71.セヴァストポリ攻略戦(4)
ジェマナイ視点です。
トムスクの作戦室B‐21の室内に、リュシアスはひとりたたずんでいた。
室内には、MVによるクリミア半島の映像が、いっぱいに写し出されている。
リュシアスが歩くたび、その街並みが、山が……さざ波をうつように揺れた。
薄暗く照明を落とされた室内に、戦術特務二将のヴォルガが入ってくる。
ヴォルガよりもリュシアスのほうが階級が上なので、一応の敬礼を取った。
ただし、唇の端に浮かぶ苦々しさは隠さない。
ムルマンスクにおけるNNN‐3の奪取事件以降、彼は微妙な立場に立っているとも言えた。
もちろん、それはジェマナイの作戦の失敗によるところが大きいのだが……
それでも、リュシアスが自分を閑職に回そうとしているのではないか、という疑念も彼にはあるのだった。
しかし、それは杞憂である。
「ああ、来たか。怪我はすっかり良くなっているようだな?」
と、リュシアス。
「かすり傷ですよ。あんなものは3日もすれば治ります」
ヴォルガは強気で答えた。
「威勢がよくて良いことだ。貴官もトムスクに移籍してしばらく経つ。暇をもてあましているのではないか、と思ってな?」
「これは痛み入るご配慮ですね。リュシアス閣下」
「まあ、皮肉は止せ。南極戦線の情報は貴官にも入っているな?」
「もちろんです。マウント・ハンプトン基地が核で吹っ飛ばされたとか……」
「そうだ。しかし、あれはいいのだ。ジェマナイの想定内だった。だが……」
「だが、なんでしょうか?」
「今後の作戦にとって、それがプラスになるのか、マイナスになるのか、わたしは測りかねている」
と、リュシアス。
当然の迷いである。
ヴォルガ二将は、顔をしかめながら端的にこう言った。
「ジェマナイの計算通りなのでしたら、それが正しいのでしょう。南極基地に人員を割くよりは、統合戦線に重荷を負わせたほうが良い、というジェマナイの演算結果なのでしょう?」
「ああ、それはたしかにそうだ」
言って、リュシアスはしばし考え込むようにした。
「向こうが核を使ったとすれば、こちらも核を使う手が解禁される。粒子気化爆弾でクリミア半島ごと敵を葬る、という手もあるだろう。それも考えてはいるのだが、ジェマナイの意向はどうやらそうではないようなのだ……」
「ジェマナイの意向とは? 一級神託士の資格も持っているあなたが迷うとは、ね?」
ヴォルガは皮肉に言う。
「まあいい。その話は後回しにしよう、ヴォルガ二将。ヴォルグラスの改修は済んでいるか? 貴官直々の改修の要請だったと聞いているが?」
「まあまあ、ですね。わたしの要望を整備班に取り入れてもらいました。これでヴォルグラスは無双になるかと……」
「そうであれば良いな」
リュシアスは冷たく言った。
いや、それはリュシアスがヴォルガに対して冷淡である、ということではなかったのだが。ヴォルガも、その辺のところはわきまえているようだった。
一呼吸おいて、リュシアスは言う。
「では、貴官に別戦線であるセヴァストポリへと赴いてほしい。護衛にビッグマン3機をつける」
「ひゅーうううっ!」
ヴォルガは口笛を吹いた。
それはそうだ。
ビッグマンを動かすには莫大な金がかかるのである。
1体を動かすと言っても、笑いごとでは済まない。
「では、操縦士には誰を?」
「ああ。ノルニールのパイロットにはアーシャ・ロウラン三尉、リントヴルムのパイロットにはコバルトレオ一曹、サロメのパイロットにはニクス=EA一曹をつける。どうだ? うまくやれそうか?」
「それはあのう? 部下を思い通りに操れるかってことですか?」
「無論、そうだ」
「でしたら、わたしはチームのパイロットを野放しにさせます。そこで死んじまうパイロットなら、斬首台の上で死んだほうがいい。わたしはそう思いますがね。ですが、良いでしょう。この3人、たしかにトムスクに生還させてみせます」
