76.セヴァストポリ攻略戦(9)
悩むシエスタ……
バグダッドにおける4日目のブリーフィングである。
シエスタは暗い顔をしていた。
それもそのはずで、3日目の戦果は……
3日目:敵ビッグマン撃破1体、敵防空施設破壊2%、イングレスα被撃墜33機、エルグレコ被撃墜45機、輸送機被撃墜4機
敵の防備は思いのほか堅かった。
さらに、トムスクとエカテリンブルクから支援のビッグマンも4体やってきた。
AIネットによる分析では、1体は例のヴォルグラス。残り3体は、ノルニールという第3世代のビッグマン、リントヴルムという第2.5世代のビッグマン、サロメという第3世代のビッグマンらしい。
それぞれ、昨日の戦闘で戦闘機を10機以上撃墜している。
戦況がさらに変化したことは明らかだった。
ヴェガとスホーイだけを相手にしていれば良い、ということではなくなったのである。
とくに、シーウルフの兵士を護送していたノクティルカ4機が撃墜された。このことは大きい。
ノルニールはセヴァストポリ市内に布陣している。
残りの2機は、クリミア半島の付け根と山の中だ。
セヴァストポリ市街を戦場にすることはためらわれた。
そのことが、統合戦線側の攻撃を薄くしてしまう。……艦砲射撃も不発だ。
となると、セヴァストポリ制圧は戦闘機部隊の目視による攻撃にかかってくることになる。
(オバデレ准将は、巡洋艦ムワタ・ヤムボで指揮を執っているらしいが……核でも撃ち込まれたらどうするんだ?)
シエスタは、心のなかで思いを巡らせた。
あまりにもイングレスαとエル・グレコの損耗が多い。
この戦争は、本当に統合戦線を益するものなのか、とシエスタは疑念を抱くのだった。
部下や仲間を無駄死にさせるわけにはいかない……。
たしかに……バグダッドとセヴァストポリ、ワルシャワを一線でつなげば、ここに新しい戦線が生じることになる。
ジェマナイ側の防空圏にたいする攻撃というのも、容易になるだろう。
そして、ジェマナイ側では統合戦線侵略の足掛かりとしてバグダッドを奪取しようとしている、という分析もある。
あくまでも戦略的に見れば、セヴァストポリの攻略は妥当なのである。
しかし、それが人命を犠牲にして得るべき成果なのだろうか?
251機のイングレスαはすでに61機、375機のエル・グレコはすでに88機が撃墜されている。
単純計算で、150人近くがもう戦死しているのだ。
輸送機にのっていた海兵隊員らを含めれば、その数はさらに増える。
先日のアルスレーテ空爆では、21万3000人の市民が犠牲になった。
しかし、同じ数だけの市民の犠牲者を敵側に出せば、復讐はなったということではあるまい。
クリミア半島全体の人口は現在15万人だが……そのすべてを殺しても、等価交換の戦果にはならない。
チーム・アマリのなかでは、すでにマクシム・オコンジョ少尉が犠牲になっている。
ネオスを「弟や妹のような存在」と見なし、あだ名をつけて呼ぶ癖があった。
口癖は「空を見ろ、敵は雲より下にしかいない」だった。
しかし、今回はその不穏な「雲」が厚すぎたのだ……
(わたしたちは、大統領のために生きているんじゃない!)
と、シエスタは思った。
ブリーフィングでは、「全員、生きて還れ」ということを徹底的に訓示した。
これは、国家のための戦争ではない。人間のための戦争なのである。
「とにかく、アマラ少尉。貴官は突出しないでほしい。独断専行は禁物だ。とくに……」
と、シエスタは言う。
アマラ少尉は、
「やだなあ。ンドゥベ少尉と言ってください。これは遊びじゃないんです。リーダーのあなたがそんなじゃあ……」
「ンドゥベ少尉。わたしがB班のリーダーとして失格だと?」
「そうじゃありません。でも、もっとNooSを信じてほしいんです。あれは、俺たちを導くAIです」
「わたしにはそうは見えない……ンドゥベ少尉。今日はビッグマンを倒すことは考えるな」
「分かっていますが……昨日ビッグマンとの対峙を命じたのは、あなたです」
そう言われて、シエスタはどきりとした。
たしかにあのとき、自分はこう言った。
『敵防空施設を攻撃する、という当初の作戦は変更する。今はただ、目の前にいるビッグマンの無力化を最優先せよ……』
しかし、それは仲間を救うためだった。
アマラ少尉と自分の思いというものが異なっていることを、シエスタは意識する。
リーダーとして、何も言えないと、シエスタは思った。
ただ、「命令は守れ」と、アマラ少尉ほか3人の士官に告げただけだった。
「とにかく、ただ生きて還れ」
「了解です!」
──
バグダッド上空は雲一つない晴れだった。
それが、目標となるクリミア半島の暗雲との対峙に思える。
イングレスαのコックピットで、シエスタは(今回は誰か死ぬかもしれないな……)と思っていた。
ライジングアースは何をしているんだ……
南極戦線の戦闘が一日で済んだのなら、セヴァストポリにかけつけてくれてもいいはずだ。
(しかし……)と、シエスタは思う。
南極からここまでの移動は、眠らずの行動になるだろう。
そんな過酷な役目を斎賀とミューナイトに負わせることも、シエスタは重荷に思うのだった。
誘導員が誘導灯でシエスタの機体を誘導している。
ヘルメットのなかで、思わずうなずくシエスタ。
(この戦いを……無駄な戦闘にはさせない)
その思いで、自機を発進させた。
──
そのころ、仮眠を取ったヴォルガはコックピットのなかでむくりと起き出していた。
ヴォルグラスの両手の超音波振動で、メインモニタの汚れを再び洗い落とす。
昨日は不覚を取ったが、その教訓はAI脳に深く刻みこまれた。
──人間は予想外の攻撃をしかけてくる。しかし、それは現在の装備で対処可能だ。
「しゃらくさいんだよねえ。でも……嫌いじゃない」
と、ヴォルガは言う。
それは、武人としての言葉だった。
人間を「スモールマン」とは思っていない。
敬意を払ったうえで、敵を叩きのめそうというのだ。それだからこそ、恐ろしい。
「今日の獲物は、統合戦線の旗艦なんだよね~。巡洋艦ムワタ・ヤムボ、待っていてくださいね」
不気味な笑顔で笑った後、ヴォルガはコンソールに一つのコマンドを打ち込んだ。
「発進」
腰のジェットノズルが炎を噴き出して、ヴォルグラスが空中に舞った。
午前7時。ヴォルグラスは、セヴァストポリ沖合を航行している統合戦線アフリカ機構の旗艦ムワタ・ヤムボへと向けて、進路を取った。
ヴォルグラス、再起動しました。




