80.セヴァストポリ攻略戦(13)
ライジングアースが奮戦する一方で、意外な幕切れが訪れます。
「ライジングアース、本当に来てくれたんだな!」
シエスタは、コックピットのなかで叫んだ。
「そして、アマラ少尉は……」
海面にかすかに浮かんでいるパラシュートを確認する。
きっと、アマラ少尉のものだろう……それ以外には祈るしかない。
シエスタは、フィオリヒト少尉に無線通信で呼びかけた。
「フィオリヒト少尉。ライジングアースが合流した。これで戦況は我々の優位になる。貴官は全力でライジングアースの援護を」
『了解しました』というショートメッセージが返ってきた。
これで、支援体制は万全である。
シエスタは、STSMをヴォルグラスにむけて打ち込む。
これはもちろん、攻撃のためではない。かく乱のためである。
空中をさまようSTSMが、ヴォルグラスの挙動を誘うようにその機体のめぐりをめぐる。
──
「しゃらくさいねえ……。またミサイルかい。でも、僕も傷づくのは好きじゃない」
と言って、ヴォルガはレーザーを発射する。
爆散するSTSM。しかし、それが数秒のずれを生んだ。
ライジングアースからロケットパンチが射出されてくる。
それを、がしっと受け止めるヴォルグラスの両手。
これでは、ロケットパンチでイングレスαを攻撃することができない……
「だから、いやだって言ってんだよ、その攻撃!」
ヴォルグラスはかすかに激高した。
それが、さらにコンマ数秒から数秒の遅れをAI演算にもたらす。
完全に──ヴォルグラスは「とらわれた」状態だった。
──
しかし、その一方でライジングアースのコックピット内でも、斎賀がためらっていた。
「ユー・フォーチューン」という新たな兵装は、ライジングアースが生み出したものなのか?
それとも、最初から備わっていたものなのか……
だとしたら、その効力は何だ? と、斎賀は思考する。
シエスタ機ほか、イングレスαの部隊は今のところ撃墜されてはいない。
ポーランドからの部隊も交じっているだろう。
安全に「ユー・フォーチューン」を発動するためには、それらの部隊を遠ざける必要がある。
しかし……それが叶うのか?
ムワタ・ヤムボ以下、統合戦線の護衛艦や巡洋艦からは艦砲射撃も発射されていた。
しかし、それはヴォルグラスに効く様子はない。
核兵器レベルの熱量が必要なのだ、ヴォルグラスを倒すためには。
それ以外には、物理的な衝撃で敵を打ち破るほかない。
それにもっとも有効なのは、ライジングアースのロケットパンチだ。
「ミューナイト。再度ロケットパンチを射出。ビームで敵の装甲を焼け!」
「了解!」
ライジングアースから再度射出されるロケットパンチ。
その拳が開いて、高出力ビームをヴォルグラスに叩き込んだ。
効いている! ヴォルグラスの装甲が焼けていく音。
ヴォルガは、コックピットのなかで「おおおおお!」と叫んだ。
「ミューナイト、次は敵をキックするんだ。エアリアル・ステップの量子フィールドで、敵の装甲を粉砕する」
「わかった! やれると思う。要は使いようなんだな、武装は!」
と、ミューナイトもいくぶん高揚した調子で答える。
ライジングアースは、敵ヴォルグラスに向けて、左足のキックを放った。
それと同時に、エアリアル・ステップを作動。
両足の先に、量子フィールドが形成される。
それが衝撃になって、ヴォルグラスの機体は数十メートル後退した。
装甲のあちこちに、ひびわれが生じている。
海面に落下する部品。
確実にダメージを与えた。
防御の兵装を攻撃用の武器に変えた。これこそ機転である。
──
「だから、僕はあ……負けるわけにはいかないって言ってんだよ!」
と、ヴォルガは叫ぶ。
ヴォルガは、エカテリングブルクから、ノルニール、リントヴルム、サロメという3体の機体を引き連れてきていた。