「よろしく頼む、ヴォルガ二将」
リュシアスは鷹揚にうなずいた。
ヴォルガは心の端でむっとするが、一礼して答える。
あくまでも、自分はリュシアスの部下の身なのである。
「ところで、リュシアス一将。セヴァストポリ戦に例のビッグマンが現れる、ということはありえますかね?」
最早獲物を狙うというような目で、ヴォルガが尋ねてくる。
そのまなざしを、リュシアスは不気味だと思った。
しかし、そのことはこの場では表さない。
「敵は、例の機体を『ライジングアース』と呼んでいるようだよ? まあ、出てくるか出てこないか、状況しだいだろう」
とは、リュシアス。
「あいまいなんですな。『ライジングアース』とは、ほう? そんなダサいネーミングも統合戦線にはお似合いということだ」
「気をつけろ? 敵のビッグマンはあくまでも我々が開発したものでもあるのだ」
「分かっております、一将。要するに、例の未確認の武装を発動させなければ良いのでしょう?」
ヴォルガが言うと、リュシアスは黙った。
その沈黙を、当然ヴォルガは自分自身の応答によるものだと考えたが……実際は違っていた。
リュシアスは、セラフィアのことを考えていた。
「なにか、気がかりなことがあるのですか?」
「いや……セラフィアが撤退を迫られた。例の武装でな?」
リュシアスは、ユニット・マーキュリーを介して送られてきた、セラフィアの例の通信のことを思っていた。
「まさか、敵に寝返ったんでは……」
「それは、ない」
即断するリュシアス。ヴォルガは、「やれやれ」と言った顔をする。
「セラフィアにはNNN‐3の鹵獲を命じていたが、……かの機体のパイロットたちは、すでに十二分に機体を運用できているようだ」
「それは、芳しくない知らせですね?」
それからしばらくの間、言葉を重ねてから、ヴォルガは退室した。
クリミア半島の地図が写し出された作戦室のなかに、リュシアスはひとりだけ残る。
──
南極を統合戦線の手に渡すということは、敵側の兵力を分散させる、という点において良い。
しかし、ジェマナイはこのセヴァストポリの攻略戦にあたって、「粒子気化爆弾の使用も辞さない」と告げてきた。
たしかに、統合政体ロシア・アジア共栄圏の全人口からすれば、クリミア半島の人口など微々たるものだ。
敵のイングレスαを100機や200機を市民とともに葬ったところで、それが現在の世界に影響を及ぼすとも思えない。
だとしたら……何が問題だ? ジェマナイの意志とは……
たしかに、バグダッド‐セヴァストポリ‐ワルシャワの戦線がつながれば、それはジェマナイにとって最大の不利となる。
しかし? ジェマナイが今さら人類の殲滅を望んでいるわけでもあるまい?
リュシアスは、ヴォルガのいない室内を1歩、2歩と歩いた。
立体映像が歪んでは消え、また像を取り戻してはかすかにふるえる。
(こうしていると、まるでわたしは神のようだな……)
とは、リュシアスの素直な感慨である。
しかし、神は人の手によって殺される。
イングレスαは「人」のメタファーなのか? それとも?
リュシアスは、「くくく……」と、ただ人でもネオスでもないような笑みを笑って、あとはしばらく一言も発しなかった。
どれくらいの時が経ったのだろうか。
リュシアスは、足元にあるひとつの町を踏みにじった。
──ジェマナイは「勝つため」ではなく、「選ばせるため」に戦争を続けている。
それが人間を計算の一部にする、もっとも確実な方法なのだ。
「とにかく、大統領には一言告げておかねばなるまい……」
それだけを言って、リュシアスはひとり静かに作戦室を退室した。
不敵に微笑むリュシアスでした。ヴォルガ出撃します。




