62.南極戦線(1)
いよいよジェマナイとの戦争が始まります。
ライジングアースは、アルスレーテ北空港の滑走路に屹立していた。
この作戦には、ライジングアースと無人機60機とエル・グレコ5機が参加する。
ライジングアースが出撃するのは、ここアルスレーテからだが、無人機とエル・グレコはマダガスカルにあるムラマンガの空港、および旧南アフリカ共和国のケープタウンの空港からの出撃となる。
飛行形態のライジングアースはノクティルカ並みの速度が出せるとは言え、足が遅い。
(なぜ、こんな作戦を立てるのか……)と、斎賀は思った。
斎賀は、まだミューナイトにもこの作戦のすべてを話してはいなかった。
それは、ミューナイトのAI脳がハッキングされる可能性があったからだ。
いつものことではある……
しかし、この作戦は普通ではない、と斎賀は思う。
この作戦の真の図案は、オバデレ准将の頭のなかにしかない。
そして、それが危険な思想に基づくものであるということを、斎賀はなんとなく嗅ぎ取っていた。
(オバデレ准将は亡命貴族のアルフレッド王子とつながっている……上層部では、この戦争の素描をどんなふうに描いているのだろうか?)
埒もない考えだと、斎賀は思った。
軍人である以上、与えられた命令には従う。
だが、情報軍で長く勤めてきたという癖が、斎賀にその奥底にあるものを探らせようとする……
ミューナイトは、その瞳を赤く光らせながら、コンソールを見つめていた。
「サイガ、そろそろ思念通信に切り替えたほうが良いんじゃないか?」
「ああ、たしかにな。ライジングアースのコックピット内の様子すら、誰にハックされているか分からない……」
斎賀は考え深げに言った。
ヘッドアップ・ディスプレイをかぶる。
(サイガは……? 味方の裏切りを考えているの?)
ミューナイトが素朴な疑問を放った。
(味方……というか、裏切っているなら味方じゃないだろう? 俺が考えているのは、ジェマナイ側の工作員のことだよ)
(工作員は確実に統合戦線にひそんでいる。何人、というレベルじゃないだろう)
(そうだな。人口の比率で言えば、ジェマナイと統合戦線の比はだいたい3対1だ。統合戦線側は数的に圧倒的に不利なんだが……)
(たしかに。でも、ネオスに成りすますのは難しい。3000人しかいないのだから)
(ああ。成りすましているとすれば、人間にだ。それも末端の人間に)
(末端の人間をぜんぶ疑っていたら、キリがない)
(そうだ。だから厄介なんだ)
斎賀はため息をついた。
こんな埒もない会話が過ぎていく間にも、シエスタたちはセヴァストポリへの攻撃をしかけようとしている。
ライジングアースのいない彼らの戦いはし烈になるだろう。
自分たちだけが南極戦線へと向かう……そのことへの拭い去れない違和感。
そして、たぶん南極基地に待ち受けているだろう敵。
それが無人機だけだとは、斎賀にはとても思えなかった。ビッグマンが出てくる。
そして、ライジングアースを奪還しようとするだろう。
アルスレーテ空爆のときに出てきた、あの機体だろうか?
それとも、ムルマンスク潜入作戦のさいのあの機体……統合戦線の解析では、ヴォルグラスという名前だった。あれも手ごわい。
(ミューナイト。あと5分で出撃だ。準備はいいか?)
(もちろんだ、サイガ。戦闘行動1時間以内のシミュレーションはできている)
(なるほどね。南極基地からすでに敵が出撃している可能性も、考慮しているわけだ?)
(当たり、サイガ。それはすでに演算した)
斎賀は頼もしいと思った。
そして、ネオスという存在がいなければ、今ごろ人間はどうなっていたのだろうか……と考える。
ヘッドアップ・ディスプレイ内で点滅していた「RISING EARTH READY」の文字が、「GO RISING EARTH!」に切り替わった。
──
(ミューナイト。南極大陸の25マイル圏内に入った。そろそろサテライト群もクラックされていて、AI通信は機能していないだろう。お前にも本作戦の要旨を話す……)
と、斎賀は静かに語り始めた。
ライジングアースから半径5マイル以内には、無人機のAPF‐Jもスタンバっている。
斎賀は、舌打ちをしながら、オバデレ准将の立てた作戦をミューナイトに説明し始めた。
ジェマナイの南極基地は、南極大陸の5か所に分散して存在している。
ジャミングが激しいので、どこがジェマナイの主基地であるのかは分かっていない。
目視で、それを見つける必要がある。
今回の作戦では、有人と思われる基地に焦点をしぼって攻撃する。
無人機のドローンパイロットが、そこにはいるはずだった。
つまり、そこがジェマナイの南極方面での拠点なのである。
しかも、その攻撃には戦術核を使う。
ジェマナイの攻撃能力を奪うだけでなく、心理的打撃を与えようというのである。
そういう作戦を、オバデレ准将は立てるのだな、と斎賀は思った。
そして、この作戦にミューナイトは納得しないだろう、と。
斎賀はミューナイトを気遣ったが、いつかはライジングアースのユーマナイズも使わなくてはいけないだろう、と覚悟していた。
(サイガ、これは作戦だ。作戦には従う。ジェマナイの有人基地を攻撃すれば良いんだな?)
ミューナイトは、思いのほか冷静である。斎賀はほっとする。
(ああ。だがたぶん、ジェマナイはビッグマンをぶつけてくる。俺たちのすることは、ジェマナイの有人基地を特定してアルスレーテに報告すること。そして、核爆発が起こる前にそこから離脱することだ……)
俺たちが敵のビッグマンと格闘している間に、核が弾着する可能性もある、と斎賀は考えていた。
それは、なんとしても避けなければいけない。
(サイガ、アルスレーテへの通信はどうするんだ?)
(俺が、ユニット・マーキュリーを介して送る。オバデレ准将は了承済みだ)
(サイガ、わたしは思っていることがあるんだが……)
(それは後だ、ミューナイト)
飛行形態のライジングアースと無人機群は、まずは南極横断山脈に向けて進路を取った。
(シドリー山のふもとに基地がある、という情報もある。ミューナイト、とにかく目視で敵基地を探せ!)
(了解、サイガ)
そのときだった。
ライジングアースの0.5マイル圏内を、敵の無人機であるオルリヌイ・ルーチが飛翔していった。
開戦である! 戦端は開かれた!
無人機APF‐Jの操作は、護衛であるエル・グレコから行われていたが、そろそろ自動操縦に切り替える必要がある。
斎賀自身も、無人機群の操作コマンドをコンソールに打ち込んだ。
エル・グレコに通信を送って、戦線を離脱するように告げる。
『了解。ご武運を』との通信が、1機のエル・グレコから送られてきた。
あとは、無人機同士の──AI同士の戦いである。
斎賀は柄にもなく緊張した。
南極横断山脈の上に、純白の雪が舞った。
ユーマナイズを使用するため、エル・グレコ部隊は撤退します。




