74.セヴァストポリ攻略戦(7)
ヴォルガ無双とシエスタの活躍です。
旋回半径を徐々に小さくして、ヴォルグラスに迫っていくワルシャワ基地のイングレス部隊。
その数機からリードル・ワイヤが射出された。
膝、腰、右腕、左手にからみつく、リードル・ワイヤ。
リードル・ワイヤからは、対AIかく乱用の電磁波が照射される。
それで、AI制御である敵の機体は行動を阻害、または改変されるのである。
がくり、と膝をつくヴォルグラス。
右手に構えているロケット・ランチャーが、轟音を立てて地面に崩れ落ちた。
腰を変な角度でひねる。
人間で言えば、正気を失っている状態とも見える。
しかし、そのコックピットの内部では余裕のヴォルガ。
何か……隠していることがあるのである。
──
「ヤロシュ少尉、ドンブロフスキ曹長、チャペク曹長。そのままリードル・ワイヤをけん引しろ! 敵の動きを封じ込める!」
「了解しました!」と……3機のイングレスαから返答が返ってきた。
どうやら、無線通信はまだ通じる……そのことがいささか不可解だが?
今、敵を鹵獲できる絶好のチャンスである。
このまま、羽交い絞めのように敵ビッグマンを行動不能にさせる。
あとは、コックピットにミサイルを撃ち込んで動きを封じれば……
ビッグマンの鹵獲はこんなにも簡単なことのように、サーシャには思われた。
──そこに飛び込んできたのは、シエスタ率いるチーム・アマリB班のイングレスα部隊である。
「引けっ! それは罠だ……」
と、シエスタは無線に向かって叫んだ。
「ざっ!」という音を立てて、かき乱される通信。
思った通りだ。このタイミングで、敵は通信をかく乱してきた。
シエスタは、アマラ少尉に敵ビッグマンから十分に距離を取るようにショート・メッセージを送る。
『了解』との返答。
しかし、一同が愕然としたのはその時だった。
敵のビッグマン、ヴォルグラスの機体から全方位のレーザーが照射される──。
次々に爆散していく、イングレスαとエル・グレコ。
シエスタは、ただあっけにとられていた。
そして……サーシャ・グレン大尉には驚く時間もなかった。
コックピットを焼かれ、森へ墜落するイングレスα。
一度に5機のイングレスαが撃墜された。
エル・グレコの2機が翼を焼かれ、不時着していく……。
一瞬のことだ。
「くくく。つまりね……俺自身がおとりっていうわけなんだ。このロケット・ランチャーはブラフなんだよ」
ヴォルグラスのコックピットのなかで、ヴォルガがささやいた。
ぷつり、ぷつりと、切断されていくリードル・ワイヤ。
ヴォルグラスは、もはや敵のいかなるAIコントロールも受け付けていない。
アンチAIサブルーチンが、当初の予定通り機能している。
つまり、ヴォルグラスはリードル・ワイヤを逆ハックしたのだった。
敵の意図に乗る……と見せかけて、リードル・ワイヤの射出元であるイングレスαに疑似情報を送る。
そして、その機体位置をコントロール。
自らが放つ全方位レーザーの導線上に機体を誘導する。
1機、2機、3機、4機、5機……爆散するイングレスαとエル・グレコ。
そんな攻撃をしても、さらに悠然と構えているヴォルグラス。
さらに、数条のレーザーが、その機体から放たれた。
その射線を、すんでのところでシエスタは躱す。
エル・グレコの3機とイングレスαの1機が、さらに撃破された。
シエスタはうなった。
ヴォルガが強敵だということは、すでに把握している。
それが十分に周知されているか、が問題だった、
少なくとも、ワルシャワ基地のイングレス部隊は、彼のことを甘く、あるいは軽く見ていたのだろう。
当然だ。
ビッグマンが統合戦線との直接の戦いに出てきていたのは、今から数年も前のことである。
粒子気化爆弾も使われなくなって、10年ほどになる。
ジェマナイは、ここのところ沈黙していた。
その間に何を考えていたのか、何を企図していたのか……
シエスタには図りようがなかった。
ただ、目の前の惨状がある。
一瞬にして撃破されるイングレスα、墜落していくエル・グレコ。
この戦火はもっと広がる……と、シエスタは思った。
「アマラ少尉、聞こえるか? 敵防空施設を攻撃する、という当初の作戦は変更する。今はただ、目の前にいるビッグマンの無力化を最優先せよ……」
無線による返答は返ってこなかった。
ただ、ショートメッセージで『了解』という返答が表示される。
(ここからは死闘だよ?)
