75.セヴァストポリ攻略戦(8)
アマラ少尉の作戦です。
味方機は、すでに12機が撃墜された。
敵はこちらの行動を完全に把握している……というか、我々は罠にはめられたのだ。
ヴォルグラス、という機体そのものがおとりだった。
出来るだけ多くの機体を集めて、一気に葬り去る。
そういう作戦を、敵の二将であるヴォルガは立ててきたのだ。
(くそっ、こんなデカ物、相手にしているほうが間抜けだっ!)
思わず、シエスタは舌打ちをする。
先ほど、ワルシャワ基地の部隊に「無事帰還させる」と伝えたのは良いが、それがかなうのか?!
シエスタは高速で考えを巡らせた。
アマラ少尉の放ったSTSMが敵のメインカメラに肉薄する。
しかし、直前で敵のパンチによって粉砕されるミサイル。
白煙が上がる。
ちっ、とアマラ少尉は舌打ちした。
(これは、一筋縄ではいかないね)と、コックピットのなかで独り言ちた。
シエスタも、同じ考えである。
さきほど敵はたぶん、リードル・ワイヤを逆ハックして機体の軌道を捉えた。
だとすれば、敵の照準はネオスによる目視と手動によって行われている可能性がある。
もし、線形の軌道を描いて離脱したとしても、その飛行経路を特定されて撃墜されるだろう。
(……ちっ、離脱が一番のピンチだとはね!)
そう考えている間にも、ヴォルグラスから発射されるレーザー。
エル・グレコ3機がレーザーに当たって爆散した。
「聞こえているか? ミコワイ・ヤロシュ少尉。離脱を最優先に考えろ、敵は強敵だ!」
「しかし、……わたしたちは敵を鹵獲せよ、との命令を受けています」
「そんな命令は無視するんだよ!」
シエスタは、コンソールを高速で操作して、「Ignore order」という文章を打ち込んだ。
ジャミング下でも通じやすい、ショート・メッセージで送信する。
続けて、「Turn circle random」……これで通じてくれ、と祈った。
緑色の森林の上で、ヴォルグラスは白い機体を悠然と左右に振っている。
頭部のメインカメラが、小刻みにふるえるように動く。
(思った通りだ……あのヴォルグラスというパイロット、武人の性格をしている。間合いを楽しんでいるんだ!)
シエスタは、一瞬でどうすれば良いかの結論を出す。
(敵から離れてはだめだ。逃げたら、斬られる!)
シエスタに日本人の血は流れていなかったが、斎賀が見ていたら「日本的だ」と言っただろう。
シエスタは、ヴォルグラスと真剣勝負をすることに決めたのである。
「ミコワイ・ヤロシュ少尉。無線は通じているか? 即座に離脱はせず、5マイルほどの半径を保って、敵の周囲を旋回しろ。たぶん、敵のレーザーは10マイル以上の射程がある。その間に、STSMをできるだけゆっくりと射出!」
「ゆっくりと? 敵には命中させないのですか?」
「ミサイルを撃墜すれば、誘爆の危険性がある。敵も直近でミサイルを撃ち落したくはないはずだ」
「なるほど……名案ですね。当てずにぶつける、ということですか?」
「その通りだ、少尉……」
ザッ、と通信にノイズが入った。
サテライト群や無線通信がハックされている間は、敵がこちらの飛行経路の分析をしているのだ。
そして、通信妨害をかけると同時にレーザーを照射。
こちらが気づいた時には、すでに敵のレーザーによって機体を爆破されている、ということだ。
しかし……そのインターバルさえ分かれば……
と、シエスタは考える。敵の演算を欺いて、虚偽の軌道を見せかけることができる。
8機のイングレスαは、STSMを燃料ジェットぎりぎりの状態まで飛空させてから、ヴォルグラスに激突させた。
散発的に、ヴォルグラスの機体上で上がる爆発。
しかし、厚い装甲にはSTSM程度ではダメージを与えられない。
が、敵の攻撃サイクルを阻害することはできる。
再び小刻みに、左右に首をふるヴォルグラスのメインモニタ。
巨人の痙攣のようにも見える。
STSMの波状攻撃で、ヴォルグラスの機体上ではつねに爆炎が上がっている。
それで視界が阻害されれば良いが……
味方機はすでに15機撃墜されている。
まさに鬼の無双だ。
ヴォルガという武将の名前を、恐ろしいとあらためてシエスタは思う。
「シエスタ中尉……」
と、そのときアマラ少尉から通信が入った。
その声が若干震えている。
「さっき、敵のメインモニタを攻撃しろって言いましたよね? 良いアイディアを思いついたんです……」
「なんだ、少尉?! 自殺行為はNGだぞ? 今いる機体は全機帰還させる」
「へへっ、それでこそ亡霊女神ですよねえ。あなたがリーダーになったときには、俺がサブリーダーを務めますって!」
自信に満ちた物言いだ。
シエスタにも明かしていない作戦を、アマラ少尉は思いついたらしい。
いいだろう。それに賭ける。
「分かった。考えていることがあるんだな? わたしは何をすれば良い?」
「AAMを奴に打ち込んでください。それも、全機。俺はそれより先に……ザッ!」
「なんだ、通信が聞こえない。AAMを射出? 了解したが、貴官は何をするんだ?」
通信機に問いかけるが、応答はない。
ええい、ままよ。少尉の直感に賭けるしかない!
シエスタは、ショート・メッセージを送って残っている全機に通信。ただ、「AAM」とだけ。
7機のイングレスαからAAMが発射された。
アマラ少尉は、それよりもさきにSTSMを発射してヴォルグラスの周りを旋回させている。
「……そうか!」と、シエスタは思った。
再びヴォルグラスから発射されるレーザー。しかし、こんどは味方機のわきをかすめただけだ。
大量のAAMにヴォルグラスも照準をつけかねている。
そのAAMが、ヴォルグラスの顔面へと迫る。
ヴォルグラスの右手が、ミサイル群を払おうと上がった。
そこへ──アマラ少尉の放ったSTSMが放物線を描いて切り込んでいく!
ヴォルグラスのメインモニタの眼前で粉砕される、味方機のAAM。
そのジェット燃料が、ヴォルグラスのメインモニタに降り注いだ。
「なるほどそんな手が……」と、シエスタは手を叩いた。
AAMの液体燃料がぶちまかれた、ヴォルグラスのメインモニタ。
いかにAIが発達しているとは言っても、カメラやモニタは物理的な機械なのである。
茶色の着色によって、ヴォルグラスの視界が阻害されていることが、こちらから見ても分かる。
ぶん、ぶん、と、ヴォルグラスが首を左右に2度、3度と振った。
「今だ。ヤロシュ少尉! 離脱しろ! 出来るだけランダムな軌道を描いて離れるんだ!」
シエスタは無線機にむかって叫ぶとともに、コンソールを操作して通信を送った。
ヴォルグラスから一斉に離脱していく、8機のイングレスα。
そのなかに、当然シエスタの機体もある。
自分は今朝、なんと言ったのか?
──ビッグマンと出会っても戦うな、逃げろ。
そう自分は言った。
しかし、自分は戦ってしまった。
アマラ少尉の機転と正確な射撃技術によって難を逃れたとは言え……
(わたしは、良いリーダーにはなれそうにもないな)
シエスタは、心のなかで苦笑していた。
味方に大きな被害が出ています。




