しよう」
と、斎賀は小さく言った。
その胸には、ミューナイトをなだめる心も、自分自身を納得させる心理もあった。
しかし、戦闘は終わったのである。
終わらせられた。
それが、さらなる悲劇を生むものであるのかどうか、斎賀には分からなかった。
ただ、ミューナイトはこう答えた。
「わたし、今ほっとしている……」
第四部はこれで終わりです。次章からは第五部になります。




