68.セヴァストポリ攻略戦(1)
場面は変わって、バグダッド~セヴァストポリになります。
バグダッドの空港を出て1時間。
セヴァストポリの上空は雷雨だった。
シエスタ・アレーテは、ヘルメットのなかで唇をかみしめていた。
戦況は思わしくない。
敵ビッグマン1機を撃破したものの、イングレスαは5機が失われた。
これで、今日3度目の出撃である。
……2時間の出撃と2時間の休憩。それを繰り返す。
今朝は、午前6時からの作戦開始だった。
昨日……古巣であるバグダッドに赴いてきたのである。
かつての同僚たちは、シエスタにむかってからかう言葉をかけた。
「よう、亡霊女神! 今度は自分だけ生き残ったりしていないだろうな?」と。
シエスタは苦笑しながら答える。
「今度は仲間を守ってるよ。わたしだけ生き残ったりはしない……」
「生き残れるのも才能だ。そして、それが仲間を救う」
「そうだな。ちょっとのプライドも、戦況に影響する。プライドは忘れないようにしているよ」
胸の内の思いを引き締めるように言う。
「そうだ。それが大事だ。今回の作戦もよろしくな!」
と……
バグダッドに駐留している部隊は、シエスタとは別行動である。
そのことが少し、シエスタにとっては寂しくもある……
チーム・アマリは、5機ずつ4班に分かれて、敵に波状攻撃を加える。それぞれ、30分のタイムラグがあることになる。
シエスタは、チーム・アマリB班のリーダーを務めることになった。
そのメンバーは、シエスタほか例の陽気な性格のアマラ少尉、ネオスのフィオリヒト少尉、ルウェリン・カマウ曹長、タビサ・エングロベ曹長の5名である。
作戦の主目的は、敵地上施設の破壊だが、ビッグマンが配備されていることが問題だ。
すでに、他の班や他のチームはビッグマンと交戦している。
敵ビッグマンは第二世代のヴェガだが、あなどるわけにはいかない。
飛行形態への変形機能はないため、地上にべったりだが、それでも動く要塞といった風格がある。
そんなところに、アマラ少尉が無線通信で話しかけてきた。
すでに、AIネットとサテライト群は使えない。敵は目視する必要がある……
「こちら、アマラ・ンドゥベ。シエスタ中尉、ご機嫌はいかがですか?」
軽口である。シエスタは苦笑する。
「アレーテ中尉と呼べ、作戦行動中だ」
「作戦行動中だからですよ。……我々の目標は敵防空施設、ということで良かったですか?」
「ブリーフィングの通りだ。ディストリクト‐Bのイージス設備を攻撃する。海軍を支援するためだ」
「海兵隊はよろしくやっているんですかね?」
「シーウルフを信じろ。彼らは、すべきことはする部隊だ。我々も、自分たちの義務を全うする」
リーダーとしての口調である。
いつもの、穏やかな調子ではない。
アマラ・ンドゥベは、思わず頭を掻きそうにした。
「ポーランドからの部隊はどうなんですかねえ? あっちのほうが距離が近いんだ、よろしくやってくれないと?」
「お前はそればかりだな? どうやら苦戦しているようだ」
「あちらは精鋭さんじゃないですからね……」
「軽口はそれくらいにしておいてくださいよ、アマラ少尉。我々が油断したら、作戦は成功しない」
と言ったのは、ネオスのフィオリヒト少尉である。
ネオスにしては、よく話す方だと言われている。
シエスタも、それで気が楽だった。
今回の作戦は、この5人で散開攻撃をしかけるということだが……そろそろ機体同士の距離を離したほうがいい。
となると、通信も難しくなる。が……
「ルウェリン・カマウ曹長です。アレーテ中尉、そろそろ散開しましょう」
「そうだな。予定よりすこし早いが、貴官の勘を信じよう」
と、散開の指示を出した。
機体同士の距離を、0.5マイルから2~3マイルに離す。
