70.セヴァストポリ攻略戦(3)
いったん戦闘が終わりましたが……
タージ基地にイングレスαを着陸させたシエスタは、雨の滑走路を駆けていった。
アマラ少尉はどうしただろうか……?
もちろん、乗機が帰還していれば、彼の体は無事であるに決まっている。
しかし、問題はそういうことではなかった。
すぐさま、ブリーフィング・ルームと休憩室に顔を出す。
アマラ少尉は食堂にいた。
遅ればせのランチを取っている。
「なんだか俺、食欲がわかないんですよね……」
と、さっきは言っていた。
そばに近寄っていって、声をかける。
「無事だった? アマラ少尉」
「ん? なんですか唐突に? この通り、ぴんぴんしていますよ?」
「いや、そういうことじゃないんだが……まあ、いいや。今日の任務はこれで終わりなんだから、ゆっくり休んで」
「もちろん休んでますよ、シエスタ中尉。なんか変ですよ?」
「うん。ちょっとだけ気がかりだっただけよ。あなたは突出しすぎるきらいがあるからね。でも、忘れて?」
コーヒーを買いに立ち、またアマラ少尉の元へと戻ってくるシエスタ。
その向かいの椅子を引いて座った。
「さっきの戦闘でね……?」
「なんです?」
「いや、イングレスαが変な指示を出してきたの。後でログを確認して分かったんだけれど……」
シエスタは、いつになく厳粛な口調で言う。
「イングレスαが、というと『NooS』ですね?」
と、アマラ少尉も相槌を打つ。
「そうだ。あのOSがおかしなことを言っていた。……敵ビッグマンの膝関節にリードル・ワイヤを射出してけん引しろ、と言うんだ」
「なんです、それ? それって自殺行為じゃないですか!」
アマラ少尉は驚く。
「ああ。あのOSには不気味なところがある。本当に役に立っているのかどうか……」
シエスタは、伏し目がちになって言う。
「役に立っていますよ、中尉? あのOSになってから、イングレスαを無理に旋回飛行させても、機体がぶれないんです。機体制御システムが働いているんだと思いますが、パイロットの操作はごくわずかで済みます」
と、アマラ少尉。
「それが怖いんだよ、わたしにとってはね。まるで機体に操られているような感覚になる」
「考えすぎですよ? 単なるOSでしょう、『NooS』って?」
「いや、人工知能でもある。それがジェマナイのような意志を持っていたら、と考えるんだ。少尉はどう思う?」
「そうですねえ……。ライジングアースにも意志があるって聞いていますし、今どきのAIなら普通だと思いますがね」
「ああ。しかし、わたしは自分の勘を信じて飛びたい」
「俺もです」
アマラ少尉が最後のパンを一切れ、口のなかに運んだ。
シエスタは、それをじっと見守っている。
戦場での、つかの間の平穏な光景がそこにはあった……あるはずだった。
2人が黙りあっているところへ、フィオリヒト少尉がやってきた。
23歳のネオスで、外見は人間でいえば30歳くらいに見える。
チーム・アマリへは最近になって配属されたが、それまではずっと別部隊でエル・グレコのパイロットをしていた。
主に輸送任務の護衛を担当していた、と聞いたことがある。
その彼が……
「嫌な知らせを持ってきました」
「なんだ、その嫌な知らせって?」
B班のリーダーであるシエスタは、すぐに確認してみる。
「どうも……統合戦線が核兵器を使ったらしいのです」
フィオリヒト少尉は、慎重に言葉を選びながら言った。
「なんだって? どこでだ? ジェマナイの南極基地でか?」
「その通りです。これを見てください。サテライト群をハッキングして得た画像なんですが」
フィオリヒトは、自分のスマートフォンの画面を操作して、一つの画像を映し出す。
「これは……核の跡だな。戦術核だろう」
シエスタは、スマホの画面を見ながら、即座に同意した。
そこには、1つの山ごと消し飛んだ基地の残骸が高高度から写し出されている。
「統合戦線が核を使ったとなると……」
とは、アマラ少尉。
明らかに動揺している。
「ああ。ジェマナイ側も核を使う可能性がある。核ならまだいいが、粒子気化爆弾となると……」
と、シエスタ。
「1つや2つの都市が消滅するだけでは済みませんね?」
フィオリヒト少尉は冷静に答える。やはり、ネオスである。
「本当に嫌なニュースを持ってきてくれたな……」
シエスタは、髪をくしゃくしゃさせながら、テーブルに肘をついて呟く。
「統合戦線はジェマナイに核使用の通告はしたんだろうか?」
アマラ少尉が聞く。
「それはしているだろう。事前通告をしなければ、国際法違反になる。しかし、そういう問題じゃないな、これは。わたしたちはスケープゴートだったのかもしれない」
「わたしたちは何のために戦っているんでしょうね?」
アマラ少尉も不審にかられたような様子で、そっと呟いた。
「それと、さっき中尉たちが話しているのを小耳にはさんだのですが……」
「なんだ?」
「例のOS、『NooS』のことです」
「ああ。その話をさっき、アマラ少尉としていたんだよ。おかしなOSだって」
「わたしの機体も、変な指示を出してきました。ビッグマンの股の間を飛行しろ、と言うのです」
と、フィオリヒト少尉。
「正面から飛行しての誘導を命じたときにか?」
「そうです。さすがにこれはおかしな命令だと感じて無視しました。最初は、あなたからの通信だと思ったのですが」
「わたしはそんな無茶な指示は出さない。『NooS』だな……」
「『NooS』には、オーストラリア空軍のシステムが流用されているという噂もあります。なんでも、RSAITecの幹部の1人はオーストラリア共和国の出身だとか。同国の技術産業相のアーネスト・クローヴァーという政治家とのつながりもあるとされています」
「すると、この間亡命してきた機体も怪しいか」
「ええ。あの機体には、統合戦線にはない技術が使われている、とも聞いています。ライジングアース同様、未知の兵器です」
「それが味方としてふるまってくれれば心強いが……」
「そうです。暴走の危険性がある、と言って良いでしょう。あくまでも予想ですが」
フィオリヒト少尉が、独自に分析した考えを述べた。
それは説得力のある意見である。
シエスタもうなずくしかない。
「なんとかバックドアを作って、いざというときに『NooS』の制御システムをキャンセルできるようにできないか? チーム・アマリのイングレスαだけでも、カスタマイズしておきたいんだが?」
シエスタは尋ねる。それにたいして、フィオリヒト少尉は、
「できると思います。バグダッドの整備班にも協力してもらって、今夜から始めましょう」
「そうだな。一番良いのはアルスレーテに帰ってから処理することだが、今は時間がない」
シエスタは言った。
その日の被撃墜数は、イングレスαが13機。エル・グレコが25機だった。
健闘した、とはとても言い難い数字だ。
そのぶん、人が死んでいるのである。
反対に、こちら側が撃破したビッグマンは合計2体。
このままの足し算で、2日後に戦闘が終わるとは、とても思えない。
何よりも、ジェマナイが味方ごと核や粒子気化爆弾を使って攻撃してきたら……ということをシエスタは恐れた。
不穏な真実が明らかになりました。




