67.南極戦線(6)
とうとうユウーマナイズが発動されました。
ライジングアースの機体から虹色の光が照射された。360度全方向に。
それは、量子フィールドの発光にも似ていたが、それとは根本的に異なるもののようだった。
「わたし、使ってしまった。わたし、あの武器を使っちゃった。……どうしよう、サイガ……??」
ミューナイトが柄にもなく取り乱して、思念通信ではなく、言葉で斎賀に伝えてくる。
ぐっと、がまんだと斎賀は思った。
自分の確信はきっと当たっている。
今回のユーマナイズは、敵を倒さない。
ジェマナイの兵士たちは、今から15分以内に自基地を離脱するだろう。
それがどこまで広がるかだ……と、斎賀は考えていた。
ミューナイトは思う。また罪を犯した……と。
マウント・ハンプトン基地内で兵士たちが互いに銃で撃ちあう場面を、ミューナイトは心のなかに思い描いた。
それは、ムルマンスクで見た光景よりも凄惨なもの。
人間の、人間らしさを奪う行為。
ネオスの、ネオスらしさを奪う狂気。
それが今、自分の目の前で展開されようとしている……
しかし、斎賀の考えは違っていた。
(ミューナイト、落ちつけ。ライジングアースの熱源探知システムに注視しろ!)
(わからない、わからないよ、サイガ!)
(わからないじゃない、わかるんだ! 引き続き、敵基地には自動音声で退避勧告を通信。ライジングアースはこの空域を離脱する)
シリウスからの戦術核の発射までに、残り13分を切っていた。
(それで、だいじょうぶなの?)
(ああ、だいじょうぶだ)
斎賀は、ミューナイトという一人の少女をなだめるように言った。
ライジングアースの自動冷却機能が、虹色の光を抑えていく。
音波のようなものも収束していった。
敵ビッグマンは、上空へと離脱したようだ。
たぶん、ユーマナイズはビッグマンの戦術AIにとっては決定的な作用をもたらすのだろう?
敵の黒いビッグマンは自己防衛機構が働いたのだ。
斎賀は、ミューナイトの代わりにコンソールに指示を出して、ライジングアースを飛行形態に変形させる。
そのまま、無人機群に残りの基地、およびイージスシステムの探知と撃破を指示し、入力を終える。
シリウスからの戦術核の発射まで、あと8分。
ライジングアースからの有効な通信が機能している間に、できるだけ無人機群を操作しておきたかった。
(あとは野となれ山となれだ……)
と、斎賀は思った。古い日本語のことわざだ。
この捨て台詞は、思念通信でミューナイトにどう伝わるのだろう、と斎賀は考えていた。
ライジングアースが、ハンプトン山の火口を最大速で離れる。
──
セラフィアは、はるか3万フィートの上空で静止しながら、何が起こったのかと考えていた。
この高度であれば、ジェマナイ独自のAIネットとの接続も容易になる。
(しかし、リュシアス様は、この機体はユニット・マーキュリーを介しての通信が可能だと言っていたが……)
コンソールが赤く光る。
非常時通信である。
それと同時に、ブラックスワーンダーの計器類、とくにAIブレインが異常を来しているのを知る。
あの……敵の攻撃? あれはなんだったのだ?
