7.シエスタ特攻
シエスタが活躍します。
「ちぇっ、サイガのやつ、やりやがった……AI計器が全部おしゃかだ!」
シエスタ・アレーテは、イングレスαのコックピットでなかば嬉しそうに、なかば苦々しくつぶやいた。
ヘルメットの奥の顔は笑っている。
口紅を引いている。虫歯はない。
子供のころから虫歯が1本もない、ということがシエスタの自慢だった。
戦闘前には、かならず濃い赤の口紅を引くことに決めているのだ。
斎賀が放ったジャミング・プログラムのために、敵味方を含めて計器類が混乱していた。
オーソドックな備え付けの計器類は無事だったが、AI計器には奇妙な文章……(ポエムか?)が表示されている。
「ハンプティ・ダンプティが落っこちた
王様の馬と家来の全部がかかっても
ハンプティを元に戻せなかった」
(なんて皮肉なんだ。あたしたちはハンプティ・ダンプティとやらか?!)シエスタが心のなかで毒づく。
すでに味方は、3機が撃墜された。残っているイングレスαは合計7機だ。
(チーム・アマリも合流しているらしいが……)
シエスタは、目視で敵の数を確認した。4……いや、5か?
シエスタは、バグダッドの統合戦線前哨基地から単騎で合流していた。
この時代、人類な主な勢力圏はアフリカとオーストラリアである。
ヨーロッパと北南米の大部分は、ジェマナイの攻撃で砂漠化している。
アジアは不明だ……。ジェマナイに直轄管理されているというが、人口すら分かっていない。
もう、ジェマナイの絶対防衛圏内にずいぶん深く入り込んでいる。
モスクワからは20キロ、いや30キロという距離だろうか?
このままノクティルカを逃がすことができれば良いのだが、そう簡単にも行かないだろう。ノクティルカの目的地はムルマンスクだと聞いている。
最大速度で飛ばしても、1時間以上はかかるだろう。
シエスタが機体を急旋回させて、機首を北東の報告に向ける。
「さっきの戦闘で、だいぶノクティルカを先行させることができたが……チーム・アマリ、聞いているか??」
「なんだ、その生意気な声は? ふむ。お前、シエスタ・アレーテだな? 『亡霊女神』の。バグダッドから救援が来るとは聞いていたが、ジャストなタイミングだったな?」
「過去の話はいい。今は現状を!」
シエスタはいらだつ。
「こちらは、チーム・アマリのリーダー、チディ・マベナだ。さっき、ルイス・ニャシとヤシホ・スレダーがやられた。あと、マーティ・アロイが。……残っているのは6機だ」
「すまない。追悼は基地に帰ってからしよう……」
シエスタは眉根を寄せた。
しかし、チディ・マベナは平静な顔のままである。
「そうだな。AI計器が全部おしゃかなんだが、これは敵の攻撃なのか?」
チディ・マベナが質問を投げかけてくる。
「いや、サイガがしかけたらしい。やつはクラッキングのプロだ。現状では、敵も混乱しているだろう」
「サイガがか? 腕が立つとは聞いていたが……それじゃあ、目視による戦闘だな」
「そうよ。計器を見ずに飛べるようじゃなきゃ、パイロットじゃない!」
「軽口を言っていると、撃ち落されるぞ? 敵にはまだビッグマンがいる」
「ビッグマン以外の残りは?」
「3機だ。さっき、1機を追加で撃ち落とした」
「さっすが、やるう!」
シエスタは指を鳴らしたい気分になる。しかし、戦場で浮かれることはご法度だ。
今はヤロスラブリの上空だろうか? いや、もっと北極海に近づいているような気がする……
敵のビッグマンは、ふたたび飛行形態に変形して、自分たちを追ってきている。
まずはスホーイを落とすのが先決だが?
敵も燃料を使い切っていると思う。
なんにしても、ノクティルカの足が遅い。
混戦で編隊全体の速度が落ちていることは確かだが……
「さて、やっこさんたち、見逃してくれるかな?」
シエスタは、操縦桿を握って機体を上に向けた。
高度を7万フィートほどに上げる。
(これでわたしの「目」があれば、スホーイを視認することができるだろう)
それから、きりもみ飛行で急降下する。
機体周囲にまいたチャフが、たぶん敵のミサイルからは守ってくれる。
あとは、ビッグマンの放つ光線だが……避ける自信はある!
高度5万フィートまで急降下して、スホーイの群れのなかに突っ込んだ。
降下しながら、AAMを2発打ち込む。
白い閃光と爆炎。スホーイ2機をとらえた。
「やった! グッジョブ、わたし!」
──ばあん、という衝撃波。
(これで、残っている敵はスホーイ2機とビッグマンか……)
チーム・アマリが、さらに1機を撃墜した。
これで、ビッグマンを裸にできる。
と、その時、シエスタの眼前に飛行形態のビッグマンが姿を現した!
「くそっ、こんなところにいた!?」
「うむっ?!」と、ヴォルガは息を飲む。
その間にも、味方のイングレスαが、ビッグマンの放つ光線で2機撃墜される。
「奴が人型になれば……」
シエスタの目論見通り、ヴォルガのビッグマンは人型形態に変形した。
「やりっ! あたしたちだってねえ……あんたがたの弱点は研究しているんだよっ!」
ヴォルグラスが腕を伸ばして、右腕のロケットパンチを放った。有線で2マイルほどの半径でスムーズに動く。それが、イングレスαの旋回半径と一致する。シエスタの機体を、ヴォルグレスのロケットパンチがかすめる!
「なめんなよ、ってね!」
シエスタは、リードル・ワイヤを射出する。それが、ヴォルグラスのロケットパンチとからみつく。
ヴォルガは、敵のふいの物理攻撃に狼狽した。
(くそっ!?──ヴォルグラスの……ロケットパンチがっ!? こんな攻撃は聞いていないっ!)
「今だわ、クラッキング・キーウィ作動! おまぬけさんね? これであなたはあなた自身に撃墜されるのよ?」
シエスタが声高に叫ぶ。スイッチの作動音。
途端、ヴォルグラスのロケット・パンチが急反転すると、ヴォルグラス本体にむかって滑空しはじめた。
ヴォルグラスの胸部分に、ロケットパンチが衝突する。
ガコン! という大きな音。
「うおおおおっ!」と、ヴォルガ。
「はっは。統合戦線を甘く見たわね? だてに先進国じゃないって!」
シエスタはヘルメットごしに笑った。
……そのまま、シエスタの機体は北極海に向けて飛び去った。武装はすでに使い切っていた。通信ノイズの奥で、誰かが笑っていた気がした。ノクティルカはそのまま北東にむけて、ひた走っている。
ちょっと武器のネーミングとかまあ適当なんですけれど。