……と、シエスタは思うのだった。
──
離脱しようとして直線状の軌跡になったところを狙われる、とシエスタは思った。
そのため、出来るだけランダムな軌跡を描いて飛行することを、味方機に指令。
僚機のイングレスαは、それぞれてんでばらばらな航跡を描いて飛行する。
それを、ゆうゆうと見守っているのがヴォルグラスである。
シエスタは、「攻撃こそが防御の機会になる」と思った。
STSMを出来るだけランダムな軌跡を描くように発射する。
AAMのような直線的な軌跡は、たぶん一瞬にして捕捉される。
シエスタは、敵AIの裏をかくように、疑似的な飛行軌道をコンソールに入力。
そのまま、それがスルーされて手動で機体を操作できるように変更。
例えばAの軌道を描かなければ飛行できないところを、Bの軌道を描いて飛行できるようにする。
それは、人の力だ。
AIを使って、人の能力をアピールする。
敵ヴォルグラスは、シエスタがめくらましに描いてみせた偽の軌道に向かってレーザーを発射する。
そうだ。そうしていれば、敵のレーザーは当たらない!
「むむっ?! こいつはおかしいね……」
と、ヴォルグラスのコックピットでもヴォルガが怪訝な表情を見せていた。
この軌道は、モスクワで出会ったあの機体に似ているが……
と、ヴォルガはAI脳をフルに使って敵の軌道を分析しようとする。
しかし、そこには「規則性」と呼べるようなものが見当たらなかった。
完全にランダムな航跡を描いて、そのイングレスαは飛行しているのである……
「なるほど。ここにも強敵あり、ってね?」
舌なめずりをしながら、ヴォルガはつぶやく。
それは、軽口ではなく、完全に戦人としての畏敬の念から来るものだった。
(油断できないよ……)
ヴォルグラスは、再び森の中に立ち上がった。
すでに、ロケット・ランチャーはかなぐり捨てている。
「素」のままのヴォルグラスとして、イングレス部隊と対峙しようとしているのである。
「アマラ少尉。わたしは正面から奴にAAMを射出する。貴官は、STSMを使って敵のメインカメラを粉砕してくれ」
「了解です。無線通信をジャミングしないって、敵は余裕ですね??」
「武人、ということなんだろう。それには敬意を払う。しかし、必ず奴を仕留めろ!」
シエスタとアマラ少尉の会話が終わる。
味方機は、それぞれ旋回しながらSTSMを放っている。
ヴォルグラスの周りで、数発の爆弾が爆発し、その機体は揺れるともなく屹立している。
「ワルシャワ基地の部隊……。そちらは誰が残っている?」
「こちらは……ザッ、ミコワイ・ヤロシュ少尉。リーダーのサーシャ・グレン大尉がやられました。こちらに残っている機体は、現在4機」
「なるほど。半数以上がもっていかれたか。だが大丈夫だ、貴官は必ず帰還させる」
「了解。そちらの指示を仰ぎます……」
これで、ワルシャワ基地の部隊とも連携が取れた。
チーム・アマリB班と合わせて8機のイングレスαである。
この数なら大丈夫だ……と、シエスタは思った。
いずれは、自分がイングレス部隊のリーダーを務めなくてはいけないのである。
そんなプライドも、自信も、実力もシエスタにはあった。
(何がどう転ぶかは分からないが……)と、ヘルメットのなかでささやく。
さて、次の作戦は……?