セラフィアは、ふたたびその考えを反芻した。
通信は、リュシアスからだった。
(よかった……)
と、なぜかセラフィアはほっとした。
その冷静な声は、次のように伝えた。
「どうした、セラフィア。ブラックスワーンダーの機体が戦術空域を離脱した、という反応が出ている」
「はい、リュシアス様。わたしは今成層圏近くにいます。機体は冷却中で……何があったのかはわかりません」
それだけ、たどたどしくセラフィアは伝える。
「敵の攻撃を受けたのか?」
と、リュシアス。
「敵の攻撃を受けました。……おそらくですが、ムルマンスクでアコーディオとアリューシャンが受けたのと同種の攻撃です。ですが、今回はその作用機序が違っていたのではないでしょうか? 分かりませんが、ブラックスワーンダーは自己防衛機構が働きました」
セラフィアは、そこまでを一息に説明する。
一刻も早く、この状況を収束に向かわせねば、との思いがあった。
「それは変だな? ブラックスワーンダーはハッキングやクラッキングの防御機構は何層にも持っている。それが犯されるなど……」
「ですが、そうなったのです」
セラフィアは、そう言うのがやっとだ。
「それで、敵の攻撃はどうなっている?」
「レーダーでは確認できません。ただ、……はい。NNN‐3は離脱していくようです」
セラフィアは、ようやくレーダーを確認する余裕を取り戻している。
とは言え、この状況でレーダーがまともに機能するなどとは思っていなかったが。
「予想通りだな。敵は核を使ってくる」
リュシアスは、通信コンソールの向こうで冷静にその言葉を伝えた。
「核を、ですか?」
セラフィアは驚く。
「そうだ。お前も即時退避せよ。南極基地はもう機能するまい。……おかしいな。ジェマナイは、南極基地の防備を故意に薄くせよ、と言っていたのだが、それがなんの意味だったのか……」
「敵を招き寄せるためではないのですか?」
セラフィアも混乱して尋ねる。
「その先の演算が未計算なのだ。ジェマナイは、ただ『状況の進行を見守る』と言ってきた」
子ルーチンの思考は、ジェマナイ本体に左右されるとは言え、ジェマナイ自体の思考を知りえるわけではない。
今回も、ジェマナイの謎が子ルーチンたちの思考に勝った形だ。
リュシアスがそれに動じていないのは、さすがだとセラフィアは思う。
「それは妙ですね?」
「そうだ。なので、お前にも帰投を命じる。いいさ、南極基地は我々にとって重要な拠点ではなかった。今後のことは、お前が帰ってから協議するとしよう……それにしても、核の爆発まであと10分ほどだろう。くれぐれも気をつけろ?」
通信はそれで切れた。
──
マウント・ハンプトン基地の司令官は、アレクセイ・コルサコフという中佐である。
(先ほどまで、我々は敵と戦っていた……)
そう、見開いた目線を前方にさまよわせたままで、彼は思う。
(しかし、なんのための戦いだったのだ?)
敵は、『戦うな。我々は敵ではない……』と告げてきた。
それが、戦端を開いてきた側が言う言葉か、とコルサコフは思った。
しかし、瞬時にその考えが別の考えに飲み込まれていく。
自分は、この基地における被害を最小限に抑えなければいけない。
しかし、その被害とは何のことだ? 最小限とはどのようなことだ?
埒もない疑問が、彼の思考のなかをかけめぐった。
しかし、それがだんだんにひとつの思惟へと収束していく。
(我々は愛さなければいけない……)
(ふざけるな!)
と、コルサコフは思った。
しかし、その声には抗いがたかった。
(俺たちは何のために?)という疑問が、回答を圧倒していく。
そこからは、体が心の意に反して動くかのようだった。
(我々は洗脳されている……)
そんな報告をジェマナイに出そうと彼は考えた。
しかし、その考えも瞬時に次のように上書きされる。
(我々は生きなくてはいけない……同胞を救うのだ)
と。
何が彼の思考に注ぎ込まれたのかは分からなかったが、彼は南極基地に所属するジェマナイの全員を救わなければならなかった……
──
ミューナイトはじょじょに落ち着きを取り戻していた。
斎賀はほっとした。
(そろそろ南極大陸から離れるぞ? ミューナイト。核の爆発まで間もなくだ。その恐ろしい光を、お前も覚えておけ)
「分かってるサイガ。……南極基地のジェマナイは、救われたんだよね?」
斎賀がうなずく。
ミューナイトの問いかけが、うつろにコックピットのなかに響いた。
(残り2つのジェマナイの基地は、無人機群が特定するだろう……これで、ジェマナイの南極基地は無力化することができる)
そう、斎賀は冷静に考えていた。
あの「Noos」が……と思う。
そのことのほうが恐ろしい、と斎賀は考えるのだった。
次章からはセヴァストポリ攻略戦に移ります。しばらくライジングアースは登場しません。