敵のジャミングもあって、これからは無線通信も難しくなるだろう。
事前のブリーフィング通りの行動が求められるのだが……不確定要素はビッグマンだ。
シエスタは、再び唇をかんだ。
イングレスαの機体のそばを、雷光がかすめた。
これから高度を落としていく……どうやら、低い高度まで雨雲が降りてきているようだ。
作戦にとっては、至極都合が悪い。が、怺えなければならない。
AAMとAGMのコンディションを確認する。良好だ。
この8発のミサイルとSTSMを撃ち尽くすまで、戦線にとどまらなければ最大の成果は上げられない。
シエスタは自分の体温が上がるのを感じた。
セヴァストポリの港湾が見えてくる。
高射砲が甲斐のない砲弾を撃ち上げている。
その程度の攻撃であれば、イングレスαは容易に回避することができるが、油断は禁物である。
シエスタは、機体のまわりにAIかく乱チャフをまいた。
そのまま、マッハ2で半島に突入する。
目標となるディストリクト‐Bが視界に入った。
敵のスホーイは、どうやら別の部隊と交戦中らしい。
AGMを発射! 敵防空施設の1つに弾着する。
爆風がコンクリートの破片を空中に巻き上げ、木々の梢をなびかせる。
今の攻撃で、何人かの人間とネオスは命を落としただろう。
シエスタは、心のなかで祈りの言葉を唱える。
敵を敬うことは、自分を救うことにもつながるのだ。
──
そんなときに、再びアマラ少尉からの無線通信が入った。ノイズが混じっている。
「敵ビッグマンを発見! ヴェガです。ジジッ! ……これから攻撃態勢に入りますが。応援要請……」
「ンドゥベ少尉。貴官の機体の位置が捕捉できない。無理をするな? 上空を旋回しながら、様子を見ろ……」
「了解。2マイルの距離をとって旋回、AAMで攻撃します……」
無線が切れた。
シエスタは、アマラ少尉の健闘と無事を祈る。それしかできなかった。
再び、敵防空設備の特定と攻撃に立ち戻る。
高射砲が、また無意味な攻撃をしかけてくる。
機銃で威嚇。敵がひるんでくれれば、それに越したことはない……
高射砲の砲撃が止んだ。
(どうやら、セヴァストポリの部隊は戦い慣れていないらしいな?)
シエスタは、安堵の思いとともに心のなかにつぶやいた。
スホーイが2機、シエスタ機に接近してきた。
どうやら、味方とはだいぶ距離が離れたらしい。自機は孤立している……
しかし、スホーイ程度が相手であれば、シエスタのほうには自信があった。
これまでの撃墜数は57機である。それが今回59機になるだろう。
油断はしなかったが、ビッグマン相手ではないということで、シエスタの気もちには余裕があった。
距離を取りながら、機体を旋回させる。
敵が1マイルの距離に近づく。AAMを発射。同時にSTSMを数発打ち込んだ。
弧を描いて飛んでいったAAMが敵の軌道をかく乱する……そして、速度を落としたところにSTSMが命中した!
1機撃墜。中空で爆散するスホーイの機体。残り1機。
残りのスホーイがインメルマン・ターンをした。
(後ろを取るつもりか? でも、イングレスαは後ろにも攻撃できるってね!)
速度を保ったまま、後方にSTSMを発射。
敵スホーイが機体の位置を戻したちょうどそのときに、ミサイルが命中。
片翼を失って、墜落していくスホーイ。
森のなかに墜落、爆散した。ゆれる木々。黒煙。
(やった!)
と、心のなかで叫ぶシエスタ。いやいや、冷静さを失ってはいけない。アマラ少尉は?
とぎれとぎれの無線で、
「こちら、苦戦中! シエスタ中尉、援軍を求む……、ザツ」
という通信が入った。
バグダッドには統合戦線の空軍基地がありますが、イラク自体は統合戦線ではありません。いわば衛星国家のようなものですね。ポーランドも同様。「統合戦線」という国名のいわれです。




