72.セヴァストポリ攻略戦(5)
出撃前のイングレス部隊とヴォルグラスの動向。
セヴァストポリ攻略戦における、統合戦線側の戦果は以下の通りである。
1日目:敵ビッグマン撃破2体、敵防空施設破壊7%、イングレスα被撃墜23機、エル・グレコ被撃墜25機
2日目:敵ビッグマン撃破なし、敵防空施設破壊3%、イングレスα被撃墜5機、エル・グレコ被撃墜18機
そして3日目。統合戦線側には早くも疲れの色が見えてきた。
セヴァストポリ上空の天気が思わしくないことも、兵士たちの士気に影響を与えているかと思われた。
シエスタ・アレーテたちチーム・アマリB班の面々は、午前六時の出撃を前にして、タージ基地のブリーフィング・ルームでミーティングを行っていた。
それぞれの表情は暗い。
その理由にはいくかのことが挙げられるだろう。
第一に、ライジングアースがこの戦線に参加していないということ。
第二に、統合戦線側がこの戦争のなかで核兵器を使ってしまったということ。
第三に、敵はいつ援軍を送ってきてもおかしくない、ということ。
第四に、味方すら信用できないということ。「NooS」のことだ……。
ブリーフィング・ルームにいる面々は、口々に「海軍の状況はどうなっているのだ?」とささやいていた。
海軍からは、精鋭のシーウルフが参加している。
しかし、海兵隊が活躍できるのは空軍が活路を切り開いて以降である。
自分たちが活躍しなければ、シーウルフの前に開けている道もない、と各々分かってはいるのだった。
そんななかで、アマラ少尉はおかしいほど上機嫌に、シエスタには見えた。
賛同したくないことだが、彼はNooSの威力というものを認めているのである。
シエスタには、それが危険な頽廃のように思われた。
いつか、大けがをしなければ良いが……と、願う。
アマラ少尉は、
「南極戦線は収束したんでしょう? 上はなんでライジングアースを送ってこないんです?」
そうシエスタに尋ねる。
それは一見無邪気とも見える発言だったが、シエスタは深刻にとらえた。
「送らない、とは言っていないらしい。ただ、ライジングアースの飛行速度はノクティルカ並みだから、こちらに到着するまでに2日はかかる。その間に、どこかまた別の場所で戦端が開かれないとも限らない、というのが上の結論だそうだ」
「つまり……セヴァストポリの攻略は俺たちだけでやれ、ってことですね?」
「いや、分からない。実際、統合戦線はライジングアースを送ってくるかもしれない。まだ決まっていないんだよ」
シエスタは呆れながら答えた。
「そうですか……。戦争に定石はないって言いますが、味方のロボくらいには、参加してほしいですね」
「上は、NooSにかけているからな」
「その点については、俺も賛成です」
「それ、危険だよ?」
シエスタは釘を刺した。
アマラ少尉は、(それも織り込み済み)といった顔をする。
実際、彼のパイロットとしての技量は一流だった。
チーム・アマリのなかでは、シエスタと一、二を争うだろう。
しかし、シエスタはそこに危うさを見てしまう。
年下である自分が、アマラ少尉に対しては姉のような気もちになってしまうのだった。
「なんにしても、今日はディストリクト‐Cの防空施設および防空車両の攻撃が主な目標だ。ビッグマンが出てきたとしても、相手にしない」
「逃げる、ということでしょうか?」
と、フィオリヒト少尉が尋ねた。
「そうだ。逃げる。おとといのビッグマン2体の撃破は、ビギナーズ・ラックによるものだと、上は結論を出した」
「それって……俺たちがなめられてるんですかね?」
と、アマラ少尉。
「いや、違うだろう。イングレスαの被撃墜数が、当初の想定よりも多かったということだと思う」
「じゃあ、これ以上敵のビッグマンが出てきたら……」
「ああ。援軍は怖いな。ヴォル……なんとか、ってやつが出てくる可能性もある」
「ヴォルグラスですね。ジェマナイの戦術特務二将のヴォルガが操っている機体です」
「それだけで済めばいいが……たぶん、そうはならない」
思案顔のシエスタ。
「……ジェマナイが核を使うと?」
と、尋ねたのはタビサ・エングロベ曹長である。
「ああ。粒子気化爆弾でクリミア半島ごと吹っ飛ばすとかな……」
「ライジングアースもいないのに、ですか?」
「ライジングアースをおびき寄せて、だよ」
シエスタの言葉で、皆が腑に落ちた、という顔をした。
「敵にも味方にも、『オニ』と思われる機体かあ……」
アマラ少尉がふとしたつぶやきをもらした。
その場の空気がいっそう重くなったことに、アマラ少尉は狼狽した。
「いや、俺はべつに……」
そう言うアマラ少尉の肩を、シエスタが叩いた。気にするな、という意味である。
──
一方のジェマナイは……
エカテリンブルクで、ノルニール、リントヴルム、サロメの3体と合流したヴォルグラスは、南西に進路を取った。
ヴォルグラスは飛行形態に変形できるが、残りの3体は超大型輸送機であるVetr‐90(ヴェトル)に搭載されている。
クリミア半島のどこかで、これら3つの機体を降下……まあ、落下させるのだ。
そこからは、自分の足で立って歩いてくれよ雛鳥たち、というのが上の作戦だった。
「どこでも状況開始地点になるってね? ……というかさ、俺の状況はもう始まっちゃってるのよ」
コックピットのなかでうそぶく、ヴォルガ。
敵がムルマンスクに潜入した際の作戦は手痛い失敗だったが、今回はそんなことにはならない。──という自信がある。
「ふうん、ノルニールのパイロットは人間か……。例の通り、脳にチップ入れられて強化されてんのかね?」
ヴォルガは、アーシャ・ロウラン三尉を気遣うとも侮るとも分からないような独り言を言う。
「お三方には盛大におとりをやってもらって、だね。俺は敵の主力を粉砕するとしますか……」
唇のはしににやりとした笑みを浮かべて、舌なめずりした。
肉食動物の勘がヴォルガに戻ってきた瞬間だった。
そして、レーダーとコンソールとを交互に覗いていたヴォルガは、ふと嬉しそうに声を上げた。
「おお、やるねえ。統合戦線。また1体ヴェガを撃破、と。すると……俺だけが余ったちゃんになるってわけだな?」
意味深な言いようである。
クリミア半島が近づいてくる。
ヴォルガは、3機のVetr‐90に散開の指示を出した。
「それぞれの降下地点で、壮大な武力をふるってくれ?」
メッセンジャーによる通信を出す。
3人それぞれのパイロットから、「了解」の返事が返ってきた。
しかし、ヴォルガはその返信を気にも留めていない。
──
(ジェマナイにもおとりを出す余裕はあるってね? ……くすくす)
(そして俺にも……)
と、何やら意味ありげなことを考えるヴォルガ。
3機それぞれの僚機は、自らが定めた状況開始地点へと向かっていった。
それを尻目に、ヴォルガはいち早く自機を人型形態へと変形させた。
ヴォルガ無双の始まりです。