それらのパイロットも無事帰還させる使命を、ヴォルガは帯びている。
自分だけが突出したことによって、味方を危機に陥れることはできなかった。
もし、ここで自分がライジングアースに撃破されてしまったら……
敵は、恐ろしいユーマナイズという武装によって、味方を一気に無力化してしまうかもしれない。
常識的な兵士としての理性が、ヴォルガに働いた。
それが、今の彼を利するものかどうかはわからなかったが……
「だが、僕は負けない!」
と、それは24歳という若さがヴォルガに作用した瞬間のようだった。
──
「ミューナイト、どうやら俺たちの攻撃は効いている。聞いているか、ミューナイト?!」
「聞こえている、サイガ。叫ばないで。それより、ユー・フォーチューンの発動はどうすれば良いんだ?」
「……それは」
斎賀は口ごもった。
この不確かな武装を、この状況で発動するわけにはいかない。
近傍には、シエスタのイングレスαもいる。
なにより、この未知の武装によって味方に多大な損害が出たら……
情報軍出身らしい功利的な理知主義で、斎賀は考えを巡らせた。
その考えが、情動的なミューナイトの感性とは反している……そのことも知らずに。
人間がネオス的になり、ネオスが人間的になっているのだった。
その隙が、ライジングアースの挙動に一瞬の迷いをもたらす。
──
「今だ、ロケットパーーーーンチッ!!!!」
ヴォルガが叫び、ヴォルグラスの両腕が飛んだ。
それがライジングアースの頭部ユニットに着弾し、はじけ飛ぶ部品。
コックピットのなかで、2人が悲鳴を上げた。
「だからね~。僕を甘く見ちゃいけないんだってば!!!」
ヴォルガは勝ち誇ったように言った。
このままライジングアースの武装を一つ一つ奪っていけば、自分には確実に凱旋があるはずだった。
しかし……それは一つの声によって破られる。
リュシアスの声が聞こえたきたのだ。
「なんとっ?!」
ヴォルガは驚愕した。
それは、ジェマナイによる、マザールーティーンによる介入以上の衝撃だった。
──
リュシアスは言った。
地球上の全AIネット、全テレビ放送、全ラジオ波を掌握しての放送だった。
「統合戦線の全兵士諸君、ならびにその政治家たちに告げる。ただちにクリミア半島から撤退せよ。貴官らが撤退しない場合、ジェマナイはクリミア半島およびその近傍に向けて、粒子帰化爆弾を打ち込む用意がある。繰り返す。統合戦線の全兵士諸君は、ただちにクリミア半島から撤退せよ。これがなされない場合、ジェマナイはクリミア半島およびその近傍にむけて、粒子帰化爆弾を打ち込む用意がある。この期限は8時間である、そのあいだに、クリミア半島から全兵士を撤収させよ。そして、ジェマナイ側の兵士諸氏も、即時攻撃を中止するのだ」
──
統合戦線の大統領メイサ・ヤハンは驚いた。
「味方を犠牲にして、敵を全滅させるですって? 狂っている?!」
しかし、それは狂気ではなかった。
ジェマナイの理性的な判断である。
ジェマナイは常に理性的にしか判断しない。
ムワタ・ヤムボの艦橋で、クワメ・オバデレはただ一言「うむ」とうなった。
その胸のうちにあるものは測り切れなかったが、艦長であるタファリ・ムレンガはただオバデレの指令を待った。
数分の時間が経過する。
その間にも、艦外ではヴォルグラスと統合戦線側の兵装との戦いが続いている。
ヴォルグラスはロケットパンチを打ち、それをライジングアースが受けている。
イングレスαとエル・グレコは空を舞っていた。
時折、ヴォルグラスの全方位レーザーを受けて、数機のエル・グレコとイングレスαが爆散する。
そのときに味方に走る、絶望的な思い……
「全艦、および全戦力は、これより撤退する」
オバデレが静かに口にした。
タファリ・ムレンガは、同様に静かに敬礼する。
戦闘は一応終了しました。次回でセヴァストポリ攻略戦を終わります。




